第12話「メイドさんと話してみよう」

 間一髪で光の直撃を避けた俺だったが、シャツの袖部分が炭化してしまった。てかヴァンパイアが着ている服も日光で灰になるのっておかしくない? どういう関連性よ、これ。


「どうされました御館様?」


 人狼種ワーウルフのキサナがキョトン顔でカーテンを開けている。どうやら城中の遮光カーテンと窓を開けて換気してくれているらしい。ありがとうコンチキショウ。


「キサナさーん、ちょっとこっち来てもらっていいかなー?」

「はい! ただいますぐに!!」


 スタタタと小走りでやってくる人狼少女。十八歳だけど以前の俺からするとまだ幼いから「少女」って感じがする。


「お呼びでしょうか!」


 ニコニコ元気な体育会系狼少女は、俺の命令を待って自前のメイド服のお尻部分から尻尾をブンブン振っている。


「あの、もしかしてうちで働いてます?」

「はい!」


 そういえば昨夜の食事中にキサナは「こんなお屋敷で働いてみたい」と何度か言ってたな……。スルーしたつもりだったんだけど、血を吸われたから手付けになった=採用みたいに彼女の中でなったんだろうか。


「あのですね、大変申し訳無いんですが、キサナさんに払う給金がなくて……」


 俺はこの世界の貨幣を持っていない。それは神様も用意してくれなかったものだ。


「いえそんな! 御貴族様みたいな衣食住を提供して頂いているのに、加えてお給金なんて贅沢は申しません。ある時払いで」


 あ、いらないとは言わないのね。さすが職業家政婦。


 しかし収入源が一切ない現状でいつまでも無給ってわけにはいかないし、ここはやはりお帰りいただいたほうがいいだろう。むしろ、彼女がここにいるといつ血の渇望で俺が襲うかわからないので、精神衛生上いないほうが……。


「御館様! ここにあるとてつもない種類の香辛料! 使ってもなくならない食材! 従者部屋ですらあの寝具や調度品! 全部全部、庶民の私からしたら夢みたいな環境なのです! それにここにいるだけでなんだか体の調子が良いと言いますか……。あの、なんでもしますから出て行けなんて言わないでください!」

「あ、はい」


 彼女の鬼気迫る訴えに頷くしかなかった。


「それに御館様は私を傷物にしてくださったので(ぽっ)」

「言い方ァ!」


 とにかくキサナには、開け広げた遮光カーテンを再び閉めて貰い、城内が真っ暗になって自動燈台が明かりを灯したあたりでようやく地下から這い出る俺。


 下手に映画で吸血鬼の弱点を見続けてきたせいで、超敏感。生き残るためには太陽のことは忘れる所存だ。


「キサナ、俺は病気で日の光を浴びると火傷しちゃう体質だから、そこだけは気を配って欲しい」


 本当は火傷どころか灰になって死んでしまうクソザコなんだが、ヴァンパイアが存在しないこの世界でわざわざ弱点を晒す必要はないから、肝心なことは隠しておく。


「だからこんな森の奥に城を!? なんとおいたわしい……。ところで他の使用人はどうされたのでしょう?」

「いないよ」

「なんと!? こんな広いお城に御館様お一人!? ど、どうか私を頼ってください! なんでもやりますから!」

「お、おう。わかった。わかりました。けど、いずれちゃんとお給金について話し合おうね」


 こりゃ早急に資金が必要だ。ここの調度品とか尽きない食材や調味料を売ったらどうにかなるかもしれないけど、神様が作ったものだから売るのはマズい気もするな……。


「あのぉ御館様。このお屋敷にはいくつもダイニングルームがございますが、もしや時間帯によって食べる場所を変えていらっしゃるのですか」

「あー、うん。そんな感じ」


 俺もここに来て一日目だからよくわかっていないんだけどね。


「朝食の準備をさせて頂いてもよろしいでしょうか!」

「え、お願いしていいのかな?」

「もちろんです!」


 元気いっぱいで厨房に向かうキサナだが、現代日本のものと大差ないあの調理場を彼女が使いこなせるなら、この世界の文明水準が測れるというもの……。


 あれ? トテテテと戻ってきた。やはり使い方がわからなかったか。


「実は明け方に森で赤角兎アラシュノミドを仕留めてきたんです!」


 キサナは後ろ手に隠していた兎みたいなものの長い耳を掴んで自慢気に見せてくれた。まるで死にかけのセミを咥えて持ってきて「ほめてほめて!」と尻尾を振り回す犬みたいだな。


「へぇ、これは立派な兎……兎、だよな?」


 耳は長いが地球の兎よりデカいし、目つきが悪い。さらに眉間から錆びた土みたいに赤くて鋭い角が生えていて危なっかしいんですけど。


「御貴族様は召し上がられないと思いますが、赤角兎アラシュノミドは焼くと美味しいんです」

「あ、あらしゅ……へぇ。あ、うん。食べてみようかな」

「それと、御館様はもお召し上がりでしょうか?」

「搾りたて?」

「はい! 昨夜は血をお好みだったので(ぽっ) なんでしたらまた私の搾りたてでも♡」


 朝っぱらから血に飢えたりはしていない。っていうか、普通に腹減ったわ! そして腹が減る吸血鬼ってどうなの!? こりゃ後でちゃんと自分のステータスを調べないと。


「俺も普通の食事でいいよ」

「えっ、もう私に飽きてしまわれたのですか!」

「言い方ァ!」


 それから俺は彼女が調理したウサギ肉を食べ……ようかと思ったけど案の定キサナが全然台所が使えないことが判明したので、結局自分で調理することになったわけだが、キサナは隣にくっついてずっと目を丸くしていた。


「なぜ水がこんなところから!? お湯も!? え、どうしてそこで肉が焼けるのですか! こ、これが御貴族様のお台所……。すごい」


 うん、ごめん。多分この城だけの事だと思う。


 そして否定はしてこなかったけど俺、貴族じゃないんだよな。けど庶民がこんな城持ってるとかおかしいだろうし、調度品はどう見てもピカピカの貴族趣味だし、どう説明ごまかしたらいいんだろう……。


「御館様! 貴重な胡椒をそんなにふりかけては! え、全然減らない調味料? どうなってるんですか、これ……」


 うん、ごめん。俺にも仕組みはわかってない。なんせ全部ファルテイア様が俺の記憶の中から引っ張ってきて作っちゃったからね。


「な、なな、なんですかこの棚の中!? すごく涼しい……」


 うん、ごめん。それは冷蔵庫的なやつだね。もしここが一般的な異世界モノ程度の文明だとしたら、冷蔵冷凍なんでもござれの棚なんて驚愕のオーバーテクノロジーだよね。


「御館様、私のローブをどうされるんですか!?」

「朝食前に洗っておこうかと」

「そそそそ、そんな事を御館様にさせられません!」

「全自動洗濯機的なやつがあるから大丈夫」

「えっ!? こ、これは……魔道具でしょうか」


 うん、ごめん。これってうちにもなかった大容量ドラム式洗濯機なんだよなぁ。洗剤も尽きないしリネン室に並んでる柔軟剤が豊富すぎて笑っちゃうわ。


「あいろん、ですか?」

「熱い鉄で服の皺を伸ばすんだ。これでキサナのローブもほら」

「嘘みたいに綺麗になりました!」

「てか元は白だったのね、これ……」


 うん、ごめん。茶色だったキサナのローブは純白に輝いちゃってるわ。よく見ると端々に刺繍も縫い込んであるので、元はお高い品だったのかも知れないけど、色落ちしてよかったのかな。


「汚れていただけなので……お、お恥ずかしい」


 うん。なんか恥かかせたみたいで、ほんとごめん。

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