エピソード13 学園
早朝──ほどよく澄んだ空気に包まれる快晴日和。
僕はカナリアに連れられて学園へと向かっていた。
王都アラバスタに到着してから数日間、学園への入学手続きやら何やらで忙しかったが、今日からようやく登校と相成った。
学園は王都の中央地区にあり、そこは王族貴族たちが住まう街として機能していた。
他の地区とは違って壁で仕切られており、厳重な門番も配備。王都の中に国がある。そんなイメージだ。
それも相まってか、壁を潜れると街の構造がガラリと変わった。
まず大きな違いが地面である。他の地区はレンガで敷き詰められていたが、こちらは芝生である。しかも綺麗に整えられている。
そして一軒一軒が屋敷なのだ。
高い建物が数件。中央にある塔。今から向かうであろう学園らしき建物が視界に入る。
まるで別世界のようだった。
「ゴメーン! 待った?」
「おはようございます、カナ」
「まーた最後に来たな」
「またって言わないでよヴァン。この
学園に向かう途中でヴァンたちと合流。
「二人の制服姿、とってもお似合いですよ」
クスッと微笑むミラ。改めてみんなの制服を観察した。
ヴァンはスラっとした衣装。パーティーに着ていくようなスーツに近い。
カナリアは紺色をした短めのスカートに白いシルクのシャツ。上に黒いマントのような羽織りものをしている。少し魔女っ子っぽい感じ。
ミラは上下一体の白い生地のロングスカート。その上から青い衣装を纏う。ザ・お嬢様って雰囲気だ。
「お言葉は光栄ですが、慣れないものです」
「ヴァンはいつも鎧だったもんね。私もちょっと動きづらいかも」
姉弟はいつもとは違う衣装に、少々戸惑いぎみ。自分の裾や背中を確認する素振りをみせる。
ミラがまたクスッと静かに微笑んだ。
「急ぎましょう? あんまりモタモタしてると遅刻しちゃいます」
催促し、足早に学園へ。
「殿下、我々も馬車で向かえば良かったのでは……?」
途中、何度か背後から馬車が追い越す。おそらく他の生徒なのだろう。
ヴァンの素朴な疑問。未来の一国を担う皇女なのだ。僕たちも馬車で向かってもバチは当たらないと思うのだが──
「せっかくの学舎ですもの。楽しまなきゃ」
飛びっきりの笑顔で返すのであった。
学園は思いの外、広大であった。
驚きを隠せないのは僕だけではない。姉弟も同じで、開いた口が塞がらないほどだった。
ミラ曰く、この学園の領地は中央地区のほとんどであり、有能な貴族を輩出する超エリート校とのこと。
にしては広い。地平線が続きそうだ。
「世界は広いんだな……」
「そうだね……」
ヴァンもカナリアも、そして僕も同じく痛感するのであった。
ようやく学舎に到着して、教室へ向かう。道中ですれ違う生徒たちに、ミラが丁寧に挨拶を交わす。
いずれ王の座につくのであるなら、今のうちに印象は売っておきたいところなのだろう。こういうところがミラの処世術なのだと知った。
「ん〜〜! オハヨッ! でございますマドモワゼェェル!」
中には癖の強いヒトもいた。
いや、この男に至っては癖の塊だった。
見た目は、黒髪黒肌で高身長のイケメン。耳には黄金で細工されたピアスを付けており、いかにも金持ちの風潮を漂わせていた。
彼の後ろには侍女も控えている。金髪のショートの清楚なメイド姿の女性で、美男美女の組み合わせは華より華々しい。
だが、男の方はなぜか制服がはだけており、見るも美しい胸筋が露わとなっていた。
ムッチムチである。男のムッチムチ。まったく嬉しくない。
「なんでこの人、服はだけてるの」
「変態なんだろ」
姉弟の間で耳打ち。内容は的確であった。
「お初にお目にかかります。ノスタルジア国から参りました、ミラ・ノスタルジア・カーネリッジと申します。以後、お見知り置きを──」
「ワタクシ達は『ロスバラスチア』から。”エルドライト”と申します。こちらの変質者は、造形職筆頭アークライト家次期当主、”クリフトリーフ・ジン・アークライト”様でございます。以後、よろしくお願い申し上げます」
ミラが顔色ひとつ変えずに自己紹介。侍女さんからも挨拶が交わされる。
おはだけ色男は、爽やかな笑顔を崩さないままであった。と思ったら、いつの間に制服のボタンが全部外れて露出度が上がっているではないか。
「造形、色彩、肉体……すべての美を愛し、愛された男! そう我輩こそはぁぁ〜〜‼︎」
「アークライト様、そろそろお時間です」
勢いよく服を脱ぎ捨てようとしたところで侍女さんに阻まれ、
「なんだったんだ……?」
「さぁ?」
姉弟は呆然と遠くをみる。
まるで嵐のような男であった。
「有名な御伽話に、”石像物語”ってありますよね?」
ミラが語る。
「題材になった石像は実話を基づいて描かれています。その作り手が、東大陸に位置するロスバラスチア国の造形職筆頭──アークライト家だと言い伝えがあります」
石像物語というのはよく知らないが、二人の反応が一変した。
「え、それって──」
「つまりあの変態……」
「ええ、あの方はそこら辺の貴族とは別格なのです。ちなみに今年入学された方らしいので、
目を輝かせるミラに対し、僕たちは頭を抱える。
この学園生活、一体どうなるのだと幸先不安になるのであった。
他の生徒たちへの挨拶はほどほどにして、僕たちは教室に入った。
教室──というよりも広い講義室に近い空間。階段式に用意された横長の机に各自好きに座れるようになっていた。
教室にはもうすでに何人か座っている。見慣れない顔ぶれの登場。僕たちが入室した途端に注目を浴びた。
「どこの貴族様なのでしょう?」
「ノスタルジアの皇女様ですって」
「あの鎧兜は何だ……?」
「へぇー、魔法生物を持ち歩くんだぁ」
耳に入ってくる。
とくに浮いているのは僕の存在。鎧兜を持ち歩くような人物、そういない。注目の的である。
それよりも僕のことを
「皆様、本日より入学しました。ミラ・ノスタルジア・カーネリッジと申します」
彼女が堂々と挨拶。
さすが殿下。器が違う。カナリアはというと、緊張しきっていてぎこちない。
「チッ──」
何が気に入らなかったのか、ひとりの男子生徒がわざわざ聞こえるように舌打ち。黒髪で目立つことを嫌う雰囲気の生徒だった。
「おい田舎もん、そんな短い挨拶で済まそうなんて思っちゃいねーだろうなぁ?」
突如、舌打ちの男子が突っかかってきた。なんだか違和感。纏う雰囲気と行動がまるで一致していない。
教室に緊張が走る。どういう立ち位置の生徒か、未だ掴めず。
「おい」
ここで黙っていられないのがヴァンである。
あからさまな挑発。だが主人に向けられた。ここで黙っていたら、騎士が廃るというもの。
彼は獅子の如く鋭い視線を男子生徒へ。それを敵意で睨み返してくる。
「ダメだよ、ヴァン」
すかさずカナリアが制す。
ここは貴族王族が集う場所。単なる騎士が沙汰を起こせばどうなるか、想像に難くない。
おそらく難癖をつけられ、最終的にミラの立場が危うくなる。さいあくの場合、国際問題に発展だ。
こういった場合、ヴァンとカナリアの相性は抜群だった。
戦いの場ではヴァンが。社交性に関してはカナリアが。お互いの欠点をカバーし合えている、良い姉弟だと改めて思う。
特にヴァンは皇女のことになるとやや暴走しがちである。気性と立場プラス、特別な感情を抱いている故だ。その分、カナリアが冷静に手綱を引っ張る。
「──そこまでだ、”グルツ”よ」
黒髪男子の隣──赤髪の男がストップをかけた。
”グルツ”と呼ばれた男子が頭をさげる。
「申し訳ございません、”エルウィン王子”」
赤髪の生徒──”エルウィン”と呼ばれた男は、生徒と呼ぶには恐れおおい容姿だった。
細い輪郭。おおよそ百人中、百人がイケメンだと答えるぐらいの美男子。しかしながら、ヴァンと同じく獅子の類い。こちらに関しては"強さ"というよりも"王たる器"が表に出ていた。言わば、貫禄というやつだ。
”王子”と呼称されるのなら、ミラと同じ王族の人間なのだろう。かなり目立つ姿なのに、不思議と声がかかるまで気付かなかった。
「すまない、ノスタルジアの皇女。朋(とも)の無礼を許せ」
「ええ、構いませんよ」
見えない火花が散っていた。
教室が凍りつく。ふたりの威圧感が尋常じゃないのだ。
険悪なムードがあちこちで燻っている。
僕とカナリアは端で震えるしかなかった。
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