第10話:夢。そして思考の切り替え。
アビミャーが12歳だった頃の【黄金歴142年】.....
カルタグール大陸には、周辺国と比べてかなり安定した経済、強い軍事力と魔法師団を有する中規模な国が存在していた。
その国とは、【ゼンルーガー王国】だ。周りの国より有利な地理的条件を活かした政策や発展方針に、昔から争っていた何か国かがついに有能なる初代王であるムラハイーダー一世の尽力によって統合され、一つの絶大な可能性を秘める【ゼンルーガー王国】として誕生されたのだ。
なぜ地理的条件に良いかと問われれば、答えは簡単である。まずは地図をご覧ください・
そう、カルタグール大陸とモルトレーユ・ファレー大陸との間には横長な細い海域がずっと東西一直線の広さを持つ海があるのだ。
その海の名とは、【シトアス海】だ。元より、乾燥地帯と熱帯地帯が二つも入り混じっている大陸の半分は過酷なところも多い。
そして、【シトアス海】に面するカルタグール大陸の北海岸にはたくさんの丘と山、岸壁から構成された自然な絶壁や高い崖があり、残念まことに港町にするのには不適切な箇所があまりにも多い。
よって、海岸沿いの土地を利用しての町興しのできる国は限られてくるんだ。
確かに、小さな規模の村とかなら、数はそれなりに多くはある。
だが、様々なサイズの船を係留と収納する程のスペースを造設、建て起こすことができる土地は極端に少ない。
例え、それができる場合の国があっても、大抵が海外諸国との交易に有効に使える程の規模や地理的条件が備わっていなかったのだ。
【黄金歴3年】から、かつて存在していた【ニシラ5大部族連合国】も、当時の隣国よりも数か所の有利な海岸沿いの領土を治め、それで【エネマース】という
有名だった港町も起こした。
だが、それなりの規模で船を係留できるのにも関わらず、それが時刻に齎す利益がそれ程に高くなかったのは、その町の背景と周囲にはや隆々と聳え立つ山々と丘が
あり、それでは整備された道路を敷くのには一苦労だった。
狭い山道。危険性が一定比率で伴う交通網。
それでは港町で盛んに輸入してきたものやそこへ向かって輸出したい商品や自然資源を最大限までに活用することができない状況だった。
だが、長い群雄割拠な状態だった西方向にあるゼフラー地域では、【黄金歴6年】を機に、やっと統合され幕を閉じるようなり、一つの安定した統治を可能にした
ムラハイーダー一世とその後継者達によって繁栄された【ゼンルーガー王国】はその大陸での不毛な発展停滞問題を打破してみせた。
ムラハイーダー一世とその有能な統治を続けていく次代王達のおかげで、何百年も経ってようやく北の大陸、【モルトレーユ・ファレー】の国々と同等な
航海貿易優先国家にまでのし上がれた。
【ニシラ5大部族連合国】より、山々と崖の存在が著しく少ない海岸沿いのある地域を誇るゼンルーガー王国はその地理的有用性を活かして大規模な港町、『
キムバレー』を建て興した。
【黄金歴22年】で建設がほぼ終了した『キムバレー』は、ムラハイーダー一世の建国初日で演説で掲げられた国益になるための方針に基づいて、建てられた港町
なので、その本気の程は見り者の息をも奪うほどの壮観な作りとなっていた。
そして、その機能もさることながら影響力までもが絶大な規模までになって、たった10年間以内に【ニシラ5大部族連合国】の【エネマース】を追い越して、カルタグール大陸の一番の経済力中心地になった。【黄金歴33年】以降はそれを首都とすることを決断した次期王様のムラハイーダー2世は続いて、国家の繁栄と共に北の大陸の国々との貿易をより活発化にし、船の行き交う【シトアス海】をより忙しい海域にした実績があるが、結局は何事もいつまでも上手くなれずに、必ずトラブルも
ついてくるものだ。
なぜかというと、隣国のニシラ部族国は『キムバレー』の大成功に嫉妬して、その国家元首の『アラヤン・グリッシュ』は【ゼンルーガー王国】に対して宣戦布告して、彼の国の富すべてを我らの手中に収めようとという強い意志を示された。
結果はやはり妬む方の【ニシラ】が大敗北を喫して、【ニシラ侵略撃退戦】として知られる戦争と歴史的に記録された。両国ともは【黒色人種(ノーアル)】というのが主な人口なので魔法師団の保有が北大陸の国々よりごく少数で限られていた。
なので、戦闘の殆どが普通の非魔法使いの使う武器や兵力で行われていた。
その後の話はご割愛するので、悪しからず。
今、【黄金歴142年】の頃に、魔力量が他人種より少ないはずの【黒色人種(ノーアル)】の大半が住んでいるの【ゼンルーガー王国】に、一人の少年が『キムバレー』の港街へ行くために、自宅のすぐ玄関より外の敷地でゲートを開いて歩き出そうとする最中だ......
「じゃ、さようなら!いつ帰ってくるか分からないけど俺がいない間に元気でいて下さいねー!」
振り向いたその少年を見ている一人の女性がいる。
少年の極黒肌と違って、その女性だけが白い肌をしていて、明らかに他のゼンルーガー人達とかけ離れた外見をしている。
銀髪ロングで三つ編みを後ろで一束にしている女性はこう返事する、
「もちろん~!ママに構わずにびしっとお仕事を完遂しに行ってね~~!半年間になるかもだけど、頑張って~!」
「うんー!じゃ、行くね!」
二人の挨拶が終わるとばかりに、少年の方は前へと進んでいこうとするが、
「ちょっと待ったーー!」
シュウウゥーーーーー!
「ーー!?」
ぎりぎりで繰り出された蹴りを避けた少年は脚の主へ視線を辿っていくと、
「もうーー!あたしに連絡もせずに置いていこうとするなんてどういう意味なのーー!」
目の前にいるのは、鉢巻きを頭にかぶっている濃い褐色肌をしている少女だ。
少年と同じで、そっちも髪質がくるくるのモノなのだが、少年のドレッドヘアーと違ってそっちはアフロ型だけど鉢巻きを被ることで丸っこい緑色の瞳と
相まって可愛い印象を醸し出しているようだ。でもどこか勝ち気なところも備わっていて、交流する人によって難ありと思われるかもしれない。
「セナー!なんて蹴ってきたんだよー!?俺、昨日もいっておいたじゃんかー!?『明日、遅く起きるかもしれないから先に港街にある大桟橋の前へ行ってくれ!』と伝えたはずなんだけど、どうしていきなり俺んちの前で襲ってきたんだよ!?」
「ーえ?」
と、少年の問いに対して、きょとんとした顔をするその少女。
.......................
.........
1分後:
「さっきはごめんね。まあ、アビの反応速度が衰えてないかただ試したかっただけっていうのもあるんだけどなぁ~!」
「はは....お前も相変わらずに元気なものだね。お蔭でいつでもどこでも身体トレーニングができる気分になったもんだ」
「どうだかね...アビはあたしの蹴りを直撃されてもびくっともしないでしょー?この間だってそうだし...」
「むしろ痛そうにしてたのはお前の方だったしな。すごい涙ぐんで地面を這い転げながら足を摩ってたんだね?」
「む~っ!笑わないでくれる?あの時は本当に痛かったんだからねー!」
「だとしたら蹴ってくるの止めてくれればいいのにといつも思うんだが....」
「ふん!さっきも言ったけど、アビの感が鈍ってないか定期的にこういうことしなくちゃと思うだけだし~!アビのためだから犠牲になるしかないんだってば!
アビなんてべーだ!」
あかんべ顔で舌を出してきた少女は半ばやけくそ気味にそう言い放ったら、
「確かにそれも必要な日課だったかもね。なによりも最近の魔物の出現はエルブレーズ帝国じゃ頻繁になってきたらしいし、あげくに上級クラスまでもが目撃されは消えていくとの証言も上がったためいつか町の一つでも襲いにやってくるんじゃないかと心配してた奴も多くなってるしな」
「でしょうー?だから気を抜けないでいてもらえるために敢えてアビの警戒心を緩めないように仕向けていきたいだけだもんー!ふーん!」
「聞こえはいいけど、お前だって遊び感覚も混じってんだろう?」
「さすが幼馴染ね。あたしの気持ちをなんでも知ってるようで嬉しい限りだわ!」
「ははは...まあ、どうやら着いてきたみたいだし、おしゃべりもそれぐらいで」
大きいな船舶が難船も係留されている港街に到着した二人。
「....ね。本当に....エルブレーズ帝国へ行くの?」
「..うん。そうだけど?」
「あそこは...今は上級クラスの魔物まであっちこっちで潜んでいると噂されてるのよ?そんなところに....半年間以上も住むかもしれないだなんて....」
「ああ....危険と思うかもしれないが、俺の魔力量がずっと子供の頃から周りと比べて格段に多いの知ってんだろう?それに、たくさん学んできたから第5階梯とそれ以上の魔法でも朝飯前に放てるようになったもんだぜー?そんな俺に、万が一のことも起きると思う~?」
「そうだけど....でも...でもねー!そうかもしれない、きっとそうなんだけど、あたしは心配なのー!どうか、もう改めて考え直して欲しいの!」
「まだそれー」
「『まだそれ』って言わないでー!あたしは本音を言えば、アビにあそこへ行ってほしくないのよーーー!!」
いきなり少年に向かってそう叫んだ少女。
「でも...」
「でも、じゃない!アビがどんなに魔術師として凄いか、小さい頃の6歳から『奇跡の子』としてもてはやされてきたのず~~っとこの方、この目で見てきたんだからねーー!」
「....」
それもそのはず、【黒色人種(ノーアル)】として産まれた瞬間、理不尽にもその一生を北の大陸における様々な国の人間より何倍も著しく保持できる魔力量が少ない人種として知られてきたのだ。不平等な神々のいたずらがもたらした結果かもしれないという学者達までもいた。
だが、その『常識』、『定められた神々の意志』と『普通』といった様々な概念を、ここに歩いている少年がやっと覆したんだ。
すごくない筈が無いのが明白であろう。
「アビが7歳にして最年少で魔法学園へ勉強しに通えたりとか、10年も年の離れた兄ちゃんと姉ちゃんの魔法使い達を一秒で倒したりできた訓練試合とかー!2年前
だってー!アビがー」
「そこまでだ!」
と、少女の悲痛な訴えに対して、その一瞬で『例の事件』を持ち出してこようとすると、素早い動きで彼女の唇を右手で塞ぐ少年。
「セナの気持ち...よく分かってる。だが...やっぱり行かないとー!」
過去のとある事件にだけ思い出したくなさそうな辛い顔しながらも、きっぱりと少女にそう告げたアビと呼ばれている少年。
「どうしてよ~~!?ねぇー!どうして!?あたしとイレイーンヌママがここにいるじゃない~~!どうしてあたし達を置いてまであそこへ見ず知らずの他人を助けに行かなきゃいけないのよーー!!?」
胸が締め付けられる思いと共に、今度もまた大声を上げた少女。だが、少年も、
「なぜ...か...。」
少女の悲しそうな真剣な眼差しに加えて、一粒、2粒の涙が頬を伝っていくのを目で確かめた少年は、それでも、
「それは、俺が『極黒天魔英』として期待され、世界中のみんなに助けを求められてるからだ。『強き者には責任も伴う』ってね」
「いや...」
「....ごめん、俺、今すぐ船に乗りにいかないと。側まで一緒にー」
「もう~~!アビなんて大嫌いだーーーーー!!!!もう帰ってこなくていいーーー!!あたし、もうアビなんてー!アビなんて~~~~~!!」
「大・嫌いーーーーーーーー!!!!!!!」
港街にいるすべての人間にまで聞こえたその悲痛な叫び声と同時に、その少女は少年の提案を突っぱねてただ胸が張り裂けそうな悲しい思いと共に走り去っていくだけで
ある。
...............................
.................
..........
俺の名前はアビミャー・ゴラム・ナフィズールだ。
産まれた瞬間から、魔力量が他の国民と【黒色人種(ノーアル)】より遥かに膨大だったのを2歳の頃で確かめた両親と国の上層部は、俺を特別扱いして国の最重要人
物としての生活を管理、かつ義務付けている。そして、こと暗記することを主とした読書に、学習能力が他より早いのが特徴だ(気分が乗る、そして集中さえできる時に)。
俺がこの身体を生まれ持つ時点で、人生がどのように進んでいくか、その道筋が最初の段階で定められたといっても過言ではない。
だが、例えそれがレールに乗せられたものであろうとしても、俺の人生がそれなりに楽しかったといっても嘘じゃない。
だって、俺は確かに、この莫大な魔力量のせいで周りの同年代の子たちからバケモノとして恐れられ、友達作りは困難だった時期も長かったが、それでも気にせずに
いられた。
なぜか?と聞きたくなる人もいるかもしれない。
その理由とは、俺自身はこれがあるから、魔法や魔術の勉強が容易く感じて、スラスラと魔法の習得を成功させていく内に、心の中でなぜかわくわく、それでいて
強烈な達成感や多幸感も感じるようになった。
なので、幼い頃からずっと魔術関連の本や書物の読書に時間を費やしてきた俺だったが、友達がいなかったのにも関わらずさほどの孤独感を感じるようなことは
一度もなかった。
だって、この魔力量と学習吸収力があるから、魔法ならなんでもマスターすることが出来るのが楽しすぎて、嬉しすぎて自分以外の人間など気に掛ける暇がなかったんだ。
それを、6歳になった頃に初めて出会った、セナ....『リセナ・シャクニアー』と知り合いになるまでは.........
................
........
ピヨピヨー!ピヨピヨー!
「ーーん?」
ビヨー!ビヨビヨー!
「...鳥?...の鳴き声?」
.......ああ、そうだな。
先ほど、俺の記憶に残って見せられた光景って、夢だったんだ。
「.......リセナ....」
久しぶりに声に出して彼女の名前を口にした。
そう。あの時、12歳だった俺達が『キムバレー』の港で別れたっきりで、もう8年も再会できずにいるんだ。
「.....セナ...今、お前がどこで何をしていたか?元気にしてるのかな...」
遥か昔の世界でも、違う時間軸の世界にいても、どこにでも生きている彼女の行方をまたもこの瞬間で考えるようになるのは、心の奥底のどこかに放置したその記憶を、
さっきの夢のおかげで無理やりに掘り起こされたからだな。
「静野と面識を持つようになった前の昔のことだったからなぁ......」
文字通りに、『アビなんて大嫌いだーーーーー!!!!もう帰ってこなくていいーーー!!』かぁ....
「すっかり嫌われたんだな、俺....」
あれからずっと避けられたもんな。
どこかへ引っ越していったか知らないけど、きっと祖国のどこにもいなくなったんだろうなぁ......
ったく、とんだ嫌われ者になったもんだ、それも他でもない幼馴染から。
でも、あの時ばかりはしょうがなかったんだ。
そう。いくらセナのおかげで、友達を持つことの大切さを教えてくれて感謝してもし足りない恩を感じても、それでも.....
「あの時だけはどうしようもなかったんだ...。セナやママには悪いと思っている....。だが、俺が行かなければ、他に誰かが【アルグリーズ級】を倒せるというんだよ!」
独ごちる俺の語調がすこし強くなると、冷静さをまたも心掛けるように、
「...失われた過去をずっと引きずって考えていてもしょうがないか....」
頭の回転を切り替えた俺は、
「よしー!通常の表情に戻ろうー!ポーリンヌ達が待ってるんだからな!」
そう意気込んだ俺は冷静を取り戻しながらも、粛々と音を立てないようにして静かに自室のドアーを開け、そして彼女達が待っているであろう宿屋のダイニングホール
へと向かうために階段を降りていくのだった。
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