エピソード24 星の下で

 ここ数日は平穏なものだった。

 授業を受け、鍛錬を積み、クリスにコキ扱われる。そんな日常が続いた。

 変わった点といえば、エルウィン王子とグルツがずっと不在だったことだろうか。


 学園から帰宅。僕らの部屋は寮にある。


 学園の寮に住まわせてもらっている僕たちだが、他の生徒はほとんどいない状態で、ほぼ貸切状態であった。

 理由は明白。みんな、自分の家があるからだ。

 曰く、学園初日に出会った留学生クリフトリーフでも、近くに別荘があるという話らしい。金持ちは理由が雑でも納得してしまう。


 ではなぜ、寮に住んでいるのか。答えはミラの要望だった。できるだけみんなと一緒が良いそうだ。

 彼女は仮にも皇女殿下という身分なのだが、あまり身分のちがいに頓着とんちゃくしない。その性格ゆえか、クラス内で人気を呼んでいた。


(さて──)


 それはそうと。ついに念願ねんがんのカラダを手に入れた僕は、夜な夜なカナリアの部屋から抜け出してひとり、寮内の冒険に出かけるのが日課となっていた。

 今日も今日とて、探索と参る。

 なるべく音を出さないように行動。静寂が包む。


 とくに何かするつもりはないが、娯楽ごらくが少ないこの世界では、こういうひと時は貴重きちょうなのだと自負じふする。

 夜の学園ってのは、ふしぎとテンション上がるもの。


(何度見ても広いよなぁ……)


 貴族たちが通うってこともあって、寮内も広く、天井が高い。

 長い廊下には、いくつものドアが並ぶ。まるで旅館かホテルのような構造。ワクワクが止まらない。

 天井付近まで張られている窓ガラスから、今宵こよいの月明かりが差し込んでいた。就寝時間だから蝋燭ろうそくの火も消えているはずなのに、見渡せるほど明るい。


 つまり、冒険にはうってつけなのだ。


(今夜はどこを探索しよ……ん?)


 さぐっているうちに、なにやら人影がひとつ。

 扉の前でソワソワしている人物──ヴァンだった。


(何してるんだろ?)


 僕は廊下の角に隠れて様子をうかがう。


 少しして扉が開かれた。ミラだ。

 普段ではおがめられない、寝間着ねまき姿である。長い銀髪をゆるくたばねて肩に下げた髪型──曰く、ルーズサイドテール。穏和おんわでかつ高潔こうけつな雰囲気が一変して、大人びた女性へ転身てんしん

 はなは何を着飾っても見栄みばえに困らない。だがこれに関しては、少し趣向しゅこうが違うベクトルに働く。酔芙蓉スイフヨウ──朝は白く咲き、夜は淡紅色たんこうしょくの顔を持つ。今の彼女はそんなギャップをそなえていた。

 

 ヴァンも目のやり場に困っており、羽織っていた上着をミラの肩に乗せる。

 二人はそのまま静かに歩みだした。


(……これは、もしや?)


 もしやするかもしれない。

 まさか日課がこんな形でをむすぶとは──


 僕は二人のあとを追う。

 頭の灯火がボウボウと燃えさかっていた。




 寮にはひとつ、特別なつくりがほどこされていた。屋上である。

 なんと床が絨毯じゅうたんのように芝生しばふかれており、しかも手入れに余念がない。

 庭園──そう呼ぶには木や装飾そうしょくがない寂しいものだが、場所を考慮こうりょすれば充分じゅうぶんであった。


 周辺には、ここよりも高い建物たてものは少なく、見上げれば空が一面に広がる。

 爛々らんらんと輝く月。まるでスポットライトのように屋上を照らしていた。ロマンチックと例えるには相応ふさわしい。この感動の前では、やや冷たい夜風ですらも、そよ風に感じてしまう。


「わー! ひろーーい!」


「殿下、あまり大声をだしては教員たちが起きてしまいます」


「大丈夫、だってこんなに静かな夜なんですもの!」


 これまた普段では見せないはしゃぎっぷりを披露するミラ。

 芝生に寝転ねころがったり、走り回ったりしていた。


「こんな場所もあるのですね」


 ヴァンが目を細めて感心の声。


「ここは以前、寮生の方々がお茶会するために作られたみたいです」


 なるほど。納得である。

 金持ちは屋上ですら庭に変えてしまう。先代貴族せんぱいいきはからいに思わず拍手しそうになった。


 僕はというと、二人に見つからないように出入り口側のすみに身を寄せて隠れていた。聞き耳を立てて行末をあたたかく見守る。


「そういえば、いつの間にアインに体が?」


 彼女が僕の変化について話題を振った。


「以前、あのちんちく鎧兜のせいで盗人ぬすっとらえました」


「アインの”せいで”?」


『おかげ』ではないのかと首を傾げるのに対し、即座に「はい」と肯定。


(だれが『ちんちく鎧兜』だ)


 元を正せば、しっかりと僕の面倒を見なかったのが原因……などと言い訳すると悲しくなってくるので、ここは素直に受け入れる。


「カナリアも言ってましたね。闇市場まで行ったって」


「べつに、大したことはありません」


 涼しげに返答しているが、そんなわけがない。

 闇市場っていうのはよく知らないが、そんな不穏な場所までおもむいてまで僕を探してくれていたのだ。カナリアやヴァンには感謝するばかり。


「あのあと、王政の方で動きがありました。アドニス教官のもと、闇市場は解体できたそうです」


「それは何より」


「……それなりに大手柄おおてがらなんですよ?」


「興味ありませんね」


 相変わらず涼しい顔をする。カッコつけているのが見え見えだ。

 ミラが「なーんだ」と言ってつまらなさそうに頬を膨らませた。


「──では、こちらからも一つ」


 今度はヴァンが話題を切りだす。


「街の情報屋から得ました。近頃、何やら怪しげな動きをする信徒がいるそうです。王政側の方でも警戒しておいて損はないかと」


「それは、闇市場の件で得た情報ですか?」


 したり顔で聞き返すミラ。


「そうですが……それが?」


「闇市場の件といい、ヴァンには功労こうろうたたえませんと」


 何がなんでも彼を表立たせたいようだ。

 しかし、当の本人が肩をすくめて答える。


「俺を称えたところで何も変わらないでしょうに」


「私の気分が変わります。我が国の騎士は英雄みたいにスゴイんだぞーって」


 ご機嫌きげんに語る。だが、ヴァンの表情は晴れない。むしろ影が差した。


「”英雄”なんて、なるつもりはありませんよ」


 父を彷彿ほうふつとさせたのだろう。

 そのことに気付いたミラは、困ったような笑みを浮かべるだけで、それ以上何も言わなかった。





「星が綺麗」


 はしゃぎ回ったあと、ミラは大の字で寝転がりながら空を眺めた。

 僕も彼も、つられて見上げ、声をあげそうになる。


 無数の宝石──月に負けじと輝くそれは、一つひとつが白銀の灯火にみえる。

 もしかしたら、願いを叶えるこの灯火も、元を辿ればこの宝石たちなのだろうか。だから、ヒトは夜空に願いを込める。

 そんな考えがよぎった。


「あんなにも小さいのに、どうして強くきらめくのでしょうか」


「さぁ。俺には到底理解に及びません」


「……それはちゃんと考えてから出した答えですか?」


 彼の答えが不満だったのか、ムクっと体を起こした。


「ヴァン、命令です。こっちへ来なさい」


 自分の隣を叩いて示す。

 彼はイヤな予感を察しながらも、呼ばれるがままに彼女の隣へ。


「えい!」


 すると、ミラが飛び込むように押し倒した。


「で、殿下!? いけません、これは──」


 突拍子な出来事に、顔がみるみると赤くなっていく。

 それもそうだ、男女ともに体が密着しているのだ。それも、彼にとっては意中の相手。平然としろという方が無理な話である。


「ねぇ、覚えてる?」


 ミラが語りはじめた。


「初めて会ったとき、アナタはわたしに素っ気ない態度をしてた」


「……七つの頃ですね」


「結構ショックだったんですよ?」


 その声色は懐かしい過去をやさしく撫でるようで、二人の間をくすぐらせる。


「あの日、じつはお父様に泣きつきました。どうしてあんな人が護衛騎士になるのって。その日の夜、お父様は私を外に連れて、このような星空を見せてくれました──」


 そこでようやく密着状態から解放。二人揃って横になって空を見上げた。


「そこで色んなことを教えてくれました。星って流れる瞬間があるそうですよ?」


 知ってました? イタズラな笑みを浮かべたのち、続ける。


「消えてしまう前に祈りを捧げば、願いが叶う」


「初めて知りました」


「あなたのお父様から聞いた話だそうです」


「────」


 唐突にユースの名が登場し、彼が渋い顔をした。

 少しの間をおいて、


「初めて知りましたよ。そんな話……」


 と繰りかえす。


 やはり、まだヴァンにとって父親との距離は遠いようだ。流れ星の話だって、親から子に伝えても差しつかえないもののはずなのに。

 彼女は「そう」と短く返事をして、まぶたをとじた。何かをじっと吟味ぎんみする。


「二度目に会った日──私、あなたにこんな空を見せたかったの」


「あのときは急に曇ってしまいましたね」

「森にまで入って、散々怒られちゃいました」

「急に連れられたと思ったらいきなり泣き出して。なんて皇女様だって思ってました」


 彼が小気味良く言い返すと、「もう」と頬を膨らませる。


 そのあとも、二人はしばらく思い出に花を咲かせた。

 あの頃はカナリアが、あの時はヴァンが、あれはミラが──

 彼女が皇女の立場に頓着しない理由がはっきりとわかった。幼い頃から共に過ごした姉弟との日々が、彼女をそうかたち作らせたのだ。


「あの頃は、楽しかったですね」


 だいたい話し尽くしたのか、ミラが結論を述べた。


「今も楽しいですよ」


 ヴァンも率直な想いを口にする。ステキで前向きな言葉だ。


「もしあのとき、お父様から星空を見せてくれなかったら、今の私はここにいませんでした。素っ気ないアナタを知ろうとしなかったら、あんなに楽しい日々は送れなかったでしょう」


「そうでしょうか?」


「そうなんです。なので、ヴァン──」


 彼の手をそっと添える。


「さっきの話です。しっかりと考えてから答えを出して。ちゃんと知ろうとしてください」


『あんなにも小さいのに、どうして強く煌めくのでしょうか』

 考える素振りもみせずに『分からない』と突っぱねられたことに、やはり彼女は怒っていた。

 そしてその言葉は、父親ユースの関係もふくまれている。

 一方的に決めつけ、壁を作ることをやめて、一度は向き合いなさい、と暗に告げていたのだ。


 皇女様からの指摘してきを受け、恥ずかしさを紛らわすように頭を掻く。


「……わかりました。ちゃんと考えて、ちゃんと知ろうと思います」


 驚いた。

 この夜をもって、ヴァンは父と向き合うことを決意したのだ。

 それはミラにも伝わったらしく、


「よろしい」


 と満面の笑みを浮かべるのだった。


「────」


 ふわりと風が舞う。

 彼女の笑みに心を奪われたのか、じっと静止するヴァン。


「……ミラ」


 突然、スクっと立ち上がり、繋いだ手をつよく握って彼女の体を起こす。

 起こされた本人も、何を言われるのだろうと首を傾げていた。


「さっきの答えが出た」

 

「さっきの?」


「ああ、星の話だ」


 空に向けて、手のひらをかざす。

 届かないものを欲するかのように。または、眩しくてさえぎるかのように。ただ手を伸ばす。


「俺は思うんだ。星ってのは、一つひとつ強い意志を持っていて……だからあんなにも美しく煌めくのだと」


「つよい、意志?」


「ああ」


 空から目を離し、彼女と向き合ってうなずく。


「あの暗闇の中でも光を放ち続けることは、きっと容易なことじゃない。だからこそ、己の願いすらたくしてしまうほどきつけてやまない。これを『希望』と呼んだりもするんだろうが、俺は──」


 大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。


「この星空なんかよりも──」


 それは問いに対する答えというより、


「ミラ、お前の方が美しい」


 少年が少女に贈る、




「好きだ」




 愛の告白。

 夜空が見守る最中さなか、まるで時が止まったかのように互いを熱く見つめ合う。



 ・ ・ ・ 。



(言ったぁぁあああ! ついに言ったぁぁあああ‼︎)


 終始のぞき見していた僕は、興奮してベンテールから火が漏れでていた。


 ヴァンとはまだ長い付き合いとは言えないが、はたからみても彼女に好意を寄せていたことは明白。素行がやや荒い彼でも、好きな相手には奥手になるヘタレ騎士でもあったのだ。

 そんな彼が、ついに告白。感慨深い。青春である。


「…………」

「…………」


 そんな僕の感動を他所よそに、二人は依然として見つめ合ったままで動かなかった。

 どうしたのだろうか。


(はやくチュッて。チュッといけって)


 声は出ないが、もはや野次やじすら飛ばす。

 ここまで来たらキスやら何やら、すべきことを一直線に駆けるしかないはず。


(あーもう焦ったいなぁ)

「あーもう焦ったいなぁ」


 ん?

 心の声と重なる声。見ると、屋上の出入り口に寝間着姿のカナリアがいた。

 身を潜ませ、ドアの隙間からヴァンたちの様子を覗いていたのだ。


「……はぁ」


 彼が大きな溜息をついて、ながい沈黙に終止符を打つ。

 くるりとミラからそむいて、こちらに向かってきた。


「へ?」


 まずは出入り口。バンっと扉を勢いよく開けて、覗き魔を月明かりの元へ引きずりだす。


「あ、ちょ、痛い痛いヴァン痛い」


 つぎに僕のところにも来て、まるで野良猫のよう扱いで首筋を掴まれる。

 普通にバレていた。


「──見たか?」


 ドスの効いた声で問い詰めてくる。

 こわい。


「いや、あの……部屋にアインがいなくて……探してたらちょうど居合わせたというか……」


 青ざめたカナリアが言い訳を述べる。


(僕らのことはいいから! はやくミラとくっつけ!)


 興奮が止まず、ベンテールから火をボフボフと吹きながら自分の体を抱くようにしてクネクネと動いた。

 何を意味するのか、当然本人たちにも伝わる。


「てめぇコラ、アイン! 揶揄からかいやがって! 今すぐ工房で兜の形を犬型魔物ライラプスフンにしてやる!」


「だ、ダメ!」


 カナリアが異議を唱える。


「可愛くない!」


(……問題そこ?)


 カナリアの弁護はあてにならないので、素直に謝ろうかなと考えたとき、


「──ック、ふふ……あはは!」


 ミラが耐えきれず笑いだした。


「で、殿下?」


 ヴァンもたじろぐ。

 ついさっき告白したのだ。次第に顔が強張こわばっていく。


「ごめんなさい。おかしくて、つい」


 ひとしきり笑ったあと、目の端に溜まった涙を拭うミラ。

 月明かりに照らされたその姿は美しく、されど切なさに胸を打つものがあった。


「ありがとうヴァン──」


 それも束の間。彼女はしっかりと向き合って姿勢を正し、微笑んだ。

 そして噛み締めるように、胸に秘めた想いを言葉に乗せる。


「私も、アナタのことが好き──大好きです」


「──ッッッ!」


 この日、生まれて初めてヴァンの雄叫びを聞いた。

 そのあとは悲惨。彼の雄叫びで教員を起こしてしまい、全員説教をくらうハメになってしまった。


 夜空にうつる月や星。やさしく、それでいてはげしい光が、僕らを照らす。

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