エピソード12 勇気

 夜になる手前の壁の外は、真夜中よりも一層と不気味に映る。

 かすかに見える子供の足跡。それを辿って僕とキノは行方不明の三人組を探した。

 頭の火がこれほど便利だと痛感したことはない。


「みんなー! どこー!」


 彼は僕を持ち上げながら呼びかけることを忘れない。

 空はどんどんと暗くなっていき、空には星がぽつぽつと光りだす。風も冷えて、本格的に焦りを覚える。

 きっと見つかる──そう願って歩みを進めた。


 しばらく歩いて行くと、


「ギャー!」

「たすけてぇ!」


 と脇道の林から声がした。

 危機を察して僕たちは声の方へと走る。


 草むらを掻き分けて進むと、ちょっとした広いスペースが広がっていた。


「あっちいけよー!」


「グルルル……」


 そこには一本の木を背に、棒を振りまわす三人組──あの時の子供たちである。

 彼らを囲むように唸るのは犬型の魔物ライラプス数匹。腹を空かせているのか、口から唾液がぼたぼたと落ちていた。


「あ、ちょっと──!」


 僕は腕から降りて、驚くキノに脇目も振らず、走ろう・・・とした。

 だがやはり形成が甘い。足をかたどっても、まともに動くことができない。ヒトの感覚で足を前に出そうとしたら途端に違和感が生じて形が崩れる。


(まだ鍛錬不足か……)


 情けない話だ。このまま手足が生えれば行動に移せるというのに──


「バウッ! ワゥッ!」


 モタモタしているうちに魔物に見つかってしまった。

 今にも襲いかかる勢いで、僕たちを囲い始める。


「みんな! 今のうちに逃げて!」


 すると、キノが混乱して動けなくなっている三人組に叫んだ。

 見れば囲んでいた野犬たちが全員こちらを向いている。注意を引き付けている間に子供たちが脱出すれば、僕たちも逃げる算段がつけられるというもの。


「──バウッ!」


 彼の機転によって、場は一気に動いた。

 三人組が一斉に駆け出すと、犬型の一匹が追おうとする。キノはその辺の小石を拾い、投石。みごと命中。敵意が彼に向けられた。

 続いて僕も魔法を発動。


(白の王冠よ──)


 相変わらずひとつしかない魔法──”時止め”。

 有効範囲は決して広くはない。だが、これでこの場の魔物は抑えられ──


「グルルル──ッ!」


 石をぶつけられた一匹が”時止め”の魔法範囲から迂回し、跳躍。

 魔法を発動するためにキノから離れたとはいえ、逆に仇となった。


(キノっ!)


 鋭い牙と頑丈がんじょうなアゴが、彼を捉える。


「うわぁぁあ!」


 もうダメだ──彼はきっと、心の底からそう叫んでいたに違いない。実際、目を固く閉じて体を強張らせていた。

 しかし、胸の灯火が輝いている。


 それは唯一の活路にして、彼が欲してやまないもの。そしてもうすでに、彼の中で芽生えはじめている──


(目を開けろ、キノ!)


「──っ!」


 僕は叫ぶ。

 声が届いたのか、キノが勇ましく目を見開いた。

 白銀の灯火が共鳴するように輝く。




 ◆




 暗い気持ちの海にいた。

 何もかもが嫌になる出来事。それが何なのかは思い出せないが、世界が色褪せるほどショックなことがあったのは確か。

 そして何よりも、自分自身がキライになっていた。


 きっと、”彼女”は遠くへ行ってしまう。いや、行ってしまった。

 それでも追いかけたいと心のどこかで迷っている。


 散らかった自室で寝転ぶ僕。思い立ったように着替え、外へ飛び出したのは何故か。

 見たくもないのに見届けようと思ったのは何故か。


 答えは単純。叩き起こされるように、”勇気”が湧いたのだ。


 おかげで街中で彼女を見つけられた。

 あの災禍──”悪魔の手”から彼女を庇えた。


 僕の、わずかな記憶の断片──




 ◇




 ぼくは泣く。泣いてしまう。そんな自分がキライだった。

 ある日、死んだ父さんが言ってくれたんだ。


『泣くのは決して悪いことじゃない。でも、泣いてばかりじゃダメだ』


 ダメと言われても、どうすればいいのかわからない。ぼくはまたグズった。


『何かに立ち向かえる”勇気”を持つんだ。そうすれば、自分に自信が持てる』


 ゆうき。

 何かに立ちむかう”ゆうき”──


 父さん、ぼくは戦うよ。

 ありったけの”勇気”をふりしぼって!




◆◇◆◇◆◇




【フラグメント解放:勇敢】




「あ──」


 瞬間、空きっ腹に強烈な一撃をくらって犬型の魔物が弾き飛ばされた。

 キノの、弾丸のように鋭く伸びた”鼻”によって。


(えっ──そこ?)


 僕が持つ灯火の能力──以前カナリアに授けた”翼”のように、何かしら与える力が秘められていると思われる。

 本来なら泣くことによって伸びるはずの鼻。たしかにヴァンが気絶するほどの威力を誇っているが、この土壇場どたんばでお披露目ひろめする代物とは予想外だった。


 あの鼻は一体どこまで伸びるのだろうか。思わず黄昏たそがれてしまう。


(だめだ、限界……)


 しかして状況は最悪。

 一匹は迎撃できたが、”時止め”の魔法がマナ枯渇によって解ける。抑えていた残りの魔物が再び動きだしてしまった。


「バァウッ」


「────」


 当然だが、鼻はひとつ。複数同時に襲われればひとたまりもない。

 今度こそ噛まれてしまうと思われた。


「ビナー・プロミネンスバレット!」


 炎の弾丸が残りの魔物を撃ち抜く。

 被弾直後に小さな爆発が起こり、吹き飛ばした。キノに被害はない。


 なんと呆気ない幕引きなのだろう。僕も彼も、めくる展開についていけずポカンと呆けていた。


「大丈夫!?」

「無事か!」


 振り返ると、奥からカナリアとヴァンが姿を現す。弾丸の正体は彼女の魔法だった。

 木陰に隠れていた三人組も恐るおそる駆けよる。大人たちの登場をみて安堵し、そこから一斉に泣きはじめるのであった。


「こ、怖かった……」


「よーしよし」


 その場で腰が抜けるキノ。カナリアに慰めてもらうのだが、もう以前のように泣かなかった。

 涙を流す意味を、彼なりに理解したのではないだろうか。鼻が伸びないのが何よりの証拠。


 今の彼は、ちょっぴり大人に見えた。


「あの……」


 一通り泣き止んだあと、三人組がキノに向いた。

 みんな鼻をすすりながら嗚咽をもらすまいと堪えている。


「さっきはあんなことして、悪かったよ」


 うちの一人、ガキ大将みたいな子がバツの悪そうな顔で謝りながらペンダントを差し出した。


「──うん!」


 キノは嬉し涙を浮かべて受け取ったのだった──




 場所が変わって夜の食事街道。ミラと合流を果たし、遅めのディナーと相成った。

 テーブルを囲って三人と一匹。あたたかな品が運ばれるのを待っている最中。


「っだぁー、疲れた」


「……どうしたのですか?」


 店のイスに背中を預けてダレるヴァン。その様子にミラが首を傾げていた。


「ごめん、聞かないで……」


 テーブルに突っ伏すカナリアが割り込んで追及を拒む。


 あれからというものの、ヴァンたちはしばらく門番に叱られていた。

 あのとき、正門で足止めをくらっていた彼は、カナリアと合流して強引に突破したらしい。他国の騎士が国の決まりを破るのはどうかとハラハラしたが、結局は子供たちを助けたということで不問にされたそうだ。

 そして現在、こうして遅めの食事となっている。


「殿下が不安になるようなことはありません。ありませんが……はぁ……」


 今回、一番の功労者はヴァンだ。

 股間と額のダブルヒット。行方不明になった子供たちの捜索。門番からの叱責しっせき。苦労が絶えない。

 王都に来て早々、波乱万丈な一日であった。


──これも後から聞いた話。キノはあれから呪いが出なくなったそうだ。治ったわけではない。

 西地区から木霊こだまする泣き声も、今はない。それがどういう意味を表しているのかは想像にかたくないだろう。


「へい、お待ち!」


「お、キタキタっ!」


「わぁ、カナの美味しそうですね!」


 品が運ばれ、カナリアが待ってましたと目を光らせる。ラーメンだった。


「姉さんは結局ソレにしたのか」


「えっ、だってこれも名物なんでしょ?」


 ヴァンの何気ない問いに、カナリアが即答。

 逡巡して、彼は天井を見上げて呟いた。


「……まぁ、それもそうだな」


 ラーメンに対して罪はなし。すぐに全員分の品が運ばれてくる。

 僕らは食事に花を咲かせるのであった。

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