第8話「自分の城を探索しよう」

 案内された城の一階は中央の階段を挟んで左右に別れて部屋が配置されているらしく、まず右から行くことになった。俺は連れて行かれるがままなので選択肢も提示されていないんだけどな。


「ここはグレートホール。紳士淑女の社交場ですよ」


 壁際には高そうなソファがずらりと並び、多分ピアノのような使い方をする楽器がど真ん中に陣取っている。


 そして……ホールの奥に並んでいるあれって、もしかしなくてもゲームセンターにある筐体じゃね?


「地球の紳士淑女が社交場で遊ぶ機械でしょう?」


 あー、うん。


 ファルテイア様は俺の記憶にあるもので建物を作ったと言っていたが、もしかしなくても俺の間違った認識でこれを用意したんじゃないだろうか。


 俺にとって紳士淑女の社交場はゲームセンターだったんだよね。一昔前は不良のたまり場でタバコの煙が立ち込める危険地帯だったけど、今ではデートスポットなんだもんなぁ。


 若い頃はシューティングゲームや格闘ゲームにハマり、色恋に目覚めたら女の子を連れてUFOキャッチャーとかコインゲームをしていたわけだが、あぁ、それっぽいのも全部揃ってるのね。


 ……ま、まぁ、ゲーセンの筐体がこれだけあれば一人で遊べそうだし、異世界でも寂しくないと思えば、よかったということにしよう。貴族風の調度品との相性は最悪だけど。


「いやまてよ。ここって電気は―――」

「はい、次にいきます」


 また手を引っ張られて一階右の廊下から奥に行くと、まず書斎があった。


 中に入ると黒檀のバカデカ机と偉そうなバカデカ椅子が俺を迎える。繰り返すが、こういうクラシックなものとかビンテージとかゴシックとか、俺は大好きだ。


「ここで南無さんはお仕事するんです」

「仕事……あればいいな」


 地球の知識と俺の経験で可能な仕事があるだろうかと不安は尽きない。


 そして現代日本風の水洗トイレやらなんやらと館の右側を案内され、やっと一番奥に到着する。ここはなんと三階建ての上まで吹き抜けにした巨大書庫で、何冊の本があるのかは見当もつかない。それにこの本たちの背表紙は……


「はい、ここには地球で南無さんが読んでいた本や好きそうなジャンルの小説、漫画、ノウハウ本を用意しました。イザナミのサービスで南無さんがご存命の時までに完結していなかったものも、未来やあの世で完結した本を取り寄せて置いています」

「マジですか!!!」


 俺、異世界転生して一番大声を張った気がする。


 あの世で完結したってことは、連載途中で惜しくも亡くなられたあの「狂戦士」がすべて読めるのか!? そしていつまで経っても続きが出てこないあの「狩人狩人」が読めるのか!? 作者が生きてる間に完結しそうにない「五星物語」も読めるのか!! なんなら作者から続ける気が感じられない「私生児」とか、作者と作品の消息がわからない「教職装甲」や「赤い目」も!? マジで!?


「次は館の左側を案内しますね」


 本棚に飛びつきそうな俺の手を引っ張ったファルテイア様は、建物の左側にある大きなダイニングルームを説明してくれた。


 この城には他にも朝食用や昼食用のダイニングがあるらしく、時間帯によって食事する場所を変えるという御貴族様的な使い方ができるらしい。庶民の俺にはまったく興味のない使い方だ。


 そのダイニングルームの奥は台所とつながっている。


 水回りは蛇口をひねれば水もお湯も出るようになっているし、下水がどこにつながっていてどう処理されているのかわからないが、とにかくトイレと同じように現代日本と同じ台所だと考えても良さそうだ。


 ちなみに台所のコンロ周りはIHみたいで、黒くてすべすべした石の上に鍋を置くと勝手に温めてくれるらしい。


 俺は違和感なく「へぇ」と応じ続けているわけだが、内心では「この世界の文明水準はどうなってんの!?」と焦っている。


 異世界転生モノの作品は、ほぼ「中世ヨーロッパから近代ヨーロッパあたりの社交構造と文化文明だけどなぜか女の子の下着は完全に現代」だと相場が決まっている。どんな物語でも現代人の主人公が知識チートで無双するための設定だ。


 しかしここの文明が俺の知る現代より遅れているとは限らない。


 少なくともファルテイア様が見せてくれているこの館の中の設備からすると、現代日本と変わらない。ないのはインターネットとテレビかな?


 一階左はダイニング、調理場、リネン室、食料庫などで埋め尽くされ、ここが生活基盤になっているようだ。


 続けてファルテイア様は二階を案内してくれたが、この階はすべてゲストルームになっていて、全室にトイレとシャワーが完備されている。ホテルかと思うほど綺麗だし、一部屋一部屋が広い。


「部屋の備品は二階左奥の倉庫に自動で補充されます。それと三階は家令やメイドたちの部屋になっています」


 メイドときたか。他人と一緒に暮らしたことがないので、そういう人たちを雇うイメージが沸かないんだが。


「しばらくは一人で過ごすことしょう。ですが、いずれは人を雇い入れたり、大勢をこの館に招待することもあるでしょう。ですから広めに作ってあります。勿論そうするかしないかはあなた次第ですが」

「は、はは……」


 こんな広い城、一人じゃ管理できない。だから人を雇うって話になるんだろうけど、雇うためには金がいる。金は働かないと手に入らない。そして異世界からやってきた俺に働き口はあるのか。先行きは暗いぞ。


「あれ、そういえば俺の寝室は……?」

「南無さんの私室はすべて地下です」

「地下!?」


 俺、盛大に勘違いしていなければこの城の主だよね? どうして主が地下?

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