エピソード14 マナニアと魔法

 いざこざもそこそこに、授業開始の合図がかかる──


 壇上に上がるのは、どの生徒たちよりも幼い体格の少女。桃色の髪を左右にくくって下げ、ダボついた教員職の衣装と、これまたサイズが合わない大きなメガネが特徴的だった。

 クリクリとした大きな瞳は灰色で、底知れない知性を帯びている。


「はーい、それでは始めまーすよー」


 ノリが軽い。

 だが、この世界のことを知る唯一の手掛かり。よく聞いておかなければ。


「──てか、クリフトリーフくんとエルウィンくん居ないね。すっぽかされたなぁ……」


 教室を改めて見回すと空席がふたつ。あの半裸の変態と、王子の姿がない。

「まぁいいや」と先生が開き直った。


 ちなみに僕はというと、座る席がないのでカナリアの机の上に堂々と鎮座。黒板が見やすくて助かる。


「今日は新しく入った生徒もいるから改めて基礎から教えるねー」


 僕らのことを指しているのだろう。いきなり続きからではなく、初歩中の初歩。この世界の”常識”といっても過言ではないところから紹介された。


 まずは”マナ”について──この世界には”マナ”と呼ばれる物質もので溢れており、魔法や魔術を行使する際に必要なエネルギー。

 曰く、その影響は強大。人間なら魔法の開拓、発展によって文明文化に大きく貢献。他にも、様々な生物にも影響を及ぼしているらしい。

 例えば魔物。マナを触媒として成長した植物・動物が変異を起こし、人類の害敵になるのだそうだ。何故なのかは未だ不明とのこと。


『魔族』という存在もいるらしいが、希少な存在のため、そこは割愛された。


「マナによって創られた存在──それが私たちの暮らしに役立っているのが魔法生物マナニア。みんなも知っての通りだねー」


 魔法生物は自然と生まれるものではない。魔女や聖職者によって創り出される。

 活動維持にマナを必要とするが、魔物と違って人を襲わず、ある程度ヒトの命令で動くものらしい。例えるならマナで動く機械。そんな印象だ。


 この王都に来てからも他の魔法生物はたくさんいた。

 ウマのほかに、手紙を運ぶトリ、建築を手伝うゴーレム、自動的に花に水をやるツタ、中には愛護用にスライムを飼っているヒトも。

 しかしそのどれも、僕と同じ・・・・ではなかった。


(そういえば、”鉄の竜アディシェス”は──)


 機械だらけの悪魔。ヤツも実は魔法生物だというのだろうか。

 そんなまさか──僕は心の中で首を振った。


「なんで魔女や聖職者がマナニアを創り出せるかは秘密にされてるけど、私の知ってる聖職者が言うには『世界の真理』に基づくことらしいよー」


 故に、魔女や聖職者の需要はそれなりに高く、将来的に目指す人は多いようだ。

 箔も付くし、ここに通ってきている貴族校なら尚更であろう。


「魔法生物の起源は魔女が発祥はっしょうだと言われているねー。だけど先人たちの知恵によって解析が進められて量産・布教にまで至ったのは開闢暦かいびゃくれき五百年。聖職者アダムによって──」


「ぅぅ……」


 かたわらで聞いているカナリアが目をぐるぐるさせていた。知恵熱が出てるのか頭から煙があがっているようにみえる。”魔法生物”や”魔女”という親しみのある単語には食いついていたが、『聖職者』からのくだりで処理オーバーしたようだ。僕も『開闢暦』辺りからあまり頭に入ってない。


 ちらりと、他の席を覗きみる。

 ミラはきちんと姿勢を正して先生の言葉を咀嚼。紙に書き写していた。ヴァンはというと腕を組みながら目を閉じて頷いている……あの様子だと、さては寝てるな?


「新しく入ってきた子がちょうど持ち歩いてるその魔法生物も、"西果ての魔女"が創ったものらしいねー?」


 いきなりの指名に、肩を飛び跳ねさせる。

 教室がざわめき始めた。

「あれが?」「魔女のって」「御伽噺じゃないんだ」「すげー!」

 他の生徒たちからの好奇心の的にされる。


 この反応でようやく自分がいかに特別なのか実感する。

 王都に来る以前、ミラが僕のことを『伝説』と言った。まさかこれほどの反応があるとは予想外だ。


「あの、この子は魔女様のものでは──」


「でも意思は持っている・・・・・・・・んだろう? 隠さなくてもいい。”魔女様”なんて呼ぶんだ、きっと顔見知りなんだね」


 カナリアが咄嗟に事実を隠そうとした。だが、容易に看破されてしまう。周囲の視線が容赦なく降りそそいだ。

 メガネが怪しく反射。灰色の双眸には僕だけが映り込んでいた。


「意思を持つマナニアなんて魔女しか創れないんだよ。古今東西、魔女が創造する魔法生物には特別な意味がある──それが”元英雄”様のものとなれば尚更だねー。国が放っておくはずないと思うけど、なんでここにいるんだろーね……?」


「────」


 緊張が走る。

 先生のギラついた目が少々こわい。好奇心旺盛というか、猫をも殺しそうな勢いだ。


「──ま、考えても仕方ないんだけどね!」


 と思えば、元の砕けた雰囲気にもどった。カナリアが肩の力を抜く。

 ただ、僕だけは冷や汗が背中を伝うような感覚から抜け出せないでいる。イメージとしては、危険な香りのする研究員に目をつけられた感じである。

 先生が続けた。


「でも、魔女のマナニアというのは本当に特別でね。そこら辺にいる魔法生物とは大きく異なる点がいくつかあるんだ」


 その紹介には注目せざるを得ない。

 ずっと疑問だったのだ。同じではないのか。


「まずマナの質が根本的に違う。一説には、マナの”滞留”による鮮度と言われているけれど──」


 待て待て待て。たいりゅう? 鮮度? なんの話だか全く理解できない。

 他の生徒はふむふむと頷いているが、カナリアもミラも頭上に疑問符を浮かべている。


 それを察して、


「あー、言っても分かんないか……じゃあ、また今度にするね」


 そう言って話を進めた。


「二つ目が、彼ら・・には記憶と意志を持っている。どこに記憶する脳があるのか問い質したいところなのだけれど、詳細は不明だねー」


 そしてズイッと乗り出して鎧兜ぼくを凝視。


「君の場合は、その炎と深い関わりがありそうだねー」


 幼い見た目に反してなかなか鋭い目つきをする先生に、またも頭の灯火が小さくなって揺れてしまう。

 ニンマリと笑い、振り返って視線を逸らした。桃色の髪がふわりとなびく。


「呼ばれ方も違うね。一般的に同じ括りとして『マナニア』って呼ばれることが多いけど、専門的には『ソル・マナニア』って呼ぶから。これテスト出るよー」


 あざといウインクをして、黒板を小気味よく叩く。

 こうしていればまだ可愛らしいのだが、どうも苦手だった。


──授業はまだ続く。


「次は”魔法”について話していくよ」


 魔法──この世界では当たり前のように使用されている能力の一部。

 かくいう僕も、”時止め”の魔法を使っているわけだが、はたしてどのような話が聞けるのかワクワクしていた。


「みんな知っての通り、人には生まれながらにして”セフィラ”を持っている。これは魔法を使うにあたってその人が持つ系統を表しているってことだねー」


 曰く、十の系統があるそうだ。

 ケテルコクマービナーケセドゲブラーティファレトネツァクホドイェソドマルクト──

 これらに属するものによって魔法の特色が決まり、生まれ持った才能として評価される。


 特色だが、以下がこのようなものであった。


 ケテル、時間。

 コクマー、治癒。

 ビナー、黒魔法。

 ケセド、精神安定。

 ゲブラー、肉体向上。

 ティファレト、造形。

 ネツァク、粒子化。

 ホド、召喚。

 イェソド、世界。

 マルクト、森羅万象。


 ”イェソド”と”マクルト”に関しては、荒唐無稽な規模のため、歴史上の人物の中でさえ至った者はいないらしい。

 存在したとしても、誰にも記憶に残らないような魔法を使えば隠蔽することも容易であるとのこと。何というか、凄い話である。


 ”ケテル”や”ビナー”はよく知っている。僕とカナリアが持つ特色だ。

 ”ゲブラー”は、たしかユースが使っていたはず。肉体向上の魔法なら、あの”鉄の竜”を斬り刻んだのも頷ける。

 よく分からないのが”ケセド”と”ネツァク”だ。なんだ粒子化って。


 質問したいのは山々だったが、ここで鐘が鳴った。


「あらら、確か今日は実技の時間の方が長いんだっけ。ほとんど復習になっちゃったけど、まぁ今日から一緒に学ぶ仲間もいるしね。みんなも、このあとの授業がんばるように。じゃねー!」


 せっせと教室から出ていってしまった。


「なんと言いますか、スゴイ人でしたね……」


 ひと通り、真面目に授業を受けたミラが溜息。まったくにもって同意である。


「次の授業は移動となります。急いで向かいましょう、殿下」


 寝ていたはずのヴァンがミラの元まで颯爽と駆け付けてきた。こちらもせっせと移動の準備に取り掛からねばならない。

 かくいう姉はというと──


「くかー……」


 今まさにぐっすりと寝ていた。


「起きろバカ姉」

「ふぇっ!?」


 彼がすかさず椅子に蹴りを入れて起こす。

 振動で驚きながら目を覚ました。ヨダレを拭いて欠伸もおまけに。

 なんというか、カナリアって普段はこんな感じなのだろうか。ノスタルジア国にいたときは微塵も感じなかったが……まぁ、これはこれでギャップがあって和む。新たな一面がみれたと、ちょっぴり嬉しくも思う。


 ふいに、懐かしい感覚がよぎった。

 僕もよく居眠りをしていた……気がする。こうやって真面目に先生の話を聞いたのも、本当に久しぶりで──


「行くぞ。これ以上、殿下に恥をかかすな」

「ヴァンも寝ていたじゃん」

「俺は寝ていない。目を瞑っていただけだ」

「それ寝てるのとどう違うの……?」


 姉弟の会話で我にかえる。なんだったのだろうか、今のは。


 そうこうしている内に、ミラが女生徒に囲まれていた。


「あのウートガルザ様に凛々しい態度、お見それ致しましたわ」

「こちらの国にはいつからいらしてましたの? 良ければ学園内を案内しますわ!」

「むしろ私が案内致します!」

「ちょっと、それはルール違反ですわよ!」


「ありがとうございます。皆様の気持ち、嬉しく存じます」


 お嬢様言葉が飛び交うなか、彼女は丁寧に一人ひとり相手をする。

 そんな百合の花のような光景を、男生徒たちは羨望の眼差しで遠くから眺めていた。


「相変わらずミラってすごいよねぇ……」

「バカ姉とは立場が違うからな。当たり前だ」

「なにそれ。てかバカって言わないでよ」


 姉弟も場が収集するまで待つことに。

 唐突にカナリアがニヤニヤしながら弟に肘を打ちはじめた。


「ていうか、ヴァンこそモタモタしてたら誰かに取られちゃうかもよ?」


「……何の話だ」


「分かってるくせに。そりゃ立場もあるんだろうけどさ」


「────」


 取られる、というのは『恋人が出来てしまう』という解釈なのだろう。

 ヴァンの表情がやや曇る。やはりと言うべきか、意中の相手は皇女様で違いなかった。

 

「おい、お前ら──」


 すると、一人の少年が牙をむいてくる。グルツだ。

 敵意むきだしの理由は未だ不明だが、こうやって絡んでくるというのはよっぽどなのだろう。

 他の生徒たちが注目するなか、僕たち──というより、おもにヴァンに向けて指をさし、堂々と宣告。


「次は実技だな! 王子に対してあの様な態度を取ったこと、後悔させて──」


 そう啖呵を切ろうとしたところでバンッと教室の戸が開いた。


「遅れてすまなーい! 我輩が来たからには退屈などさせぬ! 麗しき女性達マドモワゼェェル、我輩の胸に飛び込んでくるが〜〜よいッ!」


「うげぇ……」


 両手を広げて飛び込んできたのは異国の次期当主クリフトリーフだった。

 授業中いないと思ったら、遅れての登場らしい。初対面の時と変わらず、肌の露出が多い。


 彼の登場に眉をひそめたのはヴァン。それなりに苦手意識を持っていると伺える。

 他の生徒たちも「またか」と呆れているのだが、納得がいかないのはグルツだろう。啖呵を遮られてしまったせいで、さした指が宙ぶらりん。わなわなと震えているではないか。かわいそうに。


「アークライト様、講義の授業はとっくに終わっております。次は実技ですので、準備を」


 彼の後ろから侍女が顔を覗かせる。


「うむ、では参ろう! 皆のものよ!」


 当然のように仕切ろうとする異国の次期当主。

 彼の雰囲気にあてられ、ミラにご執心だった女子生徒たちはシラけてしまった。


 なんだかんだ、楽しい学園生活になりそうな予感がする。

 僕たちは速やかに教室を出るのだった。

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