エピソード16 決闘

 ヴァンは、ある生徒と対峙していた。

 教室で対面したときから、やけに突っかかってきた王子の側近らしき黒髪の男子──グルツだ。彼はヴァンに木剣を向けて不敵な笑みを浮かべている。


 周囲は二人をとり囲むように集まってヤジを飛ばしていた。

「負けんなよ、グルツー!」「新入生、そいつにきゅうえてやれー!」と、両者に期待の声。


 到着した僕らは、どうしてこうなっているのか謎で、カナリアもミラも揃って首を傾げるばかりだ。

 そんな僕らに、教員シエルが現れた。


「彼が決闘を申し込みました」


「決闘?」


 ミラが聞き返す。


「ええ、ヴァン新入生の実力を測ろうとしましたら立候補されまして。ふつつかながら、決闘形式を提案させていただきました」


 なんという実力主義。

 しかし、これで合法的にケンカができるというわけだ。グルツとやら、格好かっこうつかないがあなどれない。


「ヴァン……」


 ミラが胸に手を組んで祈りの姿勢。輪の外からヴァンを眺めていた。あまり好戦的ではない彼女にとって、騎士の身が心配なのだろう。

 カナリアと僕は、他生徒たちをけて進み、前列で観戦。「やっちゃえーヴァンー!」と意気揚々である。


「生徒諸君しょくんも危ないので離れるように。それでは──はじめ!」


 シエルが輪を広げさせて、音頭をとる。

 開戦の火蓋ひぶたが切られたのにも関わらず、二人は互いを睨みあうだけで動かなかった。


「お前、さっきはよくも恥をかかせてくれたな」


「……なんの話だ」


 グルツが絡む。

 これにはヴァンも眉をひそめた。


「教室でお前に言いかけたこと、もう覚えてねーのかよ」


 そういえば、教室から移動する前に何か言いかけていた気がする。


(でもあれってヴァンじゃなくて半裸の変態クリフトリーフに邪魔されたんじゃ……?)


 思えば彼の姿が見当たらない。また授業をほっぽりだしたな? 自由奔放さも、あそこまでいけば個性だと納得することにした。

 それはそうと、グルツの文句は完全に筋違いである。やっかみに対して、ヴァンは深い溜息をついた。


「なに溜息ついてんだよ!」


「いやなに、初日からずいぶんと嫌われたものだな、と」


「自覚がねぇみてぇだな……!」


 彼の額に青筋が立つ。あれでも貴族。プライドが許さないのだろう。

 呆れたと言わんばかりに、ヴァンが肩を落とす。


「また溜息……ふざっけんなよテメェ!」


 始まった。


 先に動いたのはグルツ。挙動ひとつひとつが気に入らないと声を張りあげ、木剣を振りかざす。

 怒りゆえか、単純な攻撃。返り討ちにあってくれと言っているようなもの。


 ヴァンは冷静に一太刀ひとたち、彼のガラ空きとなった胴体に木剣を叩き込んだ。


「──っ!」


 驚愕きょうがくしたのはヴァンの方だった。

 木剣に触れるや否や、グルツの体が”けむり”になったのだ。中から、本物であろう彼が体勢を低くして飛びだす。そのままヴァンの懐へ。


「あれって──」

(間違いない……)


 カナリアも僕も、一瞬で理解した。これは魔法だ。

 初見にしてまんまとめられたのだ。


「田舎モンに教えてやらぁ……これが戦い方ってやつだ!」


 わりと本気の一撃だったのか、空振った木剣をすぐに構え直せないでいるヴァン。振り切った勢いを殺さず、そのまま体を横に一回転──向き直ると同時に、木剣を縦に構えて防御姿勢。


──ガンッ!


 木剣が重なり、木材とは思えないほど重い音が響く。


「チッ──」


「やるなぁ、あの新入生!」

「グルツ惜しかったなぁ!」

「次だ次!」


 舌打ちをしたのはグルツ。一本を取るつもりで放った剣先が防がれた。

 ヒヤリとさせる開幕で、周囲は騒然。歓声が湧き立つ。


 他生徒は気付いていない様子だが、ヴァンの反応速度は常軌じょうきいっしていた。

 隙を作らせた幻影魔法と、懐にもぐってからの鋭い剣筋。タイミングも申し分なく、グルツに勝機があった。たとえ屈強な兵士であっても防ぎ切れる保証はない。


 グルツもだ。一見して平凡な雰囲気をしているにも関わらず、その実力はまだ底を見せていない。

 やはり侮れない相手だった。


「……驚きました」


 刹那の攻防に、シエルは目を光らせていた。

 学生の領土を超えていると判断したのだろう。


「これくらい、ヴァンなら朝飯前なんですから!」


 その隣で「えっへん!」と胸を張る実の姉カナリア

 しかし、まだ序盤。僕は中央の彼らに視線を向けた。


「驚いたぜ」


「────」


 木剣が重なったあと、そのまま鍔迫つばせり合いに持ち込む両者。グルツが卑屈な笑みを浮かべた。


「今の、わりと本気マジだったんだけどなぁ……さすがは騎士さま。育ちが違うなら鍛え方も違うってか?」


 ヴァンは下手に返事をしない。勝負事にあまり口を挟まないタイプである。立派な騎士だ。

 しかし、そんなのお構い無しだとグルツは舌を回した。


「何だっけか、お前んところのお嬢さま。ミラだっけ? 初日っからツイてないよなぁ」


「……なに?」


 ミラ──その名前で思わず反応する様子をみて、グルツはさらに嘲笑あざわらう。


「だってよ、エルウィン様に初対面であんな態度をとっちまったら、お前ら終わりだぜ? なんたって王家で、この国の王になる人だ。罪状でっち上げて、牢獄ろうごく行きだろーよ」


 なんという悪役っぷり。小物臭ぷんぷんにして、煽りたてる。

 やすい挑発行為。だが、ヴァンにとっては地雷・・だ。木剣を握る手に、力が入っていくのが見えた。


「え、あの人、そんなに怖い人だったの……?」


「そんなことはありません──」


 グルツの煽りを耳にして震えるカナリア。だが、そんな彼女に声をかけたのはミラであった。

 彼女も人集りの合間あいまって登場し、不安になっているカナリアに説明する。


「王子といえど、今は”王政おうせい”が実権を握っています。『罪状をでっち上げる』なんてマネは決して起こり得ません」


 ”王政”──以前、ミラの父おうさまから耳にした単語だ。

 字面からして政治的なものだろうと推測。この国は”君主制”ではないらしい。


「じゃあ……」


 つまり、彼の言葉は真っ赤なウソ。ウソを並べてまでヴァンを怒らせようとしているのだ。

 卑劣だと思う──だが、何がそこまで執念たらしめているのか、はなはだ疑問だった。


 グルツがなおわらう。


「あんま大声で言えねーけどよ、この国の牢獄って地獄だぜ? 看守かんしゅが好きしたい放題に管理してやがる。皇女さまを豚小屋に送るには時間が掛かるかもしんねーけど? 一度ぶち込めば看守は大喜びだわなぁ……なんたってあの顔にあの性格、他国の王女殿下って肩書きなら、さぞおか甲斐がいが──」


 そこで彼がひっくり返った。ヴァンの足払いをモロに受け、体が反転。硬い地面に転がされる。

 続いて木剣を向けられるが、それでも顔はニヤついたまま。狙い通りといった様子である。


「ヴァン──!」


 ミラがたまらず呼びかけようとした。冷静さを欠いた人間は、たとえ達人だとしても足元を掬われる。そう思っての行動だった。

 しかし、その声が届く前にヴァンが口を開く。


「何を企んでいるのかは知らないが、この際だ。俺からも遠慮なく言わせてもらう──」


「……あ?」


「お前の”目”がキライだ。何もかも”諦めた”感じ──見ててイライラするんだよ」


「────」


 彼から笑みが消えた。

 真顔。明らかに地雷を踏んだと見てとれる。

 グルツの中に隠れていた”何か”。それをどう捉えたのか、ヴァンはズバリと射抜いたのだ。


「そんなとこですっ転んでどしたー」

「まーた恥をかくだけで終わるのかよぉ」

「さっさと立てよぉ!」


「うるせぇ」


 外野に対して、グルツから冷たい言葉が投げられた。

 異様な雰囲気に、一同が黙って固唾かたずをのんだ。


本気マジでやるぜ」


「初めっから本気で来い」


 彼が立ち上がり、再び木剣を構えた。

 獅子のような鋭い視線と能面のような冷たい視線。二つが交差する。


「やめさせましょう、彼らは冷静じゃありません!」


 ミラがシエルに抗議した。危険を察知し、中断を申し込む。

 だが、返ってきたのは黙認。静かに首を振って拒んだのだ。


「彼らの本領をまだ見てません。いざとなったら止めに入りますので、ご安心を」


「そんな……!」


「大丈夫だよ、ミラ──」


 カナリアが割って入る。


「ヴァンだって男の子だもん。そりゃ意地の一つや二つ、張りたくもなるよ」


 さすが姉。長年離れて暮らしていたとはいえ、弟のことはよく理解していた。

 あれだけ分かりやすい挑発をしてきたのだ。他のことだったら受け流すこともできたかもしれない。実際、彼はそれまで怒る仕草すら見せなかった。

 しかし、意中の相手が侮辱されたとなっては黙ってられない。


 彼は、騎士である前に”男”だった。

 ただ、それだけの話である。

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