4. 古着屋、太陽、Tシャツ

「そういえばさ、なんで庇ってくれたの?」


 私が手に持っている服を自分の身体に合わせながら、抱えていた疑問を小前田ちゃんにぶつけると彼女はキョトンとした顔で「何が?」と聞き返してきた。


 学校の近くにある古着屋の小さな店内には、今日も私たちの他に客の姿が見えない。

 それどころか店主の姿すらないのだから、万引きし放題ではないかとも思うが、そう考えるたびにカウンターに座る三毛猫と目が合うので妙に背筋が伸びる。


「なんか私、庇ったっけ」

「ほら、休み時間の多田さん劇場で」


「あー、それね」

 小前田ちゃんの眉がピクリと動き、「案外、自分のしたことって覚えてないものだよね」と小さく呟く。


「なんで庇ってくれたのかなって」


 小前田ちゃんは視線を宙に彷徨わせ、「あー」とか「んー」とか、言葉にならない声を上げている。それから少しして「そう」と納得したように続けた。


「漫画読んだんだよね。昨日の夜」

「漫画?」


 小前田ちゃんが話しながら手に持った派手な豹柄のシャツをカゴに入れるのを見て、目を疑ったが、話を逸らしたくないので黙っていた。


「そう漫画、漫画。すごい有名なやつの一巻ね」

「それで?」


 小前田ちゃんの視線が一瞬、上を向く。


「なんか、それに出てくるすごい強い人が言うんだよ。『どんな理由があろうと友達を傷つける奴は許さない』って。すごいかっこいいじゃん」

「あー、なるほど」

 私の頭にそのキャラクターの印象的な髪色が浮かんだ。


「かっこいいよね。その人」

「うん。憧れる」


「まあ、私は傷付いてはいなかったけど」

 強がりではない。他の人間になんと言われようと別に気にならないのだ。

「だよね」小前田ちゃんはわかってると言いたげに笑った。


「でも、真似したかったんだよ。かっこよかったし」


 そう言う小前田ちゃんの持つカゴはいつの間にか独特なセンスの服でいっぱいになっていた。妙に毒々しい色のボトムスや、所々に穴の空いたハットなど、そんなものをどこで見つけてきたのかと店主に尋ねたくなるようなものが、どっさりと彼女のカゴに入っている。

 それでも小前田ちゃんが着るとオシャレに見えるのだから、不思議だ。


「さて、そろそろ行こっか」


 カゴを両手で持ち、レジに向かおうとする小前田ちゃんに「もういいの?」と問いかけると、彼女は「だってここ、私たち以外人いないし」と言い放った。「不老不死もいないでしょ」と。


「そんなの、来た時からわかってたけど」

 そもそも、どこに行こうか考えている時、不老不死でも服ぐらい着るだろうと、言い出したのは小前田ちゃんだったはずだ。


「まあね」

 そう言いながら、会計へと歩いていく小前田ちゃんを見送って、私は出口に向かって踵を返す。その時、こちらを睨みつける視線を感じて、後ろを振り返った。何も買わずに店を出る私を責め立てるような視線だ。しかし、そこにいるのはレジに向かってトコトコと歩く小前田ちゃんと、白々しくあくびをする三毛猫だけだった。

 



 クーラーの効いていた店内と、太陽光で過剰に暖められたコンクリートの上はまさに天国と地獄だった。じっと立っているだけでも額に汗が浮かんでくる。

 私はこちらを焼き焦がさんとする太陽を避け、影に入る。店内を覗くと小前田ちゃんは店の奥からのっそりと出てきた巨漢の店主に何やら話しかけている様だった。


 それからしばらくして、小前田ちゃんが大きな袋を手に持ちながら出てきた。


「うわっ、灼熱地獄だね。これは」

「なんで、ちょっと嬉しそうなの」


 言葉とは裏腹に小前田ちゃんは、はしゃぐように声を上げ、わざわざ日向に向かう。


「太陽に当たるのは気持ちいいよ。熱エネルギーを吸収して、元気出る気がする」

 日陰でうなだれる私の向かいに、日向で伸びをする小前田ちゃんがいる。その姿になんだか目が眩むような気がして、視線を逸らす。


「私より、ずっと長く店のエアコンに当たってたから体が冷えたんじゃない」


 不満げな私の表情を感じ取ったのか、小前田ちゃんは申し訳なさそうに軽く頭を下げた。


「ごめんごめん。でも、いい情報を聞いてきたよ」


 そう言うと、小前田ちゃんは買い物袋の中をゴソゴソと漁ると一枚のTシャツを取り出した。


 『ILOVE不老不死』

 デカデカとそうプリントされたTシャツを、小前田ちゃんは「じゃーん」という効果音付きで誇らしげに見せてきた。


「ださっ」その衝撃に思わず私も反射的に感想を述べてしまう。

「いや、別に私が着るわけじゃないし」心外だと言わんばかりに小前田ちゃんは首を振る。


「じゃあそれ、なんのために買ってきたの?」

「それがさ、店長に聞いたら、最近これと同じシャツを買った人がいたらしいんだよね。それも二人、男女一人づつ」

「うん」


 小前田ちゃんが広げるシャツは、確かにメンズであるとか、レディースであるとかそういった区分を超越しているように思えた。


「こんなシャツ買う人なんてさ、不老不死以外、あり得ないでしょ」

「いや」思わず、口を挟む。

「それはないでしょ」


「え、でも『ILOVE不老不死』だよ?」

「多分、不老不死の人こそ着ないよ」

「えっ、そうかな」小前田ちゃんは不満げに不老不死Tシャツをじっと見つめている。


「私だったら自分で着るけどね。ILOVE小前田シャツがあったら」

「着るのはいいけど、その時は私の隣、歩かないでね」

 小前田ちゃんはこちらを見て「えー」と抗議の声を上げる。


「まあ、でも探すほどではないにしてもさ、見かけたら尾行とかしてみようよ。探偵みたいに」

「見かけたらね」流石にこのシャツを買ったというたった二人の異様なセンスの持ち主と遭遇するなんてことは、無いと願いたい。

「任せてよ、私、結構運はいいから」小前田ちゃんは胸を張って妙な自信をアピールする。


「じゃあ、任せた」

 うむ、と満足そうに頷いた小前田ちゃんはそのままスタスタと歩き始める。


「次はどこを探すの?」

 私の問いかけに小前田ちゃんはぴたりと足を止め、「んー」と思案する様に唸り始めた。


「考えてなかったんだ」

「いや、そんなことは」小前田ちゃんはそう弁解したが、唸ったまま、なかなか次の一歩を踏み出さない。


「じゃあさ、あそこ行こうよ」

 唸っていた小前田ちゃんは私の提案に顔をあげて後ろを向く。

「あそこって、どこ?」小前田ちゃんはピンときてない様だった。


「ほら、不老不死でも本くらい読むでしょ」

 私の言葉に小前田ちゃんは「あー」と宙に視線を漂わせながら唸っていたが、すぐに納得した様な口調で「確かに」と答えた。

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