エピソード6 語らう夜


「ホントに行くのか?」


「父さんしつこい! 行くったら行くもん!」


 場所が変わって町の道中。王宮から出て親子ならんで家へ帰る途中であった。

 日はもう暮れており、辺りは薄暗い。カナリアはいただいた制服の上に僕を乗せつつ、頭の灯火を道照らす蝋燭ろうそく代わりにしていた。

 なんか便利に扱われてる気がする。役に立つのならそれでいいが……


 父のユースはというと、王様からたんまりと酒をふんだくった様子で、台車を引いて歩いていた。台車にはいくつものタルが積まれてガタガタと揺れている。

 男ひとりでも運ぶのが大変な量であるにも関わらず、平然とした表情。ひそかに魔法を使ったに違いなかった。


「それにしても──」


 道ゆくさなか、カナリアが辺りを見回して眉をさげる。

 そこには数々の家が無惨にも破壊されており、場所によっては焼かれたところもある。住まう家をうしなった家族が途方に暮れて泣いている。そんな痛々しい光景が広がっていたのだ。


 この小国に、魔物が襲ってきた。その数は計り知れない。

 いまだに魔物の死骸しがいを片付ける兵士が視界に入る。オオカミや巨大なトリ、中にはヒトの大きさほどある植物みたいな異形いけいもいた。


 これが魔物──守り抜いたとはいえ、その爪痕つめあとは色濃くのこる。


「ひどくやられたね」


「魔物はヒトに害をなすケモノ。これぐらいで済んだのなら御の字だ」


「…………」


 慰めの言葉に反して、カナリアは暗くうつむいた。

 その様子に、父は小さく問いかける。


「──まだ気にしてんのか?」


「だって、父さんがいればこんなことには……」


 英雄の称号をもつユースの力は絶大。魔物を追い返す手立てがあれば被害はもっと減らせただろう。

 しかし、父は娘を探しに町から離れた。結果的には助かったわけなのだが、それでも心にシコリが生まれてしまう。


 もっと力があれば。あの鉄の竜に立ち向かえる力があれば──

 カナリアの瞳には、そう訴えているように見えた。


「あのなぁ」


 溜息まじりにユースが後ろ髪をガシガシかき乱して述べた。


「どのみち、俺はお前を探していた。鉄の竜だろうが何だろうが、お前を助けに行ってた──」


 だから、カナリアが鉄の竜に勝ってたとしても、町にはいない。

 父は続けた。


「それに、あのときお前が逃げださなかったら鉄の竜あいつはこの町に降り立ってた。そうなったらこの俺でも、町を守りきれるか怪しい。だから、その、なんだ……あれだ……」


 ベール国王が言っていた『守るべきものも少ない方が戦いやすい』という言葉がよぎった。

 あの鉄の竜が誇る閃光。アレを町に向けて放たれでもしたら、いくら英雄でも苦戦をいられる。


 結論、あのときカナリアが森へ走ったからこそ、町の被害が抑えられたというわけだ。決して無意味なんてことはない。後悔するようなことでもない。

 ユースはそれが言いたかったのだろう。しかし、口下手なせいで言葉が詰まってしまった。

 どこまでも不器用な男である。


「──ありがと」


 伝わったかどうか読み取れないが、カナリアは小さくつぶやいた。

 ユースも彼女の言葉を耳にしたか分からないが、ソッポを向いて頬をかく仕草だけみせる。


 その後ふたりは黙ったまま、乾いた地面を歩くのだった。




「今日は泊まってけ」


「え〜、私準備とか色々したいのに」


「日程はまだ先なんだ、明日でもいいだろ」


 とある家の前で立ち止まり、父が親指をさしてうながした。

 カナリアの家はここより先にあるが、暗い夜道にひとりで帰らせるわけにもいかないという父の配慮はいりょだった。

 僕もいるのだが、もう触れないでおく……


「散らかってるから片付けてくれ」


「ええ〜〜……」


 家はボロい一軒家。英雄という割には質素なものである。

 扉を開けて入ると、酒の臭いが鼻を突く。中の様子も荒れ放題だ。


「くっさぁ……もう、めちゃくちゃじゃない!」


「片付けるヤツがいないからな」


 そう言いながら、カナリアは入り口からすぐのテーブルに荷物ぼくを置いて奥の部屋へ。

 テーブルは食卓用のものだろう。玄関がなく、入ってすぐに台所とテーブルが設置させていた。


 しかし、これはひどい。


 テーブルの上には空き瓶が大量に並んでおり、台所にも侵食していた。

 充満する臭いから察するに、酒瓶で間違いない。


「よっこいせ」


 ユースが家の前に仮置きした台車から一つのタルを運び入れ、適当な空き瓶を手にとってタルから酒をそそぎ入れる。

 満タンになった酒瓶をひと口あおって飲みくだし、「プハー」と景気よく息づいた。


「これだよこれこれ。格別だな」


 一気にだめオヤジ感が出てきた。いいのか英雄、それで。

 部屋の奥からカナリアの嘆く声が響いた。


「もー、ホコリだらけ! 水んでくる!」


「いつもの場所にあるからな」


「わかってる!」


 年頃の娘になんて扱いを……ガツンと言ってやれればいいのだが。


 そんなやり取りを眺めているうちに部屋は片付いていった。

 相変わらず蝋燭ろうそく代わりにされていたが、その甲斐かいもあって掃除ははかどったようだ。

 台所に洗われた空き瓶がきれいに並び、テーブルも拭かれてサッパリ。


 ユースは依然としてイスに座り、酒をあおるばかりだった。


「もう、なんであんなに人使い荒いかな」


 掃除も終え、奥の部屋で文句をたれながら衣服を脱ぐカナリア。

 明かりとして僕をとなりに置いて、水の入ったおけから布を取り出して絞る。

 この家には浴槽がないのか、彼女は湿らせた布で体をふき始めた。


「ん、つめた……」


 なまめかしい声が口端からもれる。

 うなじから始まり、鎖骨、胸、わき、むれる下乳、ムダのないスラっとした腹、くびれた腰、内股、ふともも、足へと布が走る。


「王宮でお風呂いただいたけど、掃除してるうちに汗かいちゃったしなぁ……臭わない? 大丈夫かな?」


 自分の腕を嗅いで、体臭を気にする。うら若き乙女のたしなみだ。

 決して、下心などない。ないが、目に入るのだから仕方がない。


(マナニアでよかった)


 灯火が爛々らんらんと燃えさかる。

 白い柔肌を全身くまなく洗う様子を眺めながら、僕なりのやり方で今日の疲れを拭うのであった。




「じゃ、私もう寝るから」


 寝巻きに着替えたカナリアが僕を抱えて奥の部屋へ戻ろうとする。

 疲れているのだろう。一刻もはやく寝たいという気持ちが顔に出ていた。


「あー待て」


「……なに?」


 一通りキレイにしたのに、これ以上なにをやらせるつもりだと言わんばかりの冷たい視線が父に向けられる。

 ひるむ様子もなく、ユースは娘に命令した。


「その魔法生物、ここに置いといてくれ」


「アインを?」


 キレイになったテーブルに指をさす。

 そんな要望に、彼女はいぶかしげな目をしながら鎧兜を隠すように遠ざけた。


「捨てる気?」


「ちがう」


 カナリアの疑念は当然で、一回つよく『捨てろ』と本人から言われているのだ。

 しかし、即答で否定する父。


「じゃあなんで?」


「……わるいようにはしない。とにかく置いてけ」


 詳しい理由を話さない父に、娘は断念。

 少し乱暴に僕をテーブルに置いて、奥の部屋へ戻っていく。


「捨てたらゼッコーだから!」


 バタン──

 去りぎわに脅迫のような念押し。そして音をたてて扉を閉めるのだった。


 これで部屋には僕とユースふたりだけとなる。

 テーブルにあるのは鎧兜と蝋燭ろうそくと酒瓶。二つの明かりが揺れるのを、ユースはただぼんやりと眺めていた。


「──ったく、ガンコなところがアイツにそっくりだ」


 そろそろカナリアが寝静まった頃合いだろう。ユースがボヤいた。

 彼がいう”アイツ”とは誰か。すぐにカナリアの母親だと察する。


 彼は酒をあおってから、疑惑の視線を向けてきた。


「お前、カナリアのハダカ見ただろ」


 ギクっ。

 ただならぬオーラが鎧兜にそそがれる。

 だめオヤジかと思っていたが、やはり父親なのだ。娘の裸体を終始ながめていた僕は、初めて冷や汗というのを感じさせられた。


 ちがう、と嘘でも否定したいが、こんななりでどう答えろというのだ。


「……まだしゃべれる段階じゃねぇか」


 すると、おもむろに腰をあげるユース。

 戸棚の方へ向かい、ガサガサと何かを探しはじめたのだ。


「──よし」


 見つけたものは一通の手紙。年季が入っているのか、黄ばんでボロボロだ。

 封を開け、中身を取りだして目を通す。


「……『マナで体を構築できる。それで意思疎通を』、か」


 一文を口にして、手紙をテーブルへ放り投げる。再びイスに座って僕と向き合った。


「あらゆる生物のなかには”マナ”がある。お前もそうだ。それを吐き出せ」


 雑な命令に思考が追いつかない。

 出せと言われても、なにを出せばいいのだ。言葉足らずなオヤジに説明されても疑問符だらけである。


「イメージしろ、自分の体を」


 かたくなに命令してくる彼に、僕は言うとおりに従った。


(イメージって言われても、ずっとこの体だったしなぁ)


 心のなかで愚痴をこぼしながらも頭を働かせる。


(体……からだ……そうだ。僕は生前、人間だったんだ──)


 思い至った途端、ガタンッと鎧兜がゆれた。

 その反応をみて、ユースが頷く。


「その調子だ。体内の”マナ”を血液に乗せて──って、言ってもワカンねぇか……」


 どう言ったものかと髪をガシガシかき乱す。

 しばらく悩む仕草をみせてから、ポンと手を叩いた。


「──屁だ」


(へ?)


「屁をこく感じに、こう、グッと腹に力をこめろ」


 下品な例えだ。

 しかし、やってみなくちゃ話が進まなさそうなので試してみる。

 こめる腹がないが、さっき言われた通りに体をイメージ。そしてその腹に力をこめ──


 ドバー。


「おわっ!」


 瞬間、鎧兜の首袖くびそでから黒いドロのような液体が大量にあふれてきた。テーブルの一面に広がり、床へ流れ落ちる。

 驚くユースが真っ先に蝋燭と酒瓶をもって避け、なんとか惨事にはならなかった。手紙だけが、音もなく床に舞う。


「早くそれをしまえ」


 続々とあふれ出てくるドロ。しまえ、と命じられるがやり方がわからない。


「あーじゃあそのまま形成けいせいしろ。腕だ腕。腕をこう──」


 もう、てんやわんや。

 右腕を胸に掲げてアピールする彼をみて、僕の頭に自然と腕のイメージが湧いた。

 すると、ドロはあふれるのをやめ、次第にある形へとかたどり始める。


 鎧兜の首から、黒い腕が生えたのだ。


「ふぅー……」


 ひと騒動そうどう終え、ユースが中腰状態からイスに座り直す。

 床に散ったドロは、まるでアルコールのようにみるみる蒸発していき、跡形もなく消えてしまった。

 これが、"マナ"。


「カナリアに片付け頼んどいて正解だった」


 たしかに。あの空き瓶だらけのテーブルで今のような試みをしていたら大惨事だ。

 これを見越してかどうかは分からないが、ユースの判断は正しかったようだ。

……いや、普段からキレイにしていれば片付ける必要もなかったわけだが。


 確かめるように自分の意思で動かしてみる。

 まだ形成の熟練度合いが足りないせいか、腕というより触手に近い。うねうねとナマコとヘビが合わさったようなものだ。


「その腕で適当にジェスチャーできるだろ。頷いてみろ」


 腕をコクコクと上下させる。

 これはいい。ようやく意思疎通のできる武器が手に入った。

 首の下から生えているため、激しく動くと反動で鎧兜が揺れてしまう。酔いそうになるのが欠点だが、メリットの方が断然大きい。


「その感覚を忘れるな。毎日練習すれば、いざって時に役立つだろ」


 ユースも満足した様子で、晩酌ばんしゃくを再開。


 しかしながら、これは意外と維持いじするのがむずかしい。達成感に気を取られ、腕が形成をやめて霧散むさんしてしまった。

 人間に例えるなら、常時お腹に力を入れなければならない。腹筋を鍛えたヒトなら難なくこなせる具合といったところか。

 つまり、これも要は練習きたえろというわけだろう。


 さっきのドロの排出のせいか、一気に疲れが溜まった気がする。昼間に魔法を使ったあとの虚脱感に似ていた。


「疲れただろ。魔法生物にとってマナは生命線だからな。消費したらそれだけ補給しねぇと、死ぬぞ」


 心を読んだのか、瓶を逆さにして飲みながらユースがしれっと答える。

 目覚めてから数日、ものを食べなくても餓死することもなければ空腹感すらも襲ってこなかった。生きるのに必要なのは他でもないマナであるということか。


 彼は、まだ四割ほど残っている酒を僕に向けた。


「ほれ、ソレを上げろ」


 ソレとは、ベンテールのことを指していた。

 鎧兜の面。開け閉めができる可動部分。僕の場合、ベンテールは柵状さくじょうになっているので中の灯火は外から見えている。


 上げろと命じたのは、先程の腕を使えというお達しだった。

 僕はもう一度イメージし、力をこめ、腕を出す。そしてベンテールに手をかけ、白銀の灯火を外気に晒した。


「──できたじゃねーか」


 ニヤリと微笑んで、ユースは瓶の口を灯火に向けて中身をそそぎ始めたのだ。


(火! 火が消える! でもアルコールだから燃える? 火事になる!)


 慌てて腕を振るが、お構いなしにドボドボと残りの四割をあまさず流しこむ。


(……って、あれ?)


「ハハハ、驚いたか? お前の火がそのまま口になってる。多少びても火は消えねぇよ」


 イタズラな笑みを浮かべる彼に、少々苛立ちを覚える。

 それを早く言ってほしかった。

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