第40話 ドン・キモオタ
「先ほどからコテツ君は自分の事を柴イヌと申されているが、それは二つ名の事ではないのかね?」
「いいえ、オレの種族名です!」
「ほほう、ならばコテツ君は獣人なのかな? ふむ、なるほど。その俊敏性はそう言う事か……」
やれやれ初対面の人からは毎回この質問をされますね。人間の姿になる病気の説明も面倒なので、レーガンさんには勝手に勘違いしておいて貰いましょう。
「おっと、中断させてすまんね。では続きと参ろうか」
「はいっ!」
オレは返事をすると同時にさらに後ろへとジャンプしました。レーガンさんがオレに向かって動き出したのが分かったからです。
着地するなり今度は逆にレーガンさん目掛けて駆け出すと、すれ違い様の剣を潜ってレーガンさんの背中に飛び乗りました。
そしてそのまま軽く首を噛もうと思ったのですが──
「やるねコテツ君! だがさせないよッ!」
オレの顔をめがけて剣が突き出されてきたものだから、慌ててレーガンさんの背中から飛び退いたのです。
「ふう、今のは危なかったな。頸動脈を噛まれるところだった」
「いやいや、レーガンさんの剣の方が全然危ないですって! てか今度は何をする気ですか?」
レーガンさんの剣から氷の粒が立ち昇っているんですよね。とてもヤバそうな感じがします。
「君も知ってる魔剣術さ」
途端レーガンさんが剣を振り抜くと、三本のキラキラとしたツララのようなものが飛んできました。
リリアンさんのとは違い目で見ることができるのですが、スピードが速いです。
とっさにオレはデキるオスの感覚を目一杯高めてツララを避けました。しかし……
そのツララを追いかけるようにレーガンさんがピタリと後ろに迫っていて、オレに剣を振り下ろしたんです。
「ちょっ! 無理ーッ!」
今度ばかりは避けられそうもありません。だから仕方ないのでオレは、その剣に噛みついて受け止めたんです!
もう加減も無視して全力で噛みつきましたとも。でなきゃ大怪我ですよ。
「むっ!!」
ついでに危険なので……、噛み砕いてしまえっ!──ガッギャンッ。
「お返しですッ!」
オレは咥えていた剣の破片を吐き出しながらレーガンさんの後ろへと回り、そのお尻に軽く噛みつきました。
「ってえーーッ!」
レーガンさんの悲鳴が部屋に響きましたが、噛み千切ったわけではないので怪我は大したことはないでしょう。
「あたた……。試合はここまでにしようか」
レーガンさんはお尻をさすりながら、苦笑いをしてそう言ったんです。
オレもこれ以上はやりたくないので大賛成ですね!
回復師という人たちがレーガンさんに駆け寄ってお尻に光を当てています。
犬人族のアジェルさんがオレにしてくれたのと同じやつっぽいです。
「いやはやコテツ君は強いなあ。今すぐにでもSランカーにしたいくらいだ」
「レーガンさんんこそピットブルみたいに強くてびっくりしましたよ」
「ピットブルとは?」
「最強の闘犬です」
「ほう、そいつは褒め言葉と受け取ってもいいのかな?」
「もちろんですっ!」
ああ、レーガンさんとクンカクンカして友だちの儀式をしたい!
何だかとても仲良しな気分なんです。でもリリアンさんとモニカさんから男の人とクンカクンカをしたら、痔になるかもしれないと注意されているのですよね……
意味不明ですが痔になるのはイヤなので、今回は我慢しておきましょう。
「コテツ殿おーッ!」
ん? リリアンさんがオレに向かって飛び込んできました。危険なので避けておきましょう──ヒラリ。
「な、なぜ。……避けるのですか?」
「なんとなくです」
「そ、そうですか……。いや、それよりお見事でございましたッ! レーガン殿との試合を拝見しながら、なんだか腹の下がキュンキュンしてしまいましたよ! キャッ」
「下痢ですか?」
「ち、違いますっ! とにかくお二人の試合を見て私は己の未熟さを痛感いたしました。まだまだSランカーになるには修行が足りないなと!」
「おい君! いまレーガン君に聞いたのだが、君が獣人だというのは本当かね? 確か登録では人間となっていたはずだが、本当なら規約違反だぞ!?」
まーた威張った人がイヤな感じで登場してきました。この人は何のためにここにいるんですかね?
「本部長様、その件につきましては私自ら詳細にコテツさんを調べぬき、確かに人間である事を確認しておりますわ」
「モニカくん、それは君の見間違いじゃないのか?」
「それは御座いません。とてもご立派なものをお持ちでいらっしゃいました。それはもう夢にも見るほどにっ! うふん」
結局、イヌのオレが病気になって人間の姿になってしまった説明をしないといけないようです。
まったくめんどくさいですね!
「つまり獣人だと思ったのは俺の勘違いだったって事かな? では人の身体で柴イヌというのは?」
「それはオレが病気だからですよレーガンさん!」
「ん? コテツくんは病気なのかい?」
「コテツさんストーップ! その後の説明は私からレーガンさんにしますから、もう黙っていて下さいね」
「コテツ殿と一番付き合いの長くて親しい私からも説明しましょうレーガン殿!」
なんか邪魔者扱いされている気もしますが、まあいいです。説明とか面倒なので代りにお願いしましょう。
そんなわけでモニカさんとリリアンさんは、レーガンさんと威張ったおじさんに相変わらず意味不明な説明をしてくれたのでした。
ところがその意味不明な説明をレーガンさんが聞いているうちに、レーガンさんから驚愕と警戒の匂いが強くしてきたんです。
今までのフレンドリーさが消えて、まるで敵に対している時のように……
「その謎の組織『ドッグラン』にコテツ君が所属していたというのは事実なのか?」
「は、はい……。確かにかつてはドッグランでトップクラスであったと仰っていましたけど、でも今はもう脱退させられてコテツさんとは無関係なはずですわ」
「モニカの言う通りですぞレーガン殿。コテツ殿はキモオタという首領にさんざん
ちょーっ! オレはやっぱりご主人様に捨てられたのでしょうか!?
いや、そんなわけありません! リリアンさん、酷いですよッ!
「なにっ? 首領のキモオタに捨てられただと? 一体どんな経緯でだ、リリアン君は何か知っているのか!?」
「い、いえ、詳しくは何も……。というかレーガン殿こそドッグランやキモオタの事を知っている口振りですが?」
「……ああ、知っているとも」
えっ……。いまレーガンさんが知っていると言ったように聞こえたのですが……
「な、なんと! それは
「うん、本当だよリリアン君」
ええっ? えーーーッ!!
マ、マ、マ、マジですかああッ!!
つ、ついに、ついにご主人様の手がかりが見つかりましたあーッ!
「レーガンさんッ! レーガンさんはご主人様を知っているのですかっ!? ならオレに会わせてくださいッ!」
「…………」
しかしレーガンさんはオレのお願いに応えてはくれませんでした。
そればかりかオレのことを冷たい眼差しでじっと見つめているんです。
でもそんなこと知ったことではありませんね。とにかくオレはご主人様の情報が欲しくて、レーガンさんにご主人様の似顔絵を見せました。
「ああ、間違いない。俺の知っているドン・キモオタ本人そのものだ」
「ほんとですかッ!」
「本当だ。そしてこの男こそ第一級王国犯罪秘匿手配人だッ!」
「……? なんですかそれ?」
「コテツ君、しらばっくれられても困るな。闇の犯罪組織ドッグランに所属していた君なら分かるはずだ。キモオタが黒幕として多くの犯罪に関わっていることをなッ!」
「そ、そうなんですか!?」
「君とてドッグランに居た頃には犯罪に手を染めていたんじゃないのかね?」
犯罪って悪いことをするって意味ですよね。ドッグランはイヌの遊び場です。
そこで友だちと遊ぶのが悪いこととか、まったく意味が分かりません。
「オレは遊んでただけですが?」
「遊んでいただけ、か。……なるほどな。悪人共からしたら犯罪も遊びに過ぎないってわけなんだろう」
さっきまであんなにお友だちになれそうな匂いをさせていたレーガンさんから、今はオレに対する敵意の匂いを嗅ぎとれます。
一体なぜこんなことになっているのでしょうか? ちょっとイヤな感じです。
「さきほどから黙って聞いておりましたが、レーガン殿! 些か言葉が過ぎるのではありますまいか。まるでコテツ殿が罪を犯したような仰り様は不愉快です」
そうですリリアンさん! ドッグランではイイコにして遊んでいたんです。
ケンカもしなかったし、モノを盗んだりもしていません。
「そうですわ。Sランカーのレーガン様といえども、何の証拠も無しにコテツさんを犯罪者の様に言うのは酷すぎますわ!」
分かっていますねモニカさん! もしモノを盗んでもオレは隠して証拠を残しませんからね。
「ドッグランもドン・キモオタも、どちらも王国では一部の人間しか知らない秘匿情報だ。にもかかわらず本人自らがその犯罪組織に所属し、ドン・キモオタの部下であったと公言しているんだぞ? 疑って然るべきではないかね」
「しかしそれなら尚の事、コテツさん本人が何の躊躇いもなく話すでしょうか?」
「まあいずれにしろこれから事実は明らかとなろう。コテツ君には我々による取調べを受けてもらう。関係者であるモニカ君とリリアン君、君らも同様だ」
「上等だこの野郎っ! コテツ殿、この分からず屋たちに我らの身の潔白を証明してやろうじゃありませんかッ!」
さっきまでレーガンさんの忠犬だったリリアンさんが、まるで
何がおきているのかさっぱりですが、大変なことになっているのは確実ですね。
すると本部長とかいうイヤな人が、槍を持った大勢の男の人たちを連れて来てオレたちを取り囲みました。
「警備兵、こいつら三人を捕縛しろッ!」
「ちょっ、本部長様!? 取調べに協力すると言っている我々を捕縛するとは、一体何事ですの? ギルドにそのような警察権は無いはずですわッ!」
「モニカ支部長、ところが我々にはその権限があるのだよ。ふふふ、ドン・キモオタ及びドッグラン構成員の逮捕依頼を王国から承けているのでねッ! わっはは」
何だかよくわかりませんが、とにかくご主人様についての話を聞けそうですね。
ああご主人様に会いたいな。はやくコテツを迎えに来てください。
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