エピソード11 キノ

 根負けしたヴァンが少年を連れて街中を歩く。

 あのまま周りから奇怪な視線を向けられるのも店に悪い。こうして目的地もないまま場所を変えつつ、少年から詳しい事情を聞いていた。


「俺はヴァン。こっちはアインだ。お前、名前は?」


「”キノ”……『キノ・エスタル・ピオーネ』です」


 簡単な自己紹介を済ませ、少年も控えめな声で答えた。

 泣くと鼻が伸びるという呪いに苛まれるキノ──どこかの御伽話にあった気がする。あれは嘘をつけば伸びる仕様だったか。

 どちらにせよ、僕の出番はなさそうだ。騎士である彼の方が少年の悩みをすばやく解決してくれるだろう。黙って腕を生やして、ヴァンの肩にしがみ付いていた。


「呪いをかけた本人に直接解いてもらうのが手っ取り早いな。キノ、お前に呪いをかけた奴はどこのどいつだ」


 提案をするが、キノは全力で首を横に振る。


「ムリだよ。その場で解いてもらっても、兄ちゃんたちがいなくなったあとでまた……」


 子供というのは末恐ろしい。大人が見ていない時間を縫ってくる。

 ヴァンの言う通りにしたとして、きっとその場では従うだろう。しかし根本的な解決にはならない。また僕たちが見ていない間に呪いをかけられて終いだ。


 何より、キノの願いは『いじめをやめさせてくれ』ではない。『鼻をなんとかしてほしい』だ。

 そこを履き違えてはいけない。


「呪戯具を取り扱ってる店になら解呪するものも置いてるだろうが──金がかかる」


「お金なら!」


「呪われたらその都度つど買うのか?」


「そうでした……」


 肩を落とすキノ。

 やはり”元凶”を何とかするしかないのだろうか。


「やっぱ相手にガツンと言うしかねーな」


「ガツン、とですか?」


 提案が舞いもどったように聞こえるが、少々意味合いが違う。告げるのはあくまでキノ。

 大人の僕たちが介入するのではなく、彼自身が『呪いを解いてほしい』と頼むのだ。彼の成長にもつながる、悪くない一手。

 ヴァンが腕を組んで頷いた。


「ああ、こういうのはエスカレートしていくからな。一度つよく言い返してやれば相手も納得するだろ」


「あの、ダメだった場合は──」


「そりゃもう、殴り合いしかねーだろ」


「ひぐっ」


 見せびらかすように拳を胸に掲げながら腕を叩く。物騒な結論を聞いて半べそになってしまった。

 今時の子に酷なことを申す。殴り合いのケンカなど僕でもしないし、推奨しない。


 少年の泣きそうな表情に、彼は咄嗟に股間をガード。トラウマを背負っていらっしゃる。


「やっぱりアレじゃないか? ほら──」


 中腰になりながらも人差し指を立てて、にこやかに進言。


「お前のその泣き虫をなおした・・・・・・・・方がいいんじゃないか?」


 とうとう、”元凶”にメスを入れた。


 キノに呪いをかけた人物がどんな奴なのかは知る由もない。だが、町の反応をみる限り泣き声は日常的に聞こえている様子。僕もこう言ってはなんだが、はた迷惑だ。

 悪意を持って呪いをかけたならまだしも、むしろ善意──というよりかは教育に近い可能性も出てくる。これは、彼にとって大きな転機でもある。


 ただ、泣き虫をなおせ──と簡単に聞こえるが、やって出来れば苦労はない。

 本人もわかっている。わかっているからこそ、それがどれだけ大変なことか。

 だからヴァンは"言ってしまった"のだ。


「ゔぉ──」


「ゔぉ?」


「ゔぉええええええええええええん!!!!」


「あだっ!」


 発作が始まった。

 今度はヴァンの額に鼻が穿つ。股間のガードが仇となった。まっこと恐ろしい。まるで弾丸だ。脳震とうを起こしたのか、あえなく撃沈。

 周りのヒトも奇怪な目を向けながら「またか」と見てみぬふりである。


 しばらく経って泣き止んだあと、キノは決意した。


「ぼく、がんばるよ。がんばって泣くのやめる!」


 胸に拳を当てての宣言。そこにはペンダントがきらりと光っている。

 そばで聞いていた僕は、腕を前に出して親指を立てた。その意気やよし。


「うん!」


 意思が通じて何より。キノは大きく頷いた。子供は単純である。羨ましいほどに。

──にしても、彼ひとりでどうにかできる問題とも思えない。正直、不安しかない。


「え、つきあってくれるの?」


 僕は仕方なく彼の肩にしがみ付く。

 どうしても放って置けない。弱虫な彼を見守ってやろうという親心みたいな心境だ。

 魔法生物だろうが、誰かがそばにいてくれる。それが嬉しかったのか、キノは早々と走っていくのだった。

 未だ撃沈しているヴァンはまぁ……置き去りである。




 西地区には河原があった。

 山頂から流れこむキレイな水。食事処が多いこの区画にとっては生命線である。

 草原が覆っていて柔らかい。すぐそばに大きい壁があっても日光はあたる。子供たちの遊び場には持ってこいの場所であった。


 そこでキノは特訓を始めたのだ。

 草むらにいる気持ち悪い虫を捕まえようとしたり、高いところから川へ飛び込もうとして諦めたり、様々なことをしていた。


 実際に効果はあるのか──それはノーコメントだが、彼なりの努力が垣間見れた。


「返して! 返してよ!」


「返して欲しかったら自分で取ってみろよ!」


 しかし、やがてキノを囲むやからが現れた。輩といっても、彼とほぼ同い年ぐらいの子供たちだが。

 何かを取られた様子で必死で抵抗を見せる。だが、身長がやや高い相手側の方が有利。なす術がなかった。


 ちょっくら、お助けしますか。


(そこのキミたち、やめたまえ!)


「あ、マナニアの……」


 威勢よくいじめっ子たちの前に立ちはだかる。首袖から腕を出して二本の指を広げて待ったをかけた。

 相手は三人。だが子供。こちとら”鉄の竜”すらも撃退したんだぞ。おもに元英雄様ユースが。


「なんだおまえ」

「小せえ」

「やっちゃえやっちゃえー」


 結果、なす術がないのは僕の方だった。


 鎧兜あたまだけの魔法生物には、子供相手でも負ける。ボールのように弄ばれ、挙句は飽きられる始末。

 けれど、ここで挫ける僕ではない。

 何度も何度も立ち上がり、いじめっ子に立ち向かった。


「なんだこいつ……」

「もういいよ。行こーぜ」


 粘り勝ち。キノが持っていた何かは取り返せなかったが、最低限の威厳は保てたはず。

 いじめっ子たち三人組は、そのまま近くの橋へと走り去っていった。




「ありがと……守ってくれて」


 キノと土手に並んで座る。彼は鎧兜についた泥を払い落としながら礼を言ってくれた。


「ペンダント、取られちゃった」


 鼻をすすり、涙を堪える。泣かないと心に決めたことが揺れてしまう。

 キノ曰く、あのペンダントは母からのプレゼントだという。亡くした父の絵が描かれており、大切な思い出なのだと──


「キミは勇気があるんだね……ぼくにはないんだ。何かされても、それをやりかえす勇気が……」


 夕暮れが外壁によって影を大きくしていく。ついには僕たちにも影がかかり、キノはグズグズと泣き始めた。

 鼻がゆっくりと伸びる。


 勇気──僕に勇気なんて大それたものがあるのだろうか。

 先程はほとんど意地だけで立ち向かっただけだ。キノはその立ち向かう勇気すらも羨んでいる様子であった。


 ズキッと痛む。頭の灯火が不意に揺れた。

 僕にも、彼みたいに泣いた日があったような気がする。泣く、というよりも押し潰されそうな……


「いろいろ聞いてくれてありがと。ぼく、今日は帰るよ」


 立ち上がって別れようとした時、後ろから駆け寄ってくる人影があった。


「おーい! アイン、そこにいたのか!」


 ヴァンだった。

 しかし明らかに焦っている様子。着いた途端に息をきらしながら、


「お前ら、ここに子供見なかったか? 三人組らしいんだが──」


 問い質す。

 三人組の子供──つい先程、ボコボコにやられたばかりだ。心当たりしかない。


「どうかしたんですか?」


「いや、親御さんたちが『うちの子がまだ帰ってきてない』って騒いでてな。そんで探しているんだが」


 彼も人がいいというか、頼まれやすいというか……騎士の姿がそうさせているのだろう。

 とにかく起きたことをキノが説明すると、彼は呆れたように溜息。


「お前ら、それで泥だらけになってんのか」


「うん。でもそのあとどっか行っちゃって……ごめんなさい、わからないです」


「そうか。参ったな……」


 頭をガシガシと掻く。

 このまま行方不明になると大騒ぎだ。ペンダントも最悪の場合、無くしたまま返ってこない可能性だってある。

 僕は精いっぱい記憶を手繰りよせた。


(そういえば──)


 最後に見た光景。三人は確か、橋の方へ向かっていった。


「ん、どうしたアイン?」


 ヴァンの袖を引っ張って主張。腕と指を駆使して『あっちへ行った』とジェスチャーした。


「ホントか!? ッ、ヤバイぞ……」


 珍しく彼が冷や汗をかいた。


 橋の先には、国の出入り口となる正門がどっしりと構えられている。外へ出れば国外。

 王都には東西南北に大きな門があり、それぞれ門番も配置されているはずだ。勝手に出入りできるとは思えないが──


「ガキが考えることだ。どっか抜け道とかあってもおかしくねぇ……急ぐぞ!」


 日が暮れると魔物が活発化する。魔物でなくても、夜の国外は野盗が多い。危険なのだ。

 ヴァンは駆け足で正門へ。僕もキノに運ばれる形でついて行った。


 門番に問い合わせても子供の出入りはないとのこと。ヴァンが子供の危険を訴えても取り付く島がない感じで、さらに外に出ようとしても許可書が必要とあしらわれていた。

 その間、僕とキノは抜け道を探す。


「ね、コレ見て」


 彼が何かを見つけたようだ。

 ちょうど橋の真下に子供一人が通れるほどの穴があった。なるほど、これなら門番にバレずに潜れるわけだ。


 ヴァンを呼んでも彼の体格では通れそうにない。そう判断した僕は、腕を伸ばして鎧兜を引きずり、穴の奥へ入り込んでいく。

 後ろのキノも、ゴクリと息を呑んで前へ進んだのだった。

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