エピソード27 テルル村


 早朝からの行軍が進み、日が暮れようとしたところで拠点きょてんとなる村に辿たどいた。

 途中、何度か休憩きゅうけいはさんだのもあるが、それを差し引いてもほぼ半日かけての行軍。カナリアがお尻をさすっているほどだ。


 兵士たちは誰ひとりとして愚痴ぐちなどこぼさず、平然としていた。普段からの訓練の方がよっぽどだ、という声もあるぐらいである。

 ちなみにクリフトリーフは白馬はくばの上で器用に爆睡ばくすいしていた。ある意味、乗馬じょうばスキルがほかの誰よりもひいでているのかもしれない。


 村の名前は『テルル村』──人口じんこうおそよ六百人と、部隊よりも少ないものであった。行軍中にいくつもの部隊がわかれていき、のこった僕たちの総勢そうぜいよりもだ。

 村の広さはそこそこあるが、ほとんどが畑であり、いわゆる田舎いなかそのもの。ノスタルジアといい勝負。


 アドニスは村人を集め、村長らしき人物と対話し始めた。


「まずは助けにくるのが大幅おおはばに遅れてしまったこと、謝罪させていただきたい」


「いえいえ滅相めっそうもない。さいわい、こちらには怪我人もでておりませんし、なにより軍神さまが直々じきじき出向でむいてくれようとは光栄こうえいいたりです」


 彼が、そう述べて深々と頭を下げる。これまた年季ねんきの入った御仁ごじんで、白髭を長く伸ばした小柄な男であった。

 感謝の言葉を耳にして、アドニスが眉をひそめる。


「怪我人がいないのか。報告を受けてから一週間だぞ?」


「え、ああ、はい……先月よりこの村に流れ着いた若者がセフィラ持ちでして、皆が助かっておりますゆえ」


「その者は。今ここにいるか」


「ええ、こちらに」


 そう言って村長が向ける視線の先に、ひとりの男が立っていた。

 村長が『若者』と言っていたが、見た目はよわい三十後半のいかついおっさんであった。そりゃ村長からしたら若者だろうけれども……

 おっさんは教会の司祭しさいが着るような白と赤の模様もようが入ったローブをまとっており、目立っていた。頭もツルッツル。僧侶そうりょと言ってつかえない。


「お初にお目にかかります。軍神殿」


 男が村人たちから一歩前に出ると、ひざを地につけてこうべれた。

 その仰々ぎょうぎょうしい態度たいどに、彼女は顔色ひとつ変えず「名を聞こう」と問う。


「『アフェク・ベル・ダート』と申します」


「ではベル・ダート。貴殿きでんに問う。どうやってしのいだ」


 ”アフェク”とみずから名乗った彼が、頭を下げたまま答える。


「先手を取らせていただきました。むかつのではなく、こちらから討ってでる戦法。少しでも相手戦力をごうかと──」


 アドニスが吟味ぎんみするようにタバコをくゆらせつつ、彼を見つめた。

 あの吸い込まれるようなあわ翡翠ひすいの瞳を向けられれば、一般の人間でも物怖ものおじしてしまう。

 しかし、アフェクは淡々と続ける。


「わたしは、北大陸『フルバスタ王国』出身の教徒──”グラッド教”を広めくべく、この地に流れ着いたにすぎません」


 少しの間をおいて、彼女が目をせた。


「なるほど。貴殿の言い分は理解した。今後は私の前でもラクにしてよい。さがれ」


「はっ」


 彼がかしこまった姿勢のまま立ち上がり、村人たちの中へ戻る。


「村長、村人たちを彼の指揮下しきかに置く。その方が遅れてきた我々よりも迅速じんそくに動けるだろう。いな?」


「ええ、こちらとしては何の問題もありません」


 それは遅れてきた軍人よりも信頼があるヒトに指揮を任せた方がいいという、彼女なりの采配さいはいだった。

 話はひと通り区切りがついた様子。アドニスが振り返って兵士たちへと顔を向けた。


「──これより作戦行動に移る。まずは村に入って防衛ぼうえいきずけ。夜襲やしゅうの可能性もある。村からのもてなし・・・・など受け取るヒマなど皆無かいむだ。気を引き締めてかかれ!」


──おうっ!


 兵士たちが声を張りあげたのち、これまた迅速に続々ぞくぞくと村の中へと入っていく。

 さすが、”軍神”の兵士と呼ぶべきだろう。各々おのおのが的確な行動をそつなくこな練兵れんぺいであった。


「あとで私のところへ来い。少し話がある」


 これからどう動けばいいか分からない僕たちに向かって、アドニスが指示をだす。

 こうして僕、ヴァン、カナリア、クリフトリーフのメンバーは彼女の後ろについていった。シエルは指揮をるため、別行動だという。


 夕刻ゆうこくにわたる虫の鳴き声が、妙に大きく感じられた。

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