第一部 三章 〜漆黒の鎧〜

エピソード25 悪魔たちの会議

 ある日、王都では不気味な静寂に包まれていた。

 嵐の前の静けさ、そんな予感をさせる夜が広がる。


「さて──」


 闇市場──特定の建物には地下に続く道があり、辿れば広い会場が用意されている。しかし、とある一件で解体を余儀よぎなくされた。

 現在、封鎖中。なのに会場には神父ヌート少女イーアが滞在していた。円卓状のテーブルを前に座っている。

 本来なら見張りの兵士たちが彼らを追い返しているはず。ところが兵士たちは倒れており、起きる気配をみせない。


「そちらの様子は如何いかがでしょうか?」


 ヌートが語りかける先に、ひとつの丸い石がテーブルの上に置かれていた。

 石は光を放ち、かく席に虚像を映している。数は四。中にはまだ少年の姿もあった。


「こっちは順調だよ。魔王軍の封印フーイン


 まっ先かつ、つまらなさそうに返答したのは、まさにくだんの少年。テーブルに足を放りだし、後頭部に手を組んで座る様は、ただの行儀の悪い子供。

 見た目の年齢は十歳かそこら。なのに病的な白髪と、自分以外は敵だと思わせる鋭い目。異様さをかもしだしていた。


「それは上々」


 彼の答えに満足したのか、ヌートが柔和な笑みを浮かべて頷いた。


「でもさー」


 少年が不満気に声をあげる。


「ボクは別にいいんだけどさ、”醜悪カイツール”まで一緒じゃなくてもよかったんじゃない?」


 少年が”カイツール”と呼んだ男へと目を向ける。


 細身な青年。存在感が薄く儚気であり、髪は金色こんじきで長く美しい。神父とは違う類いの笑み。穏やかな顔をしていた。

 男はただ静かに、竪琴たてごとの”ようなもの”を撫でるように鳴らし続けている。目をらせば何かの骨で作られており、糸も長い黒髪をんで張ったようにもみえる。

 元の素材が何なのかを察した少年が「うげー」と、あからさまな嫌悪感を示した。


 先の質問に、ヌートが答える。


「ああみえて、魔王軍は手強てごわい。長年、勇者という存在と戦ってきた一族だ。野放しにすれば、いずれ我々とも衝突する」


 いつもの柔和がせ、普段見られない瞳が晒された。暗い色を宿している。

 少年が「あーはいはい」と投げやりに手を振った。


「まぁ、万全に越したことはないのです。”慢心”は、貴方に相応しくありませんよ?」


 疑問も解消されたところで、「よろしいですね?」と再び柔和な顔を作る。

 それでも納得していないのか、今度は唇を尖らせた。


「ちぇー、”色欲ツァーカブ”のやついいよなぁ……自由気ままで。ボクがこんなに身をこなにして働いてるっていうのに」


「彼女の場合は仕方ありません。この計画は、彼女の目を醒めさせることも目的としておりますから」


「おい、オレはどーすりゃあいいんだよ。なんも命令受けてねーぞ」


 そこで割って入ったのは別の男。

 ツンツンとした黒髪に、鍵鼻が特徴的。黙っていればワイルド系の色男。だが、ギザギザな歯をひけらかす態度は、むしろ野獣を連想させる益荒男ますらおだった。

『ガサツさ』という服を着せたような彼に、少年が嘲笑あざわらう。


「戦力外通告なんじゃない? ”貪欲ケムダー”」


「あ? 気安く呼ぶんじゃねーよ、”拒絶シェリダー”」


「あれ、怒っちゃった? 本当のこと言われて怒っちゃった?」


「チッ……黙れよボッチ」


 ダンっと足でテーブルを叩く。

 虚像なので実際には揺れていない。それでも石から発せられる大きい物音に、隣の少女が肩を震わせた。


「殺す」


 少年シェリダー益荒男ケムダーに向ける目は尋常じゃなかった。今にも噛みつかんとする狂犬じみた敵意。ドス黒い感情が彼らから発せられる。

 ピリピリとした殺気があふれる中、神父がやれやれと溜息をつく。


「イーア」


 名前を呼ばれた少女。恐る恐る視線をヌートに向け、これまたおっかなびっくりに相槌あいずちを打ってから両手をかざした。


「──っ! グゥぁあ!」

「ガァ、あ……やめ、ろぉ……”不安定イーァツブス”!」


 途端、二人が苦しみあえぐ。

 はたから見ても何が起こったのか不明。しかし確かに、耐えがたい苦しみが彼らに降りそそいでいた。


 これぞ、我らにとって最も有効な弱点──


「なんのためにイーアを監察かんさつ役に選んだと思っているのですか」


 ヌートが止めるよう指示すると、翳した手を下ろす。同時に、苦痛から解き放たれ、静かになった。

 解放されたとはいえ、恐怖心が引きずる。肩で呼吸する二人。一人は恐ろし気にうずくまり、もう一人は敵意を向けて押し黙った。


「先程の答えですが、そのまま待機です。貴方の力は必ず必要になってきます。その時まで温存しておいてください」


「ケッ、そーかよ」


 向けた敵意を仕舞しまいこみ、ドカッと乱暴に座りなおすケムダー。テーブルに肘を置き、頬杖をしながらソッポを向く。

 ようやく話が進められるとヌートが続けた。


「──して、”アディシェス”。貴方はどうですか」


 今まで静観せいかんしていた最後の一人に問いかける。

 否、一人ではなく”一機”。

 ガラクタを寄せ集め、ヒトガタに形成されているソレが、電子音を放った。


「予測通り。王都から出立した人間共は、あの村に集まってきている」


「それは何より」


 蛇のような笑みで顔を歪ませる。

 すべて順調。計画通りだ。


「しかし、例の"器"が紛れ込んでいる。対処法を命じてほしい」


 ヌートの笑みは崩れない。


「"器"は任せます。必要であれば壊してしまっても構いません。こちらにはすでに"代わり"がいますので」


 上機嫌に答えた。

 これで聞きたかった情報は揃った。ヌートは手を叩いて他の者たちから注目を集める。


「お待たせしました。それでは、これより作戦を開始します。各自かくじ、己の欲望に従って行動に移りなさい。さすれば──」


 願いは成就する。

 そう締めくくって解散の合図を出そうとしたとき、イーアが袖を引いた。


「どうなさいました?」


「……二人とも、まだ謝ってない」


 怯えた視線が再び、ケンカした彼らに向けられる。

 言葉の意味を理解するのに、一拍おいてから、


「す……素晴らしい!」


 神父が両手を広げて称えた。


「そうですよ、ええそうですとも。あの二人は悪いことをしたのですから謝るのは当然の行為。いやはや、わたしとしたことが神に支える身として愚かでしたぁ、はっはっは」


 満面の笑顔でイーアに抱きつき、頬擦りをする。彼の行動は親馬鹿のそれであった。

 その様子を他の四人は冷ややかな目を送る。たとえ人間でなくとも過剰なスキンシップだ。一言で告げるなら、気色わるい。


「さぁ謝りなさい二人とも。イーアに迷惑をかけたのですから、心より懺悔しなさい」


「いやそっちかよ!」


 ケムダーからツッコミが入る。


「ち、ちが、ぅ……二人同士で、謝って……仲良く、して」


 小声ながらも訂正を加えるイーアに、今度は天を仰(あお)いで感涙。


「嗚呼、なんと慈悲深いことを……貴女あなたはきっと、天からつかわした聖女に違いない……」


「オレらと一緒の悪魔だろ、ソイツは」


 このままでは埒が明かない。彼女の決意は固く、有耶無耶うやむやにするのは難しい。茶番に付き合わされるのは癪だが、仕方がないと割り切る。

 ひとりでに悟ったケムダーは、静かに席を立つ。そして少年に向かって頭を下げたのだ。


 予想外で意外。この場にいる全員が目を丸くして硬直した。

 彼の性格からして、こんな素直な行動を取るとは思いもよらない展開である。


「……これでいいか。充分ならとっとと締めろ」


 明らか不機嫌になる彼が席に着く。

 ヌートの口が開いた。


「どういう心境の変化だ」


「あ?」


「貴方が謝るなど、見ないあいだに随分と丸くなったものだ」


 疑念、というよりかは一種の不快感に近い感情が、如実にょじつあらわれる。

『らしくないではないか』と。

 その意味を知ってか知らずか、ケムダーは不貞腐ふてくされるように、またソッポを向いた。


「茶番が嫌いなことはテメェもよく知ってるはずだ。それとも、お気に召さねーか?」


 両者が尻目にイーアを見る。シェリダーがまだ謝罪していないことに不満の様子だったが、これ以上は時間の無駄。当の少年は頭を下げる気など毛頭ないからだ。証拠に、腕を組んで頬を膨らませる仕草しぐさすらみせている。


「もうよいでしょう。それでは皆さん、くれぐれもお気を付けて」


 合図がでた。いの一番に虚像が消えたのはシェリダーの席。イーアから味わった苦痛が消えずにいるのか、怯えた目をしながら去っていった。

 次にカイツールが席を立つ。消える一歩手前で振り返り、ガラクタに一言。


「次、人間"共"って言ったら壊すから」


 鈴のような声色で、そう告げて消えていった。


「相変わらず、人間の接し方に厳しい御方ですねぇ」


 やれやれと溜息をついて、アディシェスに同情しますと感想を述べる。

 告げられたガラクタも首を傾げるばかりだ。


「我々に心はらず。何故なにゆえ、人間にああも執着しゅうちゃくをみせるのだ」


「貴方がそれを言いますか」


 まるで滑稽だと笑いたいのか、堪えながらヌートが答える。


「我々全員がいだいているのですよ、人間に。貴方もそうでしょう? どれだけおとしめるような言い方をしても、その奥底では真逆のことを想っている」


「それは──」


 ヌートの瞳が開く。暗いながらも遠くを見えるそれは、まるで恋心を抱く少女のようであった。


「彼の場合、その順番が逆なだけです。醜悪カイツールの名に相応しいだけで、付きまとう大罪の名に相応しいだけで、根本は同じなのです。わかってあげてください」


 開きかけた反論をさえぎってまで優しくさとすその姿に、アディシェスは思わずにはいられない。

 人間をうやまう心が、お前にもあるのかと──


「……カイツール、嫌い」


 イーアがまたも袖に掴まり、自己申告。

 あやすように少女の頭を撫でてから、ガラクタに念押しした。


「それよりも作戦の方はお願いしますよ。貴方の任務は重要なのですから」


承知しょうちした」


 相槌を打つと、アディシェスの虚像もフッと消え失せる。

 この場に残ったのは、虚像の益荒男と神父と少女だけとなった。


「して、まだ何か?」


「いんや、テメェの真意を聞きたくてよ」


 居残った理由を耳にして、眉をひそめる。

 何を企んでいるのか、心当たりが多すぎて不明なのがこの男。ヌートの中で一番の懸念けねん先であった。

 そんな彼が、真意を聞いている。


「なんの話でしょうか」


「トボケるな。”残酷アクゼリュス”の件、忘れたとは言わせねぇぞ」


 彼の声色が一段落ちる。ドスの効いた、おどす声。

 恐ろしくなったのか、イーアが袖を握りしめて隠れた。


「……クク、はははは」


 その言葉がよっぽど可笑おかしかったのか、ヌートが笑い飛ばす。


「冗談でしょう? 聞きたいのはこちらの方ですよ、真名・”貪欲で強欲者アドラメレク”」


 彼らにとって、”真名”とは己の命と同等の価値をほこる。他者から真名を口にされるようなことがあれば、即座に殺めて口封じ──ならわしであった。

 たとえそれが同族であっても同じこと。


「テメェ」


 ケムダーの雰囲気が一変した。


 虚像ごしというのに、会場全体が、建物が、震えだす。

『鬼の形相』と例えるには生ぬるい。怒髪天。ただでさえツンツンとした髪が逆立っていた。

 虎の尾を踏むとはこのこと。しかしヌートは平然と突っぱねる。


「”憤怒”は貴方に相応しくないですよ。それはアクゼリュスのモノだ」


 悪魔としてごく自然な反応を目にして、あからさまに肩を落とす。

 こうしてわざと怒らせれば、何かしら彼を思い通りに動かせる糸口になると踏んでの犯行だった。


「貴方が何を企もうが勝手ですが、このわたしがそれをさせるとでも御思いですか?」


「……気ィ変わったんだよ」


 この計画に加担した、彼なりの真意。

 普通の人間ならふざけるなと怒る場面なのだが、彼に限っては吟味する余地あり。


「お得意の”気まぐれ”ですか。ならまぁ、教えて差し上げましょう──」


 気まぐれは彼の十八番オハコ。長年の付き合いもある。

 ようやく彼らしい一面がみれて安堵したのか、ヌートの口角こうかくがわずかに上がった。


「わたしはただ、帰りたいだけなのですよ」


 言いきったところで、虚像が消え失せる。

 彼の震えるマナに耐えられず、虚像を映す石が割れてしまったのだ。


「やれやれ、何でも欲しがるくせに行動力はズバ抜けている。一番厄介なタイプですねぇ……しかも情にあつい」


 シンと静まり返った空間で、本日三度目の溜息をつく。性格に難がある彼らである。心情の負担は計り知れない。

 イーアが不安そうに神父の顔を見上げた。


「どうするの……?」


「そうですね。あとで”愚鈍イーエーリー”から魔物を数体お借りしましょう。見張りぐらいの簡単な命令なら、貴重なアディシェスの機体を借りなくても済みますからね」


 この場にいない者の名をあげて、彼は思考を巡らせる。

 真意。そう、真意──


「そんなこと、決まっていますよ」


 さっきの言葉がうそいつわりのない真意。

 はるか遠い世界を思いだしながら、静かに席を立った。


「さぁ、始めましょう。我々、『外殻クリファ』の名の下に、世界に変革を」


 いつもの柔和な笑みを浮かべて、会場を出て、歩みを進める。

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