第39話 ギルド本部

 都市間転移門という所で不思議な光を浴びたオレたち三人は、あっという間に王都という大きな街にやってきました。


「さっそくご主人様を捜しましょう!」


「コテツさん、その前に我々はギルド本部へ行かなくてはなりませんわ」


「えーっ? 何でですかモニカさん」


 こんなに多くの人間がいる街は初めて見ます。これなら絶対にご主人様も見つけられそうですね!

 なので、そんなわけのわからない場所に行っている場合じゃありません。


「今回の目的はまずギルドへの情報提供ですから、我慢して下さいね」


「イヤです」


「こ、コテツさん、そこをなんとか……。リリアンも何か言ってよ!」


「う、うん。そ、そうですコテツ殿! ギルド本部は色々な情報を持っておりますので、ここで恩を売っておけばご主人様捜しにも役立つに違いありません!」


「ほんとですか? なら少しだけ我慢してもいいですよ!」


 オレはギルドに恩を売るために、張り切ってギルド本部の門をくぐったのですが……

 部屋に放ったらかしにされたまま、待てど暮らせど誰も現れないのです。


「これはどういう事だ!? 本部の人間は我々を馬鹿にしているのか! 曲がりなりにも私はAランカーだぞ、モニカだって下っ端とはいえ支部長だ。向こうから来てくれと頼んでおいて、この待遇はけしからんッ!」


「まあまあリリアン落ち着いて。こっちも転移門を使って予定より早く到着した訳だし、本部の都合も考慮してあげなくちゃ」


「まあそうだけど……」


 オレは退屈すぎて眠くなり、床に寝そべって眠ってしまいました。

 どのくらい寝たのでしょうか、モニカさんがオレの身体を揺すって起こしています。


「コテツさん、本部長様とSランク冒険者様のお二人がお見えになったわ! そんなとこで寝てないで起きて下さいなっ!」


 仕方ありません。起きますかね。


「お三方さんかた、お待たせしましたな」


「とんでもございませんっ! こちらも突然の来訪でしたので、かえってご迷惑をおかけして恐縮ですっ」


 モニカさんは妙にペコペコしていますが、このおじさんたちは偉い人なのでしょうか?

 それにしてはリリアンさんはふんぞり返ってもっと偉そうですね。


「ではあらためて自己紹介をさせて頂こう。私はギルド本部の本部長を務めているプホルスという。そしてこちらが──」


「私の名はレーガン。王都を拠点にして冒険しているSランカーだ。よろしく頼むよ」


「まあ! かのご高名なるレーガン様! お初にお目にかかります。私はタリガの町のギルド支部長をしておりますモニカ・ローチスと申しますわっ」


「私はリリアン・バルボーレ。Aランカーだ。そしてこちらにおわしますお方こそは、かの高名なる武闘家であり『哀しき犬の技』の遣い手! コテツ殿であらせられるぞよ!」


 何だかすごく恥ずかしい紹介をリリアンさんにされた気がするのですが。まあいいでしょう。


「柴イヌのコテツです。よろしくお願いしますっ!」


「ほう、武闘家とは珍しい。確か君も冒険者だったね?」


 レーガンというおじさんがとてもフレンドリーにオレに話しかけてきました。この人は好い人のような気がしますね!

 イヌの直感がオレにそう囁いています。


「はいっ! Bランカーですっ!」


 あっ、プホルスというおじさんがいま鼻で笑いました。こっちはあまり感じが良くありませんね。

 けど、レーガンさんがオレを不思議そうに見ているのは何故でしょうか?


「……失礼だが、錬金術師ボルトミの造ったホムンクルス二体を倒したのは、コテツ君、君で間違いないかね?」


「いいえレーガンさん、それは違います」


「違う?」


「オレが倒したのはリザくん一体だけです。ワンコは倒さずに仲間にしました! あとゴブちゃんを倒したのはリリアンさんです」


「えっ! ホムンクルスを仲間に? き、君っ、嘘はいかんぞ嘘はっ!」


「本部長様、本当の事でございます。コテツさんはワンコを力で捩じ伏せたあと、その支配権までもをボルトミから奪ったのでございます!」


 モニカさん、そのおじさんの言う通りで嘘はいけません。

 オレはワンコの支配権なんて奪っていませんよ! 


「そうだ、モニカの言う通りだ! 嘘とは失敬な奴めッ!」


「むう。じゃあ、その捕らえたホムンクルスは今どうしているのだ?」


「ホムンクルスの素材が犬人族だったからな、犬人族の姫であるアジェル殿にお返ししたぞ」


「チッ! 馬鹿なっ……そのホムンクルスを研究すれば、我らギルドの利益になったものを。君もAランカーなら少しは頭を使いたまえ!」


「なんだと!? この糞じじいめッ! 何でギルド依頼でもないボルトミとの戦いの事で、お前に馬鹿呼ばわりされねばならんのだっ。ぶった斬るぞッ!」


 あ、リリアンさんが剣を抜きました。これは本気で怒っていますね!


「ほう、リリアン君。なかなか良い剣だな、ミスリル製だね」


「ん? おおっ、流石はレーガン殿ですなっ。お目が高いっ!」


「俺も剣士だからね、剣の良し悪しくらいは分かるよ。ところで本部長の失言を許してやってくれないだろうか? 俺からも謝罪させてもらうので」


「い、いえ、レーガン殿が謝ることではありません! しかし分かりました、剣を収めましょう」


 レーガンさん、マジで好い人ですね! それに比べてもう一人のおじさんは威張っててイヤな人です。


「ありがとうリリアン君。だが本部長も勘違いなさらないで欲しいな。我々冒険者はあなたたちギルドとは対等な関係であるはずですよ?」


「くっ……。悪かったレーガン君」


「では、お三方に改めてお願いしたい。錬金術師ボルトミとの戦いについての詳細を、我々に話して頂けないだろうか」


「承知致しましたッ!」


 リリアンさんがすっかりレーガンさんに懐いていますね。まるで忠犬のようです。

 しかしリリアンさんの説明は下手だったようで、結局モニカさんが全部話してあげていました。


「なんだ、ホムンクルスを捕獲したという事以外、目新しい情報も特になかったな」


「そうでもないですよ本部長。もしかしたら我々は事件解決の為の強力な剣を手に入れたのかもしれない」


「強力な剣だなんて、そんな……うふふ」


 リリアンさんが身体をクネクネさせて照れています。気持ち悪いですね。


「あ、うん、リリアン君もそうだけど、コテツ君。良かったらこれから俺と試合をして貰えないだろうか?」


「レーガンさんとオレが試合を?」


「そうだ。君も知っての通りホムンクルスはAランカーたちを全滅させる程の恐ろしい強さを持っている。その化物たちを楽々とBランカーの君が倒したというのは興味深い」


「レーガン殿! ちなみにコテツ殿は以前にウルクの軍団を壊滅させてもいるのですぞ。むろん私もその戦いに参加しておりましたがっ! えっへん!」


 ああ、胸が痛い! オレのせいで冒険者のみなさんがタダ働きになってしまった時の話ですね……。忘れたい思い出です。


「ウルクの軍団を壊滅させた!? それは本当なのかね?」


「はい、リリアンの言った事は本当でございますわレーガン様。その件はギルド本部にも報告したのですが、当時Cランカーだったコテツさんがそんな事出来るわけが無いと信用して頂けず、逆にペナルティを課せられてしまいました」


「な、なんだ君は、本部批判か!?」


「ははっー! 滅相もございません!」


 モニカさんが威張ったおじさんに土下座しています。オレのせいでまたご迷惑を……


「むう……。コテツ君、とにかく一度俺との試合を頼むよ」


 あまり試合とかしたくはないのですが、オレのワガママでこれ以上みなさんにご迷惑をおかけするのもイヤですしね。

 たまにサービスするのも人気の柴イヌの宿命です。


「わかりました。一度だけなら」


 こうしてオレたちは二人のおじさんに案内されて、とても広い部屋へと場所を移したのでした。


「セイッ! セイッ! セイッ!」


「ね、ねえリリアン。何で素振りしているのよ? あんた関係ないじゃない」


「見れば分かるだろモニカ。私の魂がみなぎっているからだっ! セイッ!」


「ふ、ふーん……」


 試合ということはレーガンさんと戦うということですよね。なら一応『デキるオス』モードにしておきましょう。


「えっとレーガンさん、オレ試合とかしたことないのでよく分からないんですが、どの程度の力で戦えばいいんでしょうか?」


「そうだな、怪我くらいなら一流の回復師がいるから大丈夫だよ。だからお互い殺さない程度でいいんじゃないかな」


「わかりました!」


「君は完全に素手だけでいいの?」


「はい、これでいい──」


「あいやあ、お待ち下されッ!」


 ん? リリアンさんが仁王立ちで割り込んできましたが、一体何事でしょう?


「試合とはいえ、これは真剣勝負とお見受けしました。ならばコテツ殿も武装すべきと考えますが如何?」


 いかがと言われましても、オレ武装なんかしたこと無いですし……。って、あっ。もしかしてあのグロい牙のこと?


 オレはポケットから黒竜とかいう生き物の歯から作ったイヌの牙を取り出して、リリアンさんに見せました。


「もしかしてこれのことですか?」


「まさにそれですッ!」


「ほう、初めて見る武器だな。どうやって使うのかね?」


 レーガンさんが興味津々に聞いてくるので、オレは口に嵌めて見せてあげました。


「こうやって使うんです」


「なにっ!? 噛むのかね?」


「はい、オレは柴イヌなんで」


「ふふ、レーガン殿が驚かれるのも無理もありませんな。しかしこれこそが哀しき犬の技なのです!」


 だからリリアンさん。その変な名前はやめてください……


「なるほどね。ではコテツ君、その哀しき犬の技をとくと拝見いたそうか!」


 あーあ、レーガンさんまで言い始めてしまったじゃないですか!


「ちなみにレーガン殿、コテツ殿には魔剣術の遠慮は無用ですぞ!」


「ほほう、それは面白いな。ならば始めようかねコテツ君!」


 なんかすっかりリリアンさんとレーガンさんで盛り上っていますが……

 それにしてもレーガンさんの剣は大きいですね。当たると痛そうです。


「いつでもどうぞ、レーガンさん」


 オレがそう言った途端でした。


 レーガンさんはものすごい速さで、オレの目の前まで接近していたんです。

 デキルオスになってるオレから見ても、その姿を捉えるのに苦労するほどでした。


「速っ!」


 まあ、それでも避けるだけなら問題ありません──ヒョイ。

 ところがオレが避けた先にレーガンさんが張り付いたように接近してきて、剣を振り下ろしたのには驚きましたよ!


 まるで最強の闘犬とも言われるピットブルのようです。とはいえオレも柴イヌですからね。

 恐れ知らずの番犬がそんなことで怖じ気づくとは思わないでください。


 レーガンさんの剣が届く間際、オレはその大きな剣を足場にして踏み出し、レーガンさんの遥か後ろへとジャンプしました。


「ふぅ……。すごいですねレーガンさん!」


「いや、凄いのは君だろコテツ君。俺の初撃をこんなに軽々と躱した人間は初めてだよ」


「えっと、オレは人間じゃなくて柴イヌなんですけど?」


「んん?」


 するとレーガンさんは不審そうにオレを見ながら、何かを言いたそうにしていました。

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