第38話 忘れたい過去
さっきからずっとリリアンさんが膝を抱えて部屋の隅にうずくまっています。
約束ではその場所で寝るのはオレのはずなんですがねえ。
「リリアンさん、そんなところに居ないでちゃんとベッドで寝てください」
「…………」
こんな調子で、話しかけても返事をしてくれません。
身体の具合でも悪いのかと心配になりリリアンさんの匂いを嗅いでみたのですが、まったく健康な匂いをさせています。
ただ、色々な感情が混じってモヤモヤっとしている匂いを出しているのが、少しだけ心配です。
「モニカさん、リリアンさんは一体どうしてしまったのでしょうか?」
「…………」
モニカさんもさっきからこんな調子で、話しかけても返事をしてくれないのです。
小さな声でブツブツと、呪文のようなものを呟き続けていて不気味なんですよね。
「リリアンが人妻だなんて……。あんな底辺女でさえ結婚できたというのに、何で私は独身なの? 女として私は失格なの? 私の人生の何が間違っていたの? ブツブツ……」
はぁ、二人ともどうしてしまったのでしょうか。死のルーレットというゲームをしてからと言うもの、明らかに様子がおかしいです。
仕方がないのでオレはリリアンさんのベッドで寝ることにしたのですが、しばらくするとリリアンさんがオレの寝ているベッドに潜り込んできました。
そして服を脱ぎ始めたのです。ふぅ、これでようやくオレは床で寝ることができそうですね!
なので寝場所を交換しようと思って、オレはベッドから出ていこうとしたのですが……
「コテツ殿、待って下さい。私は確かに人妻である事をずっと隠していました。しかし乙女である事に嘘はありません。なのでコテツ殿自身で、どうか確かめてみて下さい……」
おや? リリアンさんが裸になってしまいました。どうしたのでしょう?
「何をどうやって確かめるのですか?」
「その……。コテツ殿のお情けを頂戴して……」
「お情けって何ですか?」
「お、お情けとは……。つまり情を交わす事で、男と女がする……。ゴニョゴニョ」
「情を交わす?」
うーん、意味不明です。
するとリリアンさんは顔を真っ赤にしてオレに抱きついてきました。
「意地悪しないで下さい……。私は私が嘘つきでない事を、コテツ殿に知って欲しいのです」
「リリアンさんが嘘つき? オレそんなこと思っていませんよ?」
「し、しかしッ!」
「コテツさん……。リリアンはコテツさんに抱いて欲しいのですわ。つまりコテツさん風に言うなら交尾して欲しいのです」
今度は裸になったモニカさんがオレの寝ているベッドに入ってきました。
二人だけ服を脱いで楽な格好をしていてズルいですね!
てか、いまモニカさんがおかしなことを言いましたね。
「交尾をですか?」
「も、モニカ、余計な事をいうな! と言うより何でお前まで裸になってそこに居るんだよっ!」
「リリアン、あんたの気持ちはよく分かるわ。なら私の気持ちも分かってちょうだい……。私は……。女としてあんたに負けた訳ではないと、コテツさんに証明して欲しいのよッ! コテツさん、どうか私とも交尾して下さいっ!」
交尾交尾って、何なんですかねこの二人は。ふざけているのでしょうか?
「無理ですね。発情もしていないメスイヌに、オレはムラムラしないので!」
リリアンさんとモニカさん、二人からはちっとも怪しい匂いがしてきません。
むしろ深刻に悩んでいる匂いをプンプンさせています。
「そ、そんな! じゃあ私はどうやってコテツ殿に嘘つきでない事を証明すればいいのですか? 私は人妻ですが本当にまだ乙女なのです!」
「ねえリリアン、一体あんたに何があったのよ? もう全てをコテツさんに話してしまったらどう?」
「そ、そうだなモニカ……。聞いてくれますかコテツ殿?」
「聞きましょう!」
悩みがあるのならオレも力になりたいですしね。リリアンさんからは元気な匂いを嗅いでいたいです。
「感謝します、コテツ殿……。じ、実は。私の本名はリリアン・バル・ボレリアと言って、とある国にある伯爵家の三女でした」
「ちょーッ! リリアンが貴族のご令嬢!? あ、ありえませんわっ!」
確かギルド依頼で遊び相手をした子供も貴族だと言っていましたね。
ろくでもない人間のことを貴族と言うのだとジェインさんが教えてくれましたが、まさかリリアンさんも貴族だったとは……
「おいモニカ、話の腰をいきなり折るな!」
「ご、ごめんなさい。続けてリリアン」
「まったく……。えっと、そう、あれは二年前の事です。私は両親が決めた婚約者と結婚させられたのですが、私はその男の事が大嫌いでした。そして初夜を迎えた閨房で、あの男は私にイヤらしく触れようとしたのです!」
「ああ、ドキドキの初夜ね! 私も経験してみたいわあ。ねえコテツさん、うふ~ん」
あっ、モニカさんから少しだけ怪しい匂いがし始めました。危険なサインですね。
「モニカっ! 真面目に聞かないのなら、お前は出ていけ!」
「き、聞くわよ真面目に……。それでどうしたのよ?」
「うむ、それで私はその男に触れられるのが気持ち悪くてな、思わず半殺しにしてしまったのだ。しかし流石にヤバいと思った私は、そのまま国を出奔してしまったのだよ」
「リリアンらしくて清々しいわ……」
「褒めるなよモニカ、照れるじゃないか」
「え、いや、うん……」
「ですので私は結婚はしましたが、身体はまだ清らかな乙女のままなのです! もちろん心だって清らかなままコテツ殿に捧げております! 信じて貰えますでしょうか?」
「てかリリアン。あんた人妻ってより、お尋ね者になっているわよ絶対に……」
「う、うるさいぞモニカっ!」
うーん、リリアンさんが何を信じて欲しがっているのかさっぱり分かりませんが、そもそもリリアンさんはオレの大事なおともだちですからね。
オレからの信頼は揺るぎないのです。
「はい! オレはリリアンさんを信じていますよ!」
「ああ、コテツ殿っ! ありがとうございます! 大好きですッ!」
ゲッ! 抱きついてきたリリアンさんまで怪しい匂いをさせ始めました。これは不味いんじゃ……
「私だってコテツさんの事が大好きですわ! リリアン、あんたはそこで正座。そして私とコテツさんの交尾を見て勉強なさい!」
「ふ、ふざけるなこの変態女ッ!」
「なによっ! あんたは不倫女じゃないッ!」
「くっ、そんなんじゃないッ!」
これは二人がじゃれ合っている今がチャンスですね!
オレはこの部屋から逃げ出して、一階の食堂の床で寝ることに決めました。
「あっ、待って下さいコテツ殿っ! お、お情けを頂戴してもらえる件は……」
「いやん、コテツさん行かないでえっ!」
バタン──
「い、行ってしまわれた……。くそっ、モニカのせいだからな!」
「仕方ないわ、コテツさんがクールなのはいつもの事よ……。って、えっ、ちょっとリリアン、なにあんたの腹筋、割れているんですけど!?」
「ふふ、シックスパックだ、格好いいだろ」
「はぁ? 女は柔らか方がいいのよ! とくに私のこの豊満な胸をみて。ああ、ここにコテツさんの顔を埋めたいわあ」
「わ、私だって胸くらいあるぞ!」
「ぷっ、あんたのは大胸筋でしょ!」
「な、なんだとっ!」
騒がしい二人ですねえ、一階の床にまで聞こえてきますよ……
まあリリアンさんも元気になったみたいですし、良かった良かった。ああ眠い。
翌朝、いつも通りのリリアンさんの快便報告を聞きながら朝食を済ませたオレたちは、荷物をまとめて宿を後にしました。
都市間転移門とやらで王都へと行くためにです。
「くそっ、死のルーレットのせいで散々な目にあってしまった……。結局私はまた一文無しに逆戻りだ!」
「お貴族様の奥様ともあろうお方が、みみっちい事を仰いますのね。オホホ」
「モニカおまっ! その話は忘れろと言っただろッ、ぶった斬るぞっ!」
「はいはい、忘れるわよ」
「こ、コテツ殿も忘れて下さいね?」
「はい! 忘れます!」
てか、何を忘れればいいのかわかりませんが、面倒なので話だけ合わせておきましょう。
「あ、そうだわ。この街の銀行に寄って両替してこなくっちゃ」
「そうだ、その話だモニカ。タリガの町には銀行は無かったはずなのに、どうやって金を下ろすんだ?」
「あらリリアンは知らないの? 冒険者依頼って成功報酬の一割五分を手数料としてギルドに納めているでしょ」
「うむ、それは知っているぞ」
「その手数料を回収する巡回班が一ヶ月に一度やって来て、大都市にあるギルド支部に集めているのよ」
「ほう。しかし今しているのは我々の金の話だぞ?」
「話を最後まで聞きなさいよ。その巡回班に個人資産の管理業務もあるのよ。まあ手数料二分取られるけどね」
「なるほど! 我々の資産を彼らに預けたから銀行から金を下ろせるんだな」
「そういうことよ」
どういうことかさっぱりですが、二人が銀行とやらに行っている間、オレは別行動することにしました。
タリガの町へ来た時に知り合った駅馬車護衛馬のシルバーさんに会いたかったからです。
しかし運悪くシルバーさんは仕事で街にはいませんでした。
でもシルバーさんの友だちのお馬さんがいて、オレに話しかけてきたんです。
「そうです、オレは柴イヌのコテツです。あなたは誰ですか?」
「やっぱりそうかブルル。人の姿をした犬は珍しいからすぐに分かったヒヒン。俺はシルバーの友だちだブルル」
「そうなんですか、こんにちは」
「君がもし訪ねてきたら伝えてくれと、シルバーに言われたヒヒン。君に頼まれていた豚に似た人の消息だけど──」
豚に似た人の消息? オレ何かシルバーさんに頼んでいましたっけ?
あっ! そういえばご主人様がこの街にいないか、シルバーさんに捜してもらっていたんでした!
「ご、ご主人様が見つかったんですか!?」
「いや、残念ながらこの街にはいなかったとブルル、伝えて欲しいと頼まれたヒヒン」
「そうですか……。ありがとう」
この街にもご主人様はいませんでした。やはり小さな街にはいないのかもしれませんね。
ならばこれから行く王都という大きな街に望みをかけるしかありません!
オレは少しでも早く王都へ行きたくなってきて、リリアンさんとモニカさんの匂いを感じとり二人のもとへと急ぎました。
「あら、コテツさん。もうご用事はお済みですの?」
「はい! オレ一刻も早く王都へ行きたいですっ!」
「大丈夫ですわ、いまリリアンが三人分の王都行きの転移チケットを買ってますから。さあ、建物の中に入りましょう」
こうしてオレは生まれて初めて、都市間転移門という魔法を体験したのでした。
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