エピソード26 行軍
例の約束の日になった。
アドニスに言われたとおり、村はずれに
「すごい数だね……」
ザッ、ザッ、ザッ──大勢の足音が、文字どおり足並み
行軍に圧倒されるカナリア。ぞろぞろと城門から出てくる隊列は、果てしなく長い。
「実際、我々に続くのはこの三分の一になります」
隣のシエルから補足が入る。
軍は、全体でおよそ三千の兵士。必要以上の人数かと思われたが、各地に
僕たちはアドニスの本隊に配属され、他の兵士たちに囲まれながらウマに乗って出発。
かくいうアドニスはというと、前方にて他の幹部クラスのヒトたちと打ち合わせとなっており、今この場にはシエルが
ちなみに、僕はカナリアと同じウマに乗っている。彼女の前に座って、落ちないよう両腕に挟まれているという状態。カラダが生えてもまだまだ子供扱いで不満だが、仕方なし。
空は雲ひとつない快晴。
トリの
「──ミラが心配?」
カナリアがヴァンに耳打ちした。
じつは、この場にミラはいない。王政の方で急用ができたとのことで、またも不在となってしまった。
王都を出てからというものの、ヴァンが後ろ髪を引かれるように何度も振り返るため、さすがに
「……そんなわけあるか」
「全然そんな風に見えないけどっ」
「言ってろ」
本来なら、彼も素直にこの状況を受け入れざる得ないのだ。
「アナタたちのことを考慮すれば、ミラ皇女も同行しても良かったのですが……タイミングが悪かったとしか言いようがないです」
シエルが申し訳なさそうに答えた。
「いえいえそんな、先生たちが悪いわけじゃないんです!」
さっきの会話が皮肉と捉えられることを恐れたカナリアが、胸元で手を振って否定した。
「ヴァンが勝手に彼氏ヅラしてるだけなんで!」
「余計なことを言うな」
「あでっ」
弟から脳天直撃のチョップが入る。
かの日の夜。彼はミラに告白をして、それが両想いだったと花咲いたのは、ここ数日内で一番のイベントであった。
いつもなら拳ひとつぐらい飛んできそうなはずなのに、今の彼は極めてしおらしい。ソッポを向いて赤面を隠してらっしゃる。どうやら満更でもないらしい。
(てか、彼氏ヅラて……)
真新しいゴシップの
「カナリア・フル・ヴァルヴァレット」
「え、先生? どうしてそんな顔を? まさか学園内って恋愛禁止とか?」
「ここでは”先生”ではなく、”大尉”、もしくは”隊長”と呼ぶように」
(え、指摘するのそこですか?)
カナリアも少し呆然とする。そんな反応にシエルは怪訝な表情をそのままに、
「返事は」
と促してくる。
なるほど。シエルの性格が少し垣間見えた気がした。
普段、生徒たちのことを「くん」呼びしていたのに、ここに来ていきなりフルネームで呼ぶぐらいだ。
部下の兵士たちにも、階級で呼び合うのであろう。当然っちゃあ当然だが。
「あはは……私たち軍人じゃないのでシエル”さん”って呼びますね」
カナリアもそのことに気付いたのか、曖昧な笑みを浮かべてやんわりと否定。
一拍置いてから「それもそうか」と彼女が納得。
「では私も呼び捨てにするとしましょう」
「そうしていただけると助かります。あははは」
堅苦しい軍人の
実際、シエルの表情はイマイチ読みづらい。初見では凛々しい人だと思っていたが、感情表現を表に出すのが難しいのだろうか。それとも、意図して表に出さないのだろうか。
「ところで、”彼女ヅラ”というのは?」
このタイミングで掘り返すのか……
「じつはヴァンってば、ミラに愛の告白を──ぐべっ」
今度は無言でゲンコツを喰らうハメに。
「愛の、こくはく……?」
シエルが
そして理解に
「そ、そそそそそれは……その、どういった状況で?」
興味津々である。
感情表現に関しては、おそらく後者だったと結論。
そのあとは何とも楽しいひと時だった。カナリアがペラペラと語り、その
「まさか隊長が恋愛に
「俺の話はいい。殿下が来れないのはこの際、仕方がない。腹立たしいが百歩譲って良しとする。それよりも──」
ヴァンがある人物を
視線の先には、かのクラスメイトが同行していたのだ。
「ん〜〜〜今の話……とてもエモぉーショナルで、ドラマトゥぃぃックで、セぇぇンチメンタルで、ポエぇーティックで、つまるところロマンティぃぃッック!」
「なんで
ひと
「彼はその……ついてくると言って聞かなかったのです」
彼が嫌味を込めて『先生』呼びしたのにも関わらず、ソッポを向いてゲンナリと答える。その様子から察するに、相当なやりとりがあったのだろうと推測。ご愁傷様。
ヴァンもヴァンで、ミラの不在には納得しようとしているのに、彼と一緒になるのがどうも気に入らない感じだ。悩みのタネが
「東大陸国の職人だろ……てか侍女はどうしたんだ」
「ノンノンノン、ノンノン
白い歯をむき出しにしながらクリフトリーフはヴァンに近寄る。これはかなりウザい。
「
もっともらしい言葉を並べているが、その挙動ひとつひとつに自身の肉体美を
ヴァンの頭に青筋が浮かぶが、それでも自制心を保っている。さすがだ。
「こんなヤツが国の頭領になるなら、いっそ滅びた方がマシだな」
前言撤回。本人の前でトンデモ発言。
だが、それを失言だと
「はっはっは、我輩の美しさで滅ぶ国があるのなら本望だろう!」
と、まるできいちゃいない。
器がデカイのか、単なる馬鹿なのか。その鋼のメンタルを前に打ちのめされたヴァンは、頭を抱えて溜息をつくばかりだった。
「あ、そうです」
ここでシエルが思い出したかのように手を叩いた。嫌な予感しかしない……
「アドニス少佐から
(ん?)
「え?」
「は?」
ヴァンだけじゃなく、僕もカナリアも耳を疑う。
「『皇女の代わりなんだから喜んで引き受けろ』、だそうです」
「はっはっは、全力で我輩を守るがよい!」
・ ・ ・ 。
「……ムリ難題を押し付けやがって、んのヤロぉーー‼︎」
ヴァンの嘆きが、晴れ渡る空にむなしく響くのであった。
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