エピソード4 魔法


(白の王冠おうかんよ──)


 秒針をてつかせよ。星の公転こうてんすらも、我が心臓さえも。この白銀は刹那せつなを生きる灯火──


 背景が戻り、鉤爪がカナリアの背中を目掛けて振り下ろされたところからスタート。

 我に返った僕はいの一番に詠唱を唱えた。


 知らないはずの魔法──だが、頭の灯火から流出してくる。


(『ケテル・ファウスト』!)


 瞬間、時が止まった。


 まるで石化の如く。大気も振動も何もかも、景色が暗転してき止める。

 抱きかかえるカナリアも、服のシワひとつとして微動だにしないまま、目を固く閉じていた。

 術者の僕は、意識だけは動いている。動こうとしても手足がないので依然、固まった状態ではあるが。


 しかして、止まったのは少女と鎧兜のみである。透明な半球体を描いて包み込ませ、その内部を氷漬けにしただけ。

 目の前に存在する鉄の竜は未だ健全。魔法の範囲外に位置するヤツには、一見して無駄撃ちにみえる。だが──


 ガキン!


「──っ!」


 襲い掛かる鉤爪が弾かれた。


 空間もろとも凍てついた世界。踏み入ることは、もはや不可能。

 止まっているから変わらない。変えられない。干渉はできない。つまり、究極の防御魔法と化していた。


(よし!)


 一撃を防げばいい。

 "時止め"の魔法は持続することなく解除された。

 一気に押し寄せてくる虚脱感。生まれて初めての魔法で力のほとんどが消費されたと実感する。


「──?」


 遅れてカナリアの時が動きだす。

 状況を把握できないまま硬直していれば、いずれ鉄の竜の攻撃が再来するのは明白。

 もうすでに鉄の竜が再び鉤爪を振りかざしていた。


 だから願う。灯火を介して──


(飛べ、カナリア!)




【フラグメント解放:自由】




 突如、灯火から脳裏をよぎらせる言葉の羅列られつ。その意味を理解する前に、カナリアに変化が起きた。

 黒い翼。彼女の背中から羽織はおった服を押しのけて生えたのだ。


「え、なにこれ──きゃっ!」


 困惑するカナリアを余所よそに、翼が勝手に羽ばたかせる。

 まるで跳躍ちょうやくするかのように体を浮かせ、再度攻撃を繰り出す鉤爪を寸前でかわしたのだ。


「……なんだ。なにが起こっている」


 混乱するのは相手も同じのようで、空振りした鉤爪を見つめて思考を読み込ませている。ナウローディング中のようだ。

 対するこちらは宙に浮いて距離を取る。ずっと抱きかかえられている僕は次の手を講じる。


(カナリア、あの光ってる石を狙って!)


 剥がれ落ちた装甲の奥。青色に鈍く光る物体を指して命じた。

 あれがヤツの心臓。ならば、狙う価値はあるはず。


 しかし──


「たっか……落ちたら痛そ〜……」


(ディスコミニケーション!)


 僕の声はカナリアに届いていないらしい。あの白い空間で意思疎通ができたと思ったらこれだ。

 これでは連携の取りようもない。仕方がないので覚えたての魔法を放つ心構えだけはしておく。


「でもこれ、アインがしてくれたんだよね……?」


 地面を遠くで眺めながら、彼女は抱える僕を見て推測を立てた。

『うんうんそうだよ!』と言っても伝わらないので、頭の灯火だけ揺らして応じる。


 すると、カナリアはポーチから小瓶二本を取り出し、ふたのコルクを片指で外して中の液体を同時に口へ運んだ。

 二色の淡い発光する液体を飲みくだし、空き瓶をポーチに戻して短剣を構えた。


「ありがと──こっちもそろそろ迎撃しないとね!」


 回復薬か何かだろう。彼女の瞳に気力が戻り、戦う意志をみせる。


「”器”の仕業か。小癪──」


 下の方でも戦意が湧き立つ。

 二足歩行をやめ、腕を地に着かせる。鉤爪が地面を深く突き刺し、まるで固定するように屈んだのだ。

 空を見上げ、顎を大きく開かせ──


「なにしてるの、あれ……」


(なんかヤバい気がする)


 管だらけの口の内部を晒し、虚空の奥から光が収束。

 次の瞬間、極太の閃光が僕たちに目掛けて発射された。


(避けて!)


「うわっ!」


 運よく、カナリアが驚いた拍子によろけたおかげで被弾せずに済んだ。

 閃光はそのまま直線を描いて天空を穿つ。


「なんて威力なの……」


 彼女の頬に冷や汗が伝う。

 翼をバサバサと羽ばたかせて態勢を戻すカナリア。さて、どう近寄ったものか。


次弾じだん装填そうてん準備──完了。軌道きどう計算──左下へ修正……完了。目標ターゲット、捕捉──」


 あの閃光をまともに喰らえば一巻の終わりだ。

 鉄の竜は、未だ姿勢を正さない。まだ撃つつもりである。


(ならここは、もう一度あの魔法を──)


 白の王冠よ──


 僕は詠唱を唱えようとした。

 ”時止め”をもう一度行えば、あの巨砲を受けきれる自信があった。この場での最善の策。


 しかし、ドクンっと脈打つ感覚のあとに、強烈な眩暈めまいが生じたのだ。

 頭の灯火が急激に弱火になっていき、今にも消えそうになってしまう。


(まさか、もうエネルギー切れなのか?)


『時を止める』なんて魔法、すごい強力だと自分でも思っていた。

 まさか一回発動しただけで力を使い切るなんて……

 マズイ。この状況は非常にマズイ。


 カナリアは避ける気満々だが、相手も時間をかけて狙いを定めているのも確か。

 下手に動いても撃ち抜かれてしまう。


「いっくよ!」


(カナリア!? 待っ──)


 忠告を促すことも叶わず、彼女が動いた。

 翼を器用にたたみ、まるで流星のように降下してゆく。

 短剣を構え、狙う先はヤツの心臓とおぼしき石。


 だが、ヤツの顎は完全にカナリアを捉えている。

 虚空から、光が収束し──


「ハァァ!」


「次弾──発」


 射。


 そう告げられる寸前、明後日の方向から男の声が響いた。


「赤の峻厳しゅんげんよ。我がかせを解き放て。木火土金水もっかどこんすいの力を持ちて、まわしき悪をやぶらん──」


「なにっ──」


 一つの影が鉄の竜のふところに潜った。

 いち早く異変に察知したヤツが、放つはずの巨砲を躊躇ためらう──その隙を、影は見逃さなかった。


「『ゲブラー・ハイドライヴ』」


「へ?」


 迫るカナリアが、なんともマヌケな声を発した途端、機械の体全体に斬撃が切り刻まれる。

 カツン──と彼女の短剣が、鉄の竜のひたいにぶつかった瞬間、ヤツの体は石もろともバラバラに散って砕けたのだ。


 あれだけ苦戦した鉄の竜が、捨て台詞もなく終わりを迎えた。


「きゃっ!」


 勢い余ってカナリアと僕が地面に転がり落ちる。

 無様ぶざまなポーズで不時着陸した彼女だが、無事に命を拾う形となった。僕はというと、空っぽの情けない音を立てるばかりだが。


「イッテテ……」


「何をしていた」


「え──と、父さん!?」


 頭をさすって起き上がる彼女に声をかけてきたのは、なんとカナリアの父だった。

 厳格な顔立ちや着ている作務衣さむいはそのままだが、町で見たときより目の形が鋭く尖っていた。酔いどれのダメ男が一変し、刀を携えて登場したのだ。


 先程の斬撃は、彼の刀によるものだと推測。

 そして、あの鋼鉄の塊を一刀両断どころか細切れにするほどの威力。さしずめ魔法だと僕は勘づいた。


 これが、一度世界を救った英雄のチカラ──


「ここで何をしていたと聞いている」


「…………」


 まだ酔っている方がマシなぐらい、威圧感のある声色でカナリアを問い詰める。

 カナリアは、バツの悪い表情をして押し黙った。ケンカ別れをしたあとだ。子供のような態度になってしまうのもわかる。


 互いに長い沈黙が流れた。

 どうにも気まずい。声もかけられない僕は、ただ親子を眺めることしか出来なかった。


「──はぁ」


 すると、短い溜息をつく父。

 ボサボサの頭を乱暴に掻き乱しながら、ソッポを向くカナリアに語りかける。


「その翼、お前の魔法生物がやったのか?」


 おそらく、苛立ちやら怒りやらを呑み込んだのだろう。

 渋く低い声だが、奥にやさしさが籠っていた。


「……うん」


 背中の翼をパタパタさせて、彼女は渋々と頷く。


「お前を探しているうちに、あの閃光が見えた。そしてお前の姿も見えた。だからここまで来れた──」


 彼は不器用に言葉を紡いで、


「……わるかった。魔法生物そいつのおかげで、お前を助けられた」


「──っ!」


 謝罪を口にした。

 あのとき、僕を捨てるように告げた言葉を返上したのだ。

 顔に似合わず照れ臭そうな仕草をする彼に、カナリアは目を見開いて父と向き合う。


「そうだよ……アインはすごい魔法生物なんだから……」


 目の端に涙を溜めて、彼女は父に抱きついた。

 恐怖でいっぱいだったのだろう。カナリアは父の胸でひとしきり泣き喚くのであった。


「ったく、心配かけさせる」


 素直な彼女の姿に困った表情を浮かべて、彼女の頭を優しく撫でる。

 二人の間に、わだかまりが溶けるような雰囲気。それを見届けて、意識が遠のく。


 さすがに疲れた──


 あの白い空間でカナリアに『助けにきた』なんて言っておきながらこの体たらく。

 大いに反省すべき点……というより反省する箇所かしょばかりなのだが、今はとりあえず無事に危機を乗り切ったことに安堵する。


 鉄の竜──ヤツの狙いは僕にあった。

 僕を狙う敵は、一体なんなのか。そもそも僕は何者なのか。

 魔女から生まれた僕。記憶も手足もない僕。わからないことだらけだし、不安も尽きない。だけど、なにも不安なことばかりじゃない。


 カナリアと”心”が通じ合った。そんな気がする。

 そこで生前の記憶がカケラとなって取り戻したのも事実。こんな僕でも、魔法を使うことができた。


 確かな手応えを噛み締めるように、僕は微睡まどろみに身をゆだねるのであった──

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