エピソード2 鉄の竜


「なに、あれ……」


 カナリアも巨大な物体に目を向けて驚愕きょうがくした。


 それは”ドラゴン”と呼ぶには少し違う。四肢ししや爪や翼、尻尾はあるが、その体は機械であった。

 丸い関節可動、それを覆うやや朽ちた木材装甲、青く光る電球みたいなものが体のあちこちについてある。錆びた鉄塊が体を形成されていたり、何かよくわからないくだが所々外れて蒸気を噴出していたり、そもそも生き物ですらない。


 一言であらわすなら、スチームパンクな世界観から来たものだ。


「──人間、その魔法生物マナニアを渡せ」


 空洞くうどうの目から青い光が鈍く灯った。

 電子音を響かせて、機械が開口一番に要件を述べる。


 てか、しゃべるのかよ。


「い、いや!」


 人間を軽く掴めるんじゃないかってぐらい大きい鉤爪かぎづめを僕に向けて指差しをする機械。カナリアは、すぐさま僕を拾い上げて拒否をしめした。


「これは──この子は、魔女様が私にくれたもの。この子を大事にすれば、きっとみんなが幸せになれるって母さんも言ってた……だから、絶対わたさない!」


 異形の相手に強くでた。

 本来、普通の人間ならこうは言わない。バケモノと遭遇したならば、我が身かわいさに要求をのむはず。

 しかしカナリアは、僕を手放さなかった。


 なぜ、機械が僕みたいな鎧兜なんかを欲しているのか。なぜ、カナリアはかたくなに拒否をするのか。それはわからない。

 わからないが──


 ドクン、と脈打つ感覚が、灯火を通して走った。


「愚か。嗚呼、なんと愚かだ人間よ」


 わざとらしく嘆く言葉を並べる機械は、「ならば──」と一歩前に出た。

 当然、力づくでも奪い取るつもりだ。 


「私だって、やる時はやるんだから……!」


 意を決して、カナリアは立ち上がる。


「アインはこの中にいて」


 囁いて、僕をフードのなかに押し込んだ。フードは被っていなければ簡単なポーチ替わりになる。

 人の頭しかない僕の体は、すっぽりと収まった。


 これで両手が空く。彼女はベルトに備えてある短剣を抜き、逆手に持って構えた。



 戦闘が、はじまった。



「ッ──!」


 気合いを込めて、カナリアが先手を打つ。

 ひらいた距離を詰めるため、地面を蹴って森の方向へ迂回うかいするように走ったのだ。


 対する機械は、これをただ眺めていれば崖側に立つハメになる。そうはさせぬと鉤爪を振り下ろす。

 地理の有利不利──どちらかが崖側に追い込めるかが勝負だった。


「読めた!」


 急ブレーキをかけて彼女はステップを踏む。

 寸前で攻撃を避け、鉤爪が地面をえぐった。


 避けた先はなんと崖側。これでは逃げることもできない。まさに不利。

 そこで彼女はもう一歩、足に力を込める。


「ハァっ!」


「──!」


 すかさず二脚の真下にもぐり、一閃。

 短剣を横に振り、機械ドラゴンの脚部に傷を負わせた。


 関節を守るための装甲。しかし、その裏側は可動のために外気に晒している。そこを狙った一撃だ。


 人間で言うところの膝うら──けんを断ち切ったのだ。

 鎧を着た人間も、装甲を纏う機械も、弱点は同じというわけである。さらにあの巨体。脚部に掛かる負荷は相当なものだ。


 ついでに振り切ったあとの着地点も絶妙。一気に森側へ立ち返ったのだ。

 バチバチと電流と火花を散らして、ガクンと片膝を地につくドラゴン。


小癪こしゃく


 だが、一撃が浅かったのか、完全に片足を奪うことまではいたらなかった。ギギギ──異音を鳴き上げながらドラゴンは再度立ち上がる。

 決定打に欠ける。短剣ゆえの弱点であった。


「隙だらけだよ!」


 それでも、彼女にとっては好機。先手と攻撃回避のイニシアチブを余すことなく叩きつける。

 森の方向へ距離を取りながら、手をかざして唱えはじめた。


「──黒の理解よ。ぜよ、大気を震わせろ」


 目を閉じ、静かに唱え始めた彼女の周りに、風が巻き起こった。長い髪が、ふわりと揺れる。


彼者かのものざい、彼者はえん、彼者はじん──」


 大気中から火炎がを描いて機械ドラゴンの胸元に集まり、


「──ビナー・エクスプロージョン!!」


 目を開いて、潰すように翳した手を握りしめた。

 瞬間、鼓膜を突くほどの轟音と衝撃、爆風と熱波が支配したのだ。




 魔法──僕のようなふしぎ生物がいるぐらいなのだから、存在はしてるだろうと予想はしていた。


 カナリアの放った魔法は絵に描いたような爆裂魔法で、その威力は絶大。人間相手に撃てば微塵みじんになる代物しろものだった。

 あれでは機械も無事では済まないだろう。しかし、彼女は確認すら惜しんで森へ走っていったのであった。


 考えててみれば賢明な判断である。


 あの場での目的は、別に敵を倒す必要はない。倒せる相手ならそうするだろうが、あれで動いていたら不利になるのはカナリアの方だ。

 現に、彼女はもうフラフラ。強烈な魔法を放つためのエネルギーが根こそぎ失った証である。


 わざわざ『やったか?』なんてフラグを立てる必要もない。逃げるが勝ち。あれで生きているのなら他の人たちに協力を仰いで対策をこうじればいいし、行動不可になっているのならなおよし。


「”鉄の竜”に出くわすなんて──みんなに知らせなきゃ」


 走りにくいのか、僕をフードから取り出して両手で持って駆ける。

 機械装甲のドラゴンを”鉄の竜”と呼称したカナリア。たしかに、この世界に似つかわしくない姿だった。


 森のなかをひた走る。

 ここを抜ければ町はすぐそこ──


「きゃっ!」


 しかし、またも飛来してくる物体にはばまれてしまった。衝撃に耐えかねて、カナリアが尻餅をつく。

 ”鉄の竜”──ヤツはまだ生きていた。


「敬意をひょうするぞ、小娘──」


 装甲が燃えて剥がれ落ち、内部が晒されていた。

 おびただしい量の管が張り巡らされ、剥き出しになった歯車が異音を立ててかき鳴らす。その胸の奥には、青い石のようなものが鼓動を打つように点灯していた。


 おそらく、”アレ”がヤツの心臓なのだろう。


「貴様のなかにある輝き、それに免じて再び警告する。”器”を渡せ」


「なんで──」


 カナリアが問いかけた。


「なんでアインが必要なの……?」


「……教える必要性を感じないが」


「答えて!」


 至極ごもっとも。奪われる理由も知らないまま奪われるのはしゃくにさわる。

 もしかしたら、奪うに値する理由があるのかもしれない──彼女はそう考えて質問したのだろう。


 一拍置いて、鉄の竜が電子音を響かせた。


「我々が望む”世界”を創造し、塗りかえる」


 せかい?

 急に規模が壮大になって、僕の頭に疑問符が浮かぶ。

 それにしれっと『我々』と自称した。他にもこんなのが存在しているのかと思うと背筋が凍るばかりだ。


「正直、なに言ってるのかサッパリだけど……アナタの望む世界って、なに?」


 カナリアが踏み込む。

 その間に態勢を立て直し、こっそりと短剣を後ろに忍ばせた。


 うまい。時間稼ぎを行いつつ相手の狙いを暴き、逃げる算段を立てる寸法だ。


「──我々が望むは、争いのない世界」


 ポカン。

 カナリアも僕も、相手の図体に似合わない世界平和の主張に唖然とした。

 ひょっとしていい奴かも? と思うが、いささ胡散臭うさんくさすぎる。


 欲望を口にしたせいか、鉄の竜が己の世界に入った様子で続けた。


「”心”だ──」


「こころ?」


「人間共の愚かないとなみ──絶えなき争いは、よこしまな”心”からやってくる。心を奪い、自由を奪い、何も感じ得ない暗闇へ放り込ませ、我々が管理する」


 これぞ我々が望む世界なのだと、鉄の竜がのたまった。

 見える景色はディストピア──こんな機械が世界統治なんてしたら、ありとあらゆる生物が息絶える。

 いや、息絶えるならまだマシ。自由意志の尊重もクソもない、『生かさず殺さず』の反理想郷だ。管理すると豪語するおぞましい思想の持ち主に、僕らは驚愕した。


「そのための”器”だ。理解したなら、警告を承諾しょうだくしろ」


 ”器”と呼ぶ僕に、そんな力があるとは到底思えない。だが、手段として必要なのだと暗に告げた。


 ふざけるな。


 ヤツの狙いを聞いた今、こころよく承諾するわけがない。


「自由を、うばう……?」


 呟いて、カナリアの瞳に火が灯った。

 睨んで、敵意をあらわにする。


「絶対に渡さない。渡してやるもんか──」


 ふらふらな体に鞭を打って、また僕をフードのなかに押し込んだ。


「何故だ──」


 真意を語り、尚も否定されて鉄の竜が嘆く。

 首を振り、独りでにもがき始めた。


「何故、何故だ人間。争いをなくせるのだぞ。貴様らは願ったはずだ。争いは好まぬと。我々が導いて、世話をしてやると言っている。何故拒む。何故伝わらぬ。嗚呼──なんと愚かだ人間共」


 抑揚よくようのない声色が怒りをかたどらせる。

 まるで人間のようなフリをしているのが、ことさら不気味さを際立たせていた。


 突如、カナリアが動いた。


「黒の理解よ──」


 横の茂みに入り込み、ひたすら脇道を進んで詠唱を唱えた。

 ここは森のなか。迂闊うかつに爆裂魔法を放てば火の海である。

 だけど、そうも言ってられない。


 一匹の魔法生物を巡る争いが、再び火蓋を切った。


「──二度目は通じん」


 鉄の竜が再起動する。

 長い尻尾──まるで骨の形をして連らせた鋼鉄の鞭を振るったのだ。


 木々を薙ぎ倒し、逃げるカナリアを捉えた。


「ぐっ──がはっ!」


(カナリア!)


 反射的に防御態勢に入るが、襲う鋼鉄の威力が勝った。

 ぶっ飛ばされ、受け身も取れずに地面へ叩きつけられる。何度かバウンドを繰り返して転がり、倒れ伏す。

 かくいう僕も衝撃でフードから落ちてしまい、カラン──と空っぽの音を立てて無様に転がった。


 一撃で決着。カナリアの策略も虚しく、圧倒的なまでの暴力に勝敗が決してしまった。


「助けは望むな。貴様の国に魔物を放っている」


 絶望を添えるように進言しつつ、ズシン、ズシンと巨体が歩み寄って──

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