メイドさんと暮らそう!

第11話「メイドさんを雇ってみよう」

「御館様、おはようございます!」


 聞き慣れない呼称で起こされた俺が棺桶の蓋を開けると、メイド服の裾をひらひらさせたキサナが元気いっぱいで頭を下げていた。


「あれ、なんでメイド服を……」

「いつでも働けるように常備していますので!」


 この子、朝イチでニッコニコだな……。


 ヴァンパイアだけに低血圧な目覚めでクラクラしている俺は、棺桶の中に座ったままボケーっと昨夜の事を思い出した。


 森で迷ったキサナを館に招き、どんだけ使っても尽きない不思議な貯蔵庫を漁って俺流料理を振る舞ったら、彼女は実にたくさんの事を教えてくれた。


 ―――彼女キサナは仕事を求めて集落を渡り歩いている職業家政婦メイドらしく、この森(不還ふげんの森と言うらしい)を横切って街まで近道しようとしたら迷ってしまったところで俺の城を見つけた、ということ。


 ―――こんな場所に城があるなんて知らなかったのでびっくりしたけど、教会のような神聖な雰囲気がしたので立ち寄ってしまった、ということ。(この世界の神であるファルテイア様が作ったからだろうか……)


 ―――彼女はまだ十八歳だが、この世界では十三歳で独立するのが普通だ、ということ。


 ―――人間もしくは人類と称される人種は数多く、俺が知る元の世界の人間は、肌の色とか関係なしに全部「ヒュム種」という種族に該当するらしい、ということ。


 ―――種族はもちろん国や地方によって言葉は違うが、基本的に「標準語」という共通言語が用いられ、それで会話できる種族を総じて「人間」と呼んでいる、ということ。


 ―――種族によっては発音が聞き取りにくい者も多いので、標準語の通訳を生業とする者もいる、ということ。


 ―――殆どの国が国王、領主、家臣の主従関係に基づく封建制度だ、ということ。


 ―――種族間の差別、身分の差別は当然のようにある、ということ。むしろキサナの雰囲気から差別はあって当然だと思っているということ。


 ―――そんなキサナの頭頂部には耳があり、尻尾もある。大枠では人間の中でも「人獣(ライカンスロープ)」と呼ばれ、その中でも人狼種ワーウルフというポピュラーな種族だ、ということ。


 ―――人獣の特徴は、人間と同じ耳の他に頭頂部にも第三・第四の耳があり、お尻には尻尾がある。その耳や尻尾の形状や毛並み、そして身体特徴によって種が別れていて、キサナのような人狼種の他に人虎種、人鼠種、人兎種、人猫種、人熊種といった、俺の知る動物たちの特徴を持った人種がいる、ということ。


 ―――ちなみにキサナたち人獣の頭の上の耳は副耳と呼ばれる退化した耳だからほとんど機能していないけど、触られるとくすぐったいから殺意が湧く、ということ。


 ―――エンレロッサとはそういう人獣が多く住む国でここからはかなり離れている、ということ。


 ―――イザナミという神は知らないが、キラウヨルグ神はこの世界で最も知られた神の一柱で、様々な種族がいくつもの宗教を作っている、ということ。


 ―――そしてヴァンパイアは血の誘惑に打ち勝てないってことも彼女に教えられ………。


「ヌワァーーーーーー!」


 俺は棺桶から飛び降りてキサナの前で土下座した。


「昨晩はなんとお詫びしていいか、見ず知らずのお嬢さんに大変な失礼を……」

「お、おやめください御館様! 私なんかにそんなこと!」

「いやいや、ほんとに申し訳なく反省致しておりまして!」

「大丈夫です! 気持ちよかったし何の問題もございませんので!」

「え」

「はっ!? なんでもございません!」


 スタタタッと小走りで去って行くメイド服のお尻から生えている狼尻尾を見送りながら、昨夜の痴態を思い出す。


 食事中の彼女と交わす会話からこの世界の情報を手っ取り早く集めていた俺だったが、ローブの隙間からチラチラ見せる首筋が飲ませたワインで火照って赤みを帯び、柔らかそうな肌と女性特有の芳香を立ち昇らせていたのを見て、ヴァンパイアの本能的にといきたくなってしまったわけだ。


 人間だった時の自制心が「おいこらやめとけ」とかなり抵抗してくれたが、結局俺は欲求が抑えきれず彼女に土下座し「あなたの血をください」と頭を床に擦りつけていたわけだ。以前の俺ならありえない行動パターンなんだけどな!


「ち、血ですか? そ、それはタダでこんな豪勢な食事をいただいておりますし、セツハ様のようなイケメ……殿方がお相手ならなんの文句もないと言いますかむしろありがたいと言いますか。あ、あの、小汚い私なんかでよければ、ど、どうぞ……」


 と、超早口で照れながらローブを肩まで脱いだ彼女に興奮した俺は、我を忘れて抱きつき、首筋に「がぶり、ちゅう」とやった。やってしまった。


 けど、俺がやったのは牙で肌にほんとちょっとだけ傷をつけてぷっくり浮いてきた小さな血の珠を舐めた程度。それでも血の香りで十二分に満足できたし、血を飲むことには抵抗がありまくりなのだ。


 キサナは俺に抱きつかれて首筋に「がぶり、ちゅう」されたせいか、昇天したように恍惚に蕩けていたわけだが、どういうわけか目の前に半透明のスクリーンが現れ「眷属にしますか? Y/N」と出てきた。


 本人の了承なく下僕にするなんて映画の中の吸血鬼じゃあるまいし、そんな無責任なことはとても出来ないのでNを連打したあたりで、俺は今やっている自分の行動を省みた。


 森で迷った初対面の女性を食事と酒で釣り、有無を言わせぬ土下座で攻め立てて乙女の柔肌を傷物にして血を……あぁぁぁ、事案どころか事件だよ!


 そういえば血を舐めて満足した俺にキサナはこう言った。


「血って本当に血のことだったんですか? てっきり子を孕め的な意味の貴族言葉なのかと……」


 だとしたら、ぶっとんでるよな、この世界。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 朝イチから溜息が深い。


「やべぇなぁ、ヴァンパイアの本能……」


 昨夜のことを思い出しては羞恥で死にそうになるが、とにかくクローゼットを開けて寝間着から普段着に着替える。


 ファルテイア様は俺の記憶からこの館とか色々なものを生み出してくれたけど、着衣まで山のように用意してくれていたと気がついた時は「神殿とかあったらお参りに行こう」と誓ったくらいだ。


 だが、どういうわけか衣装は全部黒かった。


 Tシャツとかなくて、全部ヒラヒラがついたようなワイシャツだし、ピチピチだ。転生前の俺の体格だったら恥ずかしくて着れないやつだわ、これ。


 きっと俺の脳のどこかに「ヴァンパイアと言えばこうだよね」というイメージが格納されていたのだろうけど、黒一色って趣味悪くない?


 とにかく黒いシャツと黒いスラックスに着替えた俺は、寝室を出て地下室から一階に上が―――ンギャアアアアアアア!


 太陽光! 窓から差し込む朝の日差し! それダメ絶対!!

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