エピソード15 実戦

 学園には実技用の施設がいくつかあるらしい。

 結界によって魔法を使っても壊れない施設や、実戦に基づいた訓練を行うための広場など。今回は後者だった。


 想像よりも広い。草木がほとんどなく、辺りを見渡せるグランド。

 先に到着していた他の生徒たちも、教員の指導のもと授業にいそしんでいる。かなりの人数だ。半数が横並びになって木材で作られたマトに向けて魔法を放っており、残りの半数は木刀を持って剣技に励んでいた。


 僕たちはというと、先に挨拶を済ますために指導する教員と会った。


「遅れて申し訳ありません。ミラ・ノスタルジア・カーネリッジと申します。こちらはヴァンとカナリアです」


 教員とおぼしき二人に向かって一礼をするミラ。つられて姉弟も会釈えしゃく


「構わん、事情は聞いている。貴様らも訓練に加わりたまえ」


 答えたのは二人の内のひとり──例えるなら、”火薬”を体現したような女性だった。


 赤い長髪はほむらを連想させ、迫力のある鋭い目つきと、淡い翡翠ひすい色の瞳。細い顔つきの割には、存在感と麗しさを兼ね備えていた。顔に横一線、整った形の鼻筋を横断するキズが特徴的。だが、堂々とした雰囲気がかえって美しさを際立きわだたせている。

 軍服っぽい服装ワンピースを身に纏っており、その上から教員用のローブを肩に羽織っている。タバコをふかす威厳あるただずまいは、さながら軍人そのものである。

 こういうヒトは、導火線に火がつくと怖い。どこに導火線があるのかはさて置き。


「失礼ながらアドニス教員殿、今は戦時ではありません。言動や振舞たちふるまいには、くれぐれもお気をつけください」


 つづく隣の女性──こちらは”刀”を体現したようなヒトだった。同じく教員用のローブをしっかりと着用。紺色の髪を後ろに束ねており、切長い目はまるで刃物。薄っすらとみせる瞳の色は、黄昏たそがれ時に映る橙色の持ち主。キリッとした面立ちと相まって、剣をたずさえる姿は凛々しいの一言。


 ”アドニス”と呼ばれた教員は「やれやれ」と肩をすくめた。


「いかんな。この服装だと場をわきまえず威張いばってしまう。許せ、皇女殿下──性分なんだ」


「とんでもございません。かつて『軍神』と呼ばれたアドニス様なら、どのような振舞いでも生ける花となりますでしょう」


「ハハハッ、うまい世辞だ」


 彼女の豪快な笑い声に対して、ミラもホホホと口元を隠して笑う。

 置いてけぼりな僕と姉弟をみて、アドニスともう一人が気を取りなおした。


「紹介が遅れたな。私は『アドニス・グランチェスカ・バイオレンス』、軍人だ。気軽にアドニスと呼んで構わない」


「『軍人”兼”、教員』です」


 横からすかさず訂正する”刀”のようなヒト。アドニスは肺に溜まった紫煙を溜息と一緒に吐きだしながら親指でさした。


「こっちの口うるさいのが『シエル・ヴァーミリオン・エスパーダ』──階級は大尉、同じく軍人”兼”、教員だ」


 今度は兼任を強調して紹介。しかしシエルは「階級は余計です」と横槍を突く。

 印象としては、アドニスがちょっとズボラなタイプで、シエルが堅苦しい秩序を重んじるタイプだと見てとれた。長い付き合いなのか、うまくバランスが取れたタッグである。


「それで、コレが例の魔法生物か?」


 突如アドニスがカナリアに近寄り、ずいっ、と抱えている鎧兜ぼくを覗きこんだ。

 翡翠の双眸が僕と目があう。ゾクリとした。


「え、あっ、はい。アインっていうんです」


 カナリアが答えると、彼女がアゴに手を添えながらジロジロと眺めてくる。


「報告書に記載があった。これ目当てで悪魔が襲ってきたらしいな」


「そ、それは……」


「気にしなくていい。むしろ悪魔が来るなら、討伐するまたとない好機だ。逃げぬようしっかりと見張れ」


 さすがに知れ渡っている情報らしい。それでも僕のことを害敵を釣るエサと認識したようだ。

 腑に落ちない扱いだが、今はそれでいいと思う。せっかくの学園生活を謳歌できるのだ。あまり邪険にされたくない。


 アドニスは僕から目を離して「さて──」と切り出した。


「時間も押している。魔法については私がみてやろう。剣に関してはシエルに任せる」


 小手調こてしらべだ。彼女はそう言って、僕らを引き連れて場所を移動させる。

 アドニスには、カナリアとミラ。シエルには、ヴァン。二手に別れて、いざ開始。


 僕は戦力外なので、観衆と一緒に見届けることとなった。




「ケテル・バフトロモーメント!」

「ビナー・エクスプロージョン!」


 連発する爆炎が周囲を魅了する。


 片や”ビナー”──黒魔法というのは、火や水といった自然の力を攻撃手段に変えて戦う、この世界ならではの芸当。

 何度も見ているはずなのに、目が慣れない。木材で作られたマトが粉々である。


 そして”ケテル”──時間系統の魔法により、いつもより爆発までの時間が短縮され、連打を可能にさせていた。

 いざ戦闘となれば後衛に徹する必然性。だが、これはこれで強い。


「ほぅ……」


 ふたりの魔法を拝見して、アドニスは目を輝かせた。

 僕も含めて全員が思ったに違いない。この二人は間違いなく強者だと──


「恐れ入ったよ。正直、生徒たちもよくやっているんだがな。戦場を知らない故か、どこか物足りないと感じていたんだ」


 あまりにも他生徒に厳しい比較だが、事実、カナリアの戦闘力は計り知れない。

 周囲の反応が驚愕から嫉妬へ変わってしまう前に、彼女は続けた。


「二人とも、次は実戦に移してくれ。実力が知りたくなった」


「……構いませんが」


 一拍置いて、ミラが答える。


「お相手は?」


「私だ」


 即答。

 アドニスは懐から新しいタバコを咥え、紙切れのようなものも取り出す。紙切れが突如として燃えはじめ、タバコに火をつけた。


「二人掛かりで来い。鍛えてやる」


 余裕の表情を浮かべて挑発する。

 はじめは困惑したミラとカナリアだったが、教員の指示なら致し方あるまいと割り切って魔法を放つ準備をする。


「遅い!」


「──っ!」


 開戦の合図は、二人を待たずして鳴った。


 瞬時に間合いを詰め、まずはカナリアの腹部に目掛けて正拳突き。

 間一髪、拳を受ける前にバックステップでかわすカナリア。焦りもあったはずだが、正拳の風圧が加わって着地位置が思ったよりも大きかった。


 冷や汗が頬を伝う。


「実戦だと言ったはずだが?」


 アドニスはというと、さっさと構えを解いて仁王立ち。

 周囲はもちろん、相手をしている二人も戸惑いを隠せない。だが、先に攻撃を喰らいそうになったカナリアだけは、他よりも理解が早かったようだ。


「ミラ、本気でいくよ──」


「しかし、教員とはいえ怪我人を出すわけには……」


「あの人ならきっと大丈夫。伊達に『軍神』を名乗ってるワケじゃない。てか、こっちが本気ださなきゃマズイかも……」


「……どうなるのですか?」


「痛い目にいそう」


 それだけは御免被ごめんこうむりたいという反応。

 二人の間で耳打ちを交わしてから、再度対面。


「準備は整ったか?」


 余裕な態度をこれでもかと見せつけるアドニス。


「戦場では、敵は待ってくれんぞ?」


「そんなこと、宣告承知です!」


 ミラの啖呵を合図に、カナリアが前へ飛びでた。

 元々、兵士まがいなことをしていた彼女。体術も心得ていたのだろう。地を蹴って二、三歩で間合いを詰め、アドニスに向けて拳を振るう。


「わきが甘い」


 しかし、拳は彼女を捉えることが出来ずに空振り。必要最低限の回避行動。

 助走をつけた反動で、カナリアの体勢は大きく崩れかけていた。


「──んのっ!」


 避けられることも想定内だと言わんばかりに、崩れかけた姿勢のまま前転宙返りをして蹴りを放つ──というより、踵落としであった。

 踵落としをやや斜めに切り込む。まるで首をかき切る大鎌のようである。


「柔軟さはあるようだな」


 だが、これもやや屈んで避けられる。


「だったらコレはどうですか!」


 空振りの足が地に着地と同時に、カナリアはもう一度、地面を蹴った。

 跳躍は、約ひとり分ぐらい高い。身軽な彼女の得意技。


「ケテル・ファウスト!」


 後衛のミラが魔法を唱えた。

 魔法には、唱えるための隙がどうしても生まれてしまう欠点がある。だからこその前衛と後衛。ようやくここから二人の本領が発揮されるところだった。

『ファウスト』……たしか彼女の場合は、対象の素早さを上げる効力があったと記憶している。しかし、このタイミングじゃ──


「愚か者、空中でどれだけ素早くなろうと意味はなかろう!」


 彼女の言うとおり、空中では足場がない。故に、狙いが一点に絞られてしまう。

 狙う場所がわかれば、避けるのは容易い。


 ですよね、とカナリアは不敵に笑う。


「でも──」


「ケテル・フィクスト!」


 重ねて魔法が発動。

 きらめく光がカナリアの周りにかれたと思われた瞬間、彼女は空中で跳躍・・・・・した。

 ”ファウスト”の速度も相まって、姿を捉えるのは難しい。アドニスからの視点なら、一瞬で消えたように映るだろう。

 撹乱かくらん──これこそまさに”虚”を突いたと言えよう。


 ミラの魔法もそうだが、恐ろしいのは連携であった。

 思い当たるのは開戦直後の耳打ちか。よくもあの短い間で作戦を作り上げたと思う。


「ほう、あまり使われない”固定”か。空中に足場を作るとはな」


 アドニスの背後に回り、組み手に持ちかけようと腕を伸ばす。

 だが、彼女は迫りくる腕を掴み、


「ふぇ?」


 華麗な背負い投げを決めた。


 地面に叩きつけられたカナリアが「イタタ──」と痛みを訴えるまでの数秒間、まるで時が止まったかのように周囲は唖然としていた。

 開始からまだ二分も経ってないはず。しかし、これだけ目まぐるしい展開を見せつけられては、こちらも呼吸を忘れてしまう。


「中々の技量と連携であったぞ」


 讃えるアドニス。その言葉とは裏腹にどこか不満気でもあった。

 彼女もあれだけ避け続けたにも関わらず、汗ひとつもかいていない。強いていうなら、タバコの火が落ちて煙が出ていないというぐらいか。場数がちがうと思い知らされる。


「ほら、起きろ」


 尻もちを着いているカナリアに手を差しだす。

 実戦は、アドニスの勝利で幕が下りたと思われた──


「ビナー・バーンクラフト」


 カナリアが手を取る素振りをみせてから、指を鳴らした。

 観衆に戦慄が走る。よもやここで不意打ち。先程までドデカい爆炎を見せられたのだ。同等な衝撃がくると皆が予想し目を伏せたのだが──ボシュっとタバコに火がつく程度で終わった。


「実戦をやるなら、どこで終了でするか明確にした方がいいと思いますよ?」


「──クク、ははは!」


 裏を返せば『実戦なら喰らってましたよね?』である。

 アドニスは、大将さながら豪快に笑い飛ばした。


 妙にカナリアが積極的だったと思っていたが、要はルールの明確な提唱がなかったからだ。こうした不意打ちも有効なのだと、先んじて理解していたのだろう。

 強かなところも、彼女の魅力のひとつ。


「気に入ったぞ、フル・ヴァルヴァレット!」

「イタイ、イタイです!」


 紫煙を燻らせて、アドニスはカナリアの背中を叩く。


(あれ、カナリアのフルネーム、なんで知っているんだ?)


 ふとした疑問も、すぐに霧散した。

 剣技の訓練を行っている方向から、歓声が湧いたからだ。


「気になるなら見てこい。貴様らにはあとで特別な訓練を用意してやる」


「あ、ありがとうございます!」

「では、お言葉に甘えて──」


 アドニスはタバコをふかしながら提案した。

 わずかな時間で実力を測られた二人。時間が余っているため、ヴァンの様子でもうかがおうと思ったのだろう。

 せっかくの申し出である。僕もヴァンの実力をみておきたい。

 カナリアに拾われ、僕たちは剣技の方へ覗きに行くのだった。

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