第9話: 過去の出来事に思いを馳せる。そして困惑。

「なぜ、許さないというの?」

「「ーー!?」


怪しいオーラ全開の二人に向かって、そんな言葉が投げかけられた。

「誰だ!?出てこい!」

「こそこそするのはメ~~なのよ~?」


見えぬ者から声をかけられているのにも関わらず、さほど同様を見せなかった彼らは警戒を強め、辺りを見渡しながら声の主を探す。


「ここよ、不審者ども」

「-なに!?」「ほほう~~」

虚を突かれた二人の背後に現れたのは彼らと同様、ローブも身に着けている人なんだが、大きな違いがあるとすれば彼女の方は仮面をつけずに素顔を晒しているところ

だ。


「やれやれだね。【アール・バルクハー】にてこそこそと怪しげな活動をしていた者がいるという報告があったから来てみたんだけど、やっぱり当たりだね。わたし達の国で何をするつもりなのか、きっちりと聞かせてもらうからついてきなさい!」

有無を言わさぬ迫力でそう命令した彼女は、素顔から見るに褐色な肌をしているみたいで、夜の暗みの中で顔を見づらくするのには打ってつけの色だ。

といっても、この国ではそういう肌色を持つ住民がほとんどなので、みんなにも言えることなんだが。


「素直にいうこと聞くと思うー?」

「あたし達を見くびっちゃ危ないわよ~~それー!」

尚も食い下がってその場から動こうとしない仮面の一組は、女性の方から何か飛び道具が投げかけられたんだ。


「ふーん!」

素顔の方の女性はそれをたったの一振りの魔力で纏われた手刀で振り払って、素早くローブの中へ手を突き入れて、『それ』を取り出した!


「命令に従わぬのであれば力づくで連行していくよー!」

そう言い終えると、細長い鉄のロッドみたいな【魔道武器】を両手で握り持っている素顔の女性は間髪入れずに、二人の真正面へ飛び掛かった!


「ーーちぇ!」

「わおー!」


かろうじて真横一閃の薙ぎ払いを避けられた二人は左右に分かれながら、お互いに目配せをして素顔の女戦士へと視線を集中する。


「いい動きしてるようだね。ただ者じゃないということは分かった。何を企んでいたのか知らなかったんだが、さっきのお前たちの物騒な会話から察するに、暗殺か堂々と

人殺しの準備を計画しているところだけははっきりと確認できた。もう逃がさないから覚悟をー!」


ロッドの先端が突然に光っているかと思えば、その一瞬後は左右と端っこから撓んでいる刃が生えてきて、まるで鎌のような形に変化した。


「喰らえー!」

男の脚を狙った下段なぎはらいを見舞いしようとした素顔女性なんだけど、それもまた上手く交わされた。


「ちー調子に乗るな、小娘が!」

後ろの建物へと跳躍した彼は反撃とばかりに、人差し指を彼女の方へ向けると、


「【禍紅絶殺魔光(ザルトゥーヴァタール)】ー!」


そう唱えた彼の指から、高密度な紅色の集積された魔力が光線と化して、目にも留まらぬ速さで放出されていく!


カチャーーーーーング!!

事前に上級クラスな防御魔法を展開しておいたらしく、射出された【禍紅絶殺魔光(ザルトゥーヴァタール)】が素顔女の身体を包んでいる淡く透明な黄色の膜

みたいなものに阻まれた。


「隙ありー!」

その膜が魔法攻撃だけを防げると見抜いた小柄な仮面女は虚を突こうとばかりに、横から短剣で切りかかったがー


「せいーー!!」

素早い動きで身体を回転した彼女は回し蹴りを決めて短剣を手から突き飛ばした!


「ちぇー!」

プロの暗殺者のごとく、迷わずにすごい速度で後退していった仮面女は後ろも振り向かずにまた別の屋根へと飛び退った。


「逃がすかー!」

獰猛な捕食者のごとくなお追おうとする素顔女に対して、仮面の方はこう言い放った、


「あたしの役目は既に終わったし?ほら、ベン君はもうどこにもいないよ~~?」

「ーなに!?」

辺りを見回してみてもさっきの男の姿はどこにもおらずすっかりと消えたようだ。


「そして、今はあたしの番なのよね~~。バイバイ、鎌ロッド姉ちゃん~~~!」


バコーーー!

煙幕を生み出した小さなボールが数個で投擲され、目線を晦まされた素顔女はそれで彼女の姿を見失った。


「....逃げられたか..。次に会ったらが最後なんだが、さて...どうやったら『あの偉大な方』にこんな失態を報告するべきか....そして、『彼らの方』についても

対処方法を考えなくてはな....」

落胆しているような声色と違ってさほど落ち込む様子もない彼女は、別の方向にある宿屋を一瞥してから毅然とした動きで真っすぐと正反対の方向へと飛び降りていく

のだった。


...........................................


....................



その同時刻の宿屋の一室にて:



「【黄金歴150年】ですってーー!?何なんですの、それ?そんな暦、聞いたことがありませんわ!ね、ロザリーン!?」

「は、はい...確かに、【魔道歴】が始まる前に、【暗黒歴】というすごく苦しい困難や疫病の多い暗い時代が200年も続いたと歴史書に記されていましたけど、

それよりも前の時代といえば、【魔明誕生期】が400年も経過したとの記録があったはずですよ?でも、【魔明誕生期】が始まるまえに魔法や魔術の行使はまだ人類にはできなかった記録の乏しい謎の多い時代だとされていました。よって、貴方がその頃に転移してきても魔法の力を使えるはずがないと思います!」


ん?【魔明誕生期】だとー!?よし、時系列を整理するとしよう。

俺が過去の【黄金歴150年】から転生してきたとしよう。

彼女の言ったことによれば、今年は【魔道歴300年】ということで、その前は【暗黒歴】だという。それは200年続いてきたので計500年が経ってきたということになる。

でも、【暗黒歴】の前には【魔明誕生期】もあって、それが400年間にまで亘って経過してきたともいう。


ってことは、俺の【黄金歴150年】はその前にあった時代か?....?何か腑に落ちない点がいくつかあるように思えるんだけど、なんか変...


「それに、【カルタグール大陸】といえば、わたくし達の【モルトレーユ・ファレー大陸】から南の方へ位置する【踏まずの呪大地】なんですわよね?あそこは外の世界との交流や国交が

800年も断絶されてきた【禁地】という呪われた大地として放置され続けてきましたわよー!」

「お嬢様の言う通りです。あそこへの立ち入りは【モルトレーユ・ファレー】の古くより立教された【ハイムリッヒー教】の教えに基づいて各国の法律にいて禁じられている。現在の【大3栄強国】の内の【シュワルーツハイム聖道国】も建国初日にそのハイムリッヒー教を国教として定めました。

その当時に建設されたばかりの総本山である【レッグマーン大聖神殿】に住んでいた教長様であるマーンシュタイン猊下の【大教命(グーレート・リーリジョースオーダー】の元に続けられてきた勅命ですね。」


ん?俺の【カルタグール大陸】があんなになっていただとー!?っていうか、800年間も外の世界との交流も絶たれてきたとはどういうことだー!?


「アビミャーさんが驚くのも無理のない話なんですわよね?だって、あなたは【大疫病(グラーンデミック)】が起きる前に転移されてきたでしょう?あの光の柱で」

静野に刺し殺されて今の時代に来てしまったので、正確にいえば転生なんだけど、それをこの場でいうかどうか迷うので訂正しないでおく。


「......あ、ああ.....少なくとも、俺が生きていた時代にはポーリンヌのいう【大疫病(グラーンデミック)】ってものがまだ起きてない頃だ。ってか、大疫病と

言ったからには、まさかー!俺の【カルタグール大陸】でそれが起きたっていうのかーー!?」

「分析能力が良さそうで助かりますね。お蔭で説明する時間が減らされるようで何よです。そう、貴方の思ったままのことでしたよ。810年も前の【魔明誕生期】90年にてそれがあの大陸に突如として伝番していったんですよ、謎の疫病が」

真剣な表情となったロザリーンは俺を真っすぐに見据えたまま、心なしか手が拳として強く握られているように見えた。


「ええ、【魔明誕生期90年】の3月初旬に、【カルタグール大陸】にて何の前触れもなく、【ゴールスラン】という小国の首都にいきなり住民の普段生活している日常に支障をきたすほどの著しい健康の低下が原因も分からないままに流行し出したと歴史書に記録されていました」

「そ、その著しい健康の低下とは何なんだよ?詳しく聞かせてくれ!」


【ゴールスラン】という国とは少なからずな縁もあるようなところなんで、少し動揺した。

というか、実際に存在していた国と俺自身が行ったことのある場所をあの二人が口にしたことである程度の親近感や懐かしさも湧いてきた。

だからなのか、少し慌てているような気分になりと自覚しながらも前のめりになってロザリーンに話の続きを促すと、


「ある日、二人か3人か、正確には断定できないようだけど、...その数人の身体の数か所に、原因不明の紫色の塊が出来ていた。そして....そんな理解不能な

現象を目にした以降、それから日々や一週間が経つごとに、明確な健康低下を感じるようになったそうです」

「具体的に、どんなことが起きたんだ?」

「仕事するたびに、疲労感が普段と違って早く感じるようになったりとか、夜になると風邪を引きそうな倦怠感を覚えたりとか、辺りがさほど寒くないのにいきなり身体中が冷えてきそうな凍えそうな冷たさがちくちくと襲ってきたりするとか......症状がたくさんありすぎたとの記述がありました」

「そして、その病気みたいなものを発症して2か月後、ほとんどが何らかの拍子で発作を起こして急死する事例が多発していたとの最悪な結末も記されましたわよね?」

「ええ、そうですね」


な、なんだとー!?そんな得体のしれない理不尽な病気が我がカルタグール大陸にあってたまるかーー!

「げ、原因が分からないと書いてあったようだけど、本当に調査とか研究がされていなかったのか、その当時の頃で!?」

もっともな疑問を口にすると、


「もちろんお偉い人や他国からの優れた研究者、医師団、魔術師団や科学者グループまでもがその【ゴールスラン】に訪れ治療法や病原体とかを突き止めようとしたそうなんですけれど.....」

今度はポーリンヌがそんな歯切れの悪いことを付け足すと、

「でも、結局は何も解決策も浮かばれないまま、治療法も見つからないままその後は2年間も経たぬ内に、その謎の病気が爆発的に大陸のありとあらゆるところへと

感染拡大し.....悲惨にも壊滅させられたそうです!大陸に残った人間はそのたった2年間だけで、まったく一人も生き延びていなかったとの記述も........」

「...............」


言葉も出ないほどショック状態だった。


「...........でも....」

沈黙を打ち消そうとするように、ポーリンヌが、


「でも、.....アビミャーさんの国、【ゼンルーガー王国】でしたっけ?」

「あ、ああ...。【ゼンルーガー王国】だ」

「わたくし達の知る限り、本ではそんな国の名前なんてどこにも記されてないような記憶がありましたけど、本当に存在した国なんですわよね?」

「当然だよー?俺が一度だけど半年間もあそこで滞在したこともあるんだよ」

「では、もしかしなくても、あなたのいうところの【黄金歴】時代だったころにあった国なんですわね?」

「うん!」

頷いてみせた俺へ、


「推察ですけれど、あなたはもしかして、『別の時間軸』からこのタイムラインの世界へ転移もしくは『何者かによって召喚』されてきましたの?アビミャーさんの今までの言動を振り返ってみれば、現代にやってきたという自覚がなさそうでしたし、望まぬままに転移させられてきたんでしょう?」

「あ、ああ。ポーリンヌの言う通りに、俺は自分の意志とは関係なしにここへと召喚させられたっぽい。 ....んー?『別の時間軸』って何ていうことかな?」

「科学者がずっと議論されてきた仮説ですわ。もしかすると、我々の世界には複数のタイムライン...つまり、『別々の違う結末や歴史展開のある様々な異なる可能性を

導ける【同界異歴】ということらしいですわね」

「ふむ....実に奇妙な通説ではあるね。まあ、俺の場合からすればそうなってもおかしくないんだけどな...」

というか、それしか説明できない気がするんだけど、なんか未だに引っかかるんだよね。その、なんていうか....解明されない点が.....


「では、貴方の肌色がそんな真っ黒なのはその『別の時間軸』からやってきたということなんでしょうか?」

「はい?」

「そうみたいですわね~!きっとそうですわよ~!」

ん?なにいきなり舞い上がってきちゃったんだい、金髪令嬢さんよー?

なんか急にテンション高くなった彼女ははにかんで見せると、急に俺の方へと身体を近づけてくると、びっしっと人差し指を俺の花頭に突き付けてきた。


「わたくし達が教科書や歴史書から読んだところによれば、確かに【大疫病】が発生する前のカルタグール大陸には人がたくさん住んでましたけれど、記述や

載せられている絵から見るに、殆どが褐色肌をしているだけで、あなたほどの漆黒さは誰一人もしてはいないとされていましたのよ~~!ですから、あなたはその

別時間軸の人間なんですわよね~?わよね~~?」

と、なにやら得意顔になったポーリンヌがドヤっているように見えるので、返事として俺は、


「まあ、そうなんじゃないかなー?知らないけど」

そんなことはどうでもいいがな....


「それより、その後のカルタグール大陸は誰一人も住民が生き延びたことがなかったから、それで【ハイムリッヒー教】かなんとかっていう新しく開教された宗教があそこへの立ち入りや交流を一切禁じるようにしたんだね?」

だって、凄まじい絶滅効力を発揮してみせた悪夢じみた謎の病気が我々の大陸にまで持ってくるなよって話なんだね。


「ええ、そうですね。でも...」

「何事も完璧というものはありませんわよね。なぜかというと、実際にその【ハイムリッヒー教】を信じない方々も大勢いましたから、それで例外も生じるというわけなんですのよ」

「ん?それを信じないってなると、どこの国の人間がそうであったとー?」

「では、私の方から詳しく聞かせてあげましょう。【魔明誕生期90年】で起きた【大疫病】の流行が始まって2年以降、大陸中に人影がまったく消えてなくなった後は【魔明誕生期93年】から99年に亘って、殆どの人があそこへ足を踏み入れる勇気や奇特さを持ち合わせてはいませんでしたけど、さっきお嬢様が言いましたように、例外もいるという話です」


「つまり、少数人だけど、大陸に入っていく人もいたってこと?」

「はい。まあ、そういう無謀な奇行を平然とやってのけた方々の大半が主に【カスティーギアー共和国】や【リデリア戦女国】からの人間がほとんどですからね」

「あの2か国はハイムリッヒー教徒でもありませんしね」

「じゃ、ポーリンヌとロザはどう?ハイムリッヒー教徒なのか?」

好奇心でそう聞いてみると、


「いいえ。わたくし達は確かに、国教がハイムリッヒー教の【シュワルーツハイム聖道国】と隣接している国なので、民の三割の一は確かにハイムリッヒー教徒なんですが...」

「でも、私達はハイムギール山神を崇拝している者ではなく、もっと異教徒に寛大なヴァールド海底神様のお導きにより創立された【スネールヴァールド教】の信徒なんですよ」

「【スネールヴァールド教】?えっと、...外で歩いていた時に教えてくれたんだよね、あんた達のカンテルベルック王国っていう国はその【大3栄強国】に分類された

【シュワルーツハイム聖道国】や【レネティーエネッス帝国】との間の緩衝国家にされてるんだってな?ってことは、そのスネールヴァールド教が片方の

レネティーエネッス帝国から流入してきた教えだというの?」


「ご名答、アビミャーさん。まあ、確かに、他の国には様々な信仰や地域神がありますが、その2か国からの影響が強く根付いている我らの国なら、どっちか由来の

教えを信仰することになるのは自明の理かと」

「なるほどな。自立した国政といっても、長い月日を経てなにがしらの成り行きで両国からの文化、価値観や信仰が流れ込んでくるのが必然って訳だね」

「ええ。建国した依頼、両国からの侵略は一度も受けたことないけど、それは我々の祖国の偉大なる数々の先代王様たちが上手いこと立ち回れて大国との間の争い

ごと、対抗意識や思惑を手玉に取るように逆に利用し、自立を保つように賢い政策で両国の主張すべてを肯定し、どっちの味方にもなれぬと明らかにしてきたからです!


「というか、過去のカルタグール大陸について話し合っていましたのね?わたくし達。なら、本題に戻しましょうよ?」

「それもそうか。じゃ、ハイムリッヒー教徒がまったくいなかった【カスティーギアー共和国】や【リデリア戦女国】から少数ながらも南の大陸へ行ったり来たりする者がいるということだな。でも、あんな原因不明な大災害が起きたばかりだったし、もしも誰かが無鉄砲と呼ばれても差し支えない程の愚かさであそこへ踏み入っていこうとしたら、当然に祖国での反発が強く帰ってこられてもすごい差別とか隔離処置でもされたんだよね?」

「察しがいいですね、アビミャーさん。そうですよ。確かに、最初はそんなに反発が強くなく、忍び感覚で黙って行ったり、みんなに隠れて密かに旅へ赴いて行ったりしたら大した反感を買われなかったんですが、徐々あそこへの冒険者の出入りが増えていくと、【呪われし大地からの疫病原体】として扱われるようになり、ほとんどの町々が彼らの帰還、入居や滞在を禁じるようになり差別対象としてみんなから疎まれるように.....」


そりゃ、状況が状況だけに、無理もない話だしな。だって、誰も謎の「大陸規模の文明滅ぼしの病気」にかかりたくないし。


「というか、そんなに危険極まりないな疫病だったんだから、なぜその後は【カルタグール大陸】への封鎖を各国の海軍が行わなかったの?」

すくなくとも、たとえエルブレーズ帝国がなかった『別の時間軸』の世界であってもそれなりに力や規模のある海軍が一国も有することができるのであろう...。


「当時、各国からの研究団体や科学者組織が許さなかったみたいだからですよ、アビミャーさん。その時代の彼らの国政、貴族社会への影響が遥かに今より巨大でしたから」

「なるほど。彼らも彼らなりに、原因を突き止めるまでにはあそこへの出入りが禁止されない方が便利そうだしね」

「その通りですわ。でも、人も人ですから、本当に頓狂な人にしかそこへ行く勇気がありませんでしたわ」

「その点ではあの両国の人々って相当ヤバそうな思考持ってたのが多かったしね。だって、大陸中に住んでいた人間すべてを壊滅状態へと導いた恐ろしい悪夢的な

疫病だったぜー?」

「まあ、どんな神に対しても崇拝する方々が他国に比べて極端に少ない方だからですよ。自力で全部を解決するのが信条の方々が多い両国ですし」


「でも、【大疫病】から何年も経っていくにつれその2か国からの冒険者だけが恐れずにカルタグールへ足を踏み入れていったんだね。...でも、それがあったのにも関わらず、実際に感染して祖国へ持って帰ったりするという例がなかったんだよね?」

「あなたの予想が当たりましたわ、アビミャーさん~~!その通りですわよ~!例えどんなに家族や同郷人に嫌われたり、避けられたり、疎まれたりしていようが、毅然とした態度でカルタグールへの探検、出入りや遠足を止めなかったカスティーギアー人やリデリア人なんですわよ。その甲斐もあって、最後は報われたかのように、何事もなく無事で健康を保つままに帰還していくばかりのを見られると、徐々に祖国での扱いが良くなっていくばかりでしたわ。しまいには【魔明誕生期】の180年になった頃には既にカスティーギアーやリデリアでの待遇が最高潮になり、その同年末には両国の国家元首達が直に堂々と、正式的に志願者のみのカルタグール大陸への植民地化計画を実施すると発表しましたわね~」


ふむ。やはりハイムリッヒー教がまったく布教されぬその両国だけが大陸への大規模の開拓だけが正式的にかつ積極的に進められてきたんだよな。

ん?少しだけ疑問があるので、彼女達に聞いてみる、


「でも、ハイムリッヒー教がなぜ、ずっとカルタグールへの踏み入りを禁じてきたの?それも頑固として変わってこなさそうだし、なにか論理的な理由があったからそうしたのか?

俺の質問を聞いた二人なんだが、急に神妙な顔に変わった彼女達がこう返答してきた、


「それは、ハイムギール山神が『あそこへ行くべからず』と信者様に命令したとい簡単な理由があったからだけですわ」

「その神を信奉している彼らからすれば、ハイムギール山神のお言葉は絶対ですからね。神降ろし儀式で媒介人が山神のお言葉を脳内でうけ賜わり、それでみんなへ

伝えたんですよ」

ふむ。神からの直々の命令か。俺は神の存在がいくつも、それも何千までもいるということを知っているつもりなんだが、実際に彼らからの声や言葉、ひいては姿形までをこの五感で目撃したことがない。なので、実際にどれほどに偉大か神々しいか自分自身で確認することができずにいる。でも、彼らの神々への忠誠心の高さは信者でもない俺からしても尊重できるものだ。


「でも、どういう訳か、【カスティーギアー共和国】や【リデリア戦女国】が【レネティーエネッス帝国】によって併合された後、【魔明誕生期】354年に締結されたグリーファッス条約以来、カルタグールが大規模な魔術措置と魔道大機械によって完全な封鎖状態に陥り、中へも中から外への出入りも完全に禁止され、かつて滅亡した前の両国の始めた『カルタグール開拓と植民地化計画』という企画が無慈悲にも中止されたんですよ」

「まあ、仕方ないのではありませんか~?なぜなら、そのグリーファッス条約に賛成し、サインしたのが当時の【モルトレーユ・ファレー】にあるすべての国々でしたからね。

レネティーエネッス帝国があの両国を手中に収める目的も大方、カルタグール帰りな彼らからの感染を危惧していたことが原因で、それで彼らが一切あそこへ行けなくするために支配下に置きたかったんでしょう」

「なにせ、あの2ケ国以外のすべてのモルトレーユ・ファレーの国々がまったくといってほどカルタグールへの行き来とあそこからの帰還者を禁じていたからですわ。当然、カスティーギアーやリデリアとの国交もずっと前から断絶されていて、そこからの観光客、行商人や国民すべての入国を断っていてすっかりと【モルトレーユ・ファレー】第一の嫌われ者達となってしまいましたわね」

なるほどな。よっぽど感染者が自国へ齎すであろう破滅を恐れて一刻も早くあの大陸を封鎖したかったんだろう。実に論理的考えだ。


「ってことは、【モルトレーユ・ファレー大陸】以外に、世界のどこかにある遠いところの国々が船とかを送って探索者等をカルタグールへ派遣していっても、そのすべてが封鎖維持に使われている大規模な魔術措置と魔道大機械によって阻まれたんだよね?」

「ええ、そうですわ。それらの措置の数々はすべて一つの機構となり、【カルタグール封鎖大硬魔壁】と呼ばれているんですのよ~」

「それだけじゃなくて、常備徘徊、常駐守護しているグリーファッス条約の参加国からの海軍も加わっていますよ」

「それならお手上げだな。よその国の大陸への冒険心、探検意欲と思惑がすべて失われるより他ない。ましてや今の時代には【大3栄強国】までもが揃って条約の参加国として加盟されてきたらしいし、派遣されている海軍力も半端なさそうだね」


....待って。その守護だけに特化した【カルタグール封鎖大硬魔壁】なる強靭な人的魔壁があれば、中から外への流出と交流も拒絶というか打ち止めにされたから、

実質的に閉じ込められている状態になってるじゃん!あそこに住んでいるカスティーギアー人とリデリア人の開拓者達の気持ちも考えずに.....。


「でも中にいる人達はどうなんだい!?軽く見積もっても10か20か所以上のところが町とか村ほどの規模を誇ってるんだろう?カルタグール内に住む彼らが外の世界へ出られないとなるとー」

「当然、大陸内でしか貿易、農業や生産活動ができないようになっていますね」

「大陸外への貿易や国交が望めない以上そうするしかありませんけれど、なんかわたくし達からすれば、可哀そうではありますわね」

「まるで囚人扱いだね。外界へ出られないのって」

「まあ、でも本当の監獄よりかは遥かに良い環境でしょう?少なくとも、自由に大陸内のどこかへ行き来できますし、なによりあそこでどんなことを社会的規模でやっちゃっても外の国からの干渉や介入が一切やってこないんですもの」

「お嬢様の見解は的を射てますね。そう思いませんか、アビミャーさん?」


「ああ、そうだね。ポーリンヌの意見には同意するしかない。えっと、他に話すべきことは肌色についてだな。あんたが言うには歴史書で見てきた絵や記述の中には

【大疫病】前のカスティーギアー人とリデリア人じゃない方の本当の原住民の肌色は俺みたいな黒色系ではなく、褐色系がほとんどなんだよね?」

「ええ、そうでしたわよ。わたくし達が見る限り、そして記述や記事で読んできたところによれば、全員がこの【イラム王国】の民と似ている薄いか濃いかの違いの褐色肌で、あなたほどの極黒系は一人もいなかったそうですわよ。なので、別の時間軸からやってきたという仮説が本当なら、あなたのいうところの【黒色人種(ノアール)】はあなたの時間軸の世界だけが有する類の人間なのだと思いますわ」


と、真剣な顔になっているポーリンヌは真面目に俺を見据えたままで事実だけを言ってるぞみたいな雰囲気を醸し出している様子だ。

そして、なぜか柔らかい笑みを浮かべてから自分の生まれ持っている白い腕を俺の方へ近づけてきて、そして俺の長袖のコートをめくったかと思うと、次には

その絹のような滑らかな真っ白い肌が目立つ腕を俺の黒い腕へとくっつけて楽しげな顔で肌色の違いを見比べて感心している様子だ。


まあ、珍しいものに興味津々になるのは人間であれば誰でもすることなのだが、そんな幼稚な行動に出るポーリンヌを見てると、なんか可愛く見えてしまうのが新鮮に思う。

というか、今までの旅で色んな女を見てきたが、よくよく見ればポーリンヌの容姿は上位クラスのランキングで容易に部類される方だろう.....。

静野と同格な美貌の持ち主なんだなぁ。



「それより、アビミャーさん。貴方はゼンルーガー王国という『別時間軸の世界の国』らしきところから転移させられたと言いましたけど、あの頃は英雄的な存在でしたと主張したこともさっきの動画で確認できましたけど、貴方がどういった経緯で転移してくるようになったかまだ説明されていないんですよね?あの時間軸で記憶していた最後の記憶も。話してくれるならありがたいですが、洞窟で何者かに殴られたっぽいから転移させられてきたとか言わないで欲しいですね、ふふ....だって、

『洞窟にて禁呪魔法で眠らされた~』なんていう類の作り話はもう飽き飽きですので~~」


ああー!

そ...それもそうか......

..............

というか、最初についた嘘を思い出させないで、メイドよ。あの時は目覚めたばかりで真実を良く知らない二人に話すべきかどうかで混乱してたんだもんー!


........


さて、どうする?

俺と静野のことについて詳しく話すか?

それともなんとか作り話でごまかして興味を逸らすことにするか?

だって、彼女達と出会ったのはつい今日の昼頃だったんだし、面識の浅い俺達が.....

プライベートな情報を話す義理がどう考えてもないはず.....。


それに、まだこの未知なる『未来の世界』かつ『別の時間軸』かもしれない世界へと転生してきて間もない。

真実だったことを馬鹿正直に初対面で自己紹介したばかりの彼女達にする話でもないと思うんだよね。


ポーリンヌ、ロザ、悪いけど、これについて話すのはやはり時間が経ってからにしてもあんた達的には差し支えないことだろう.....

それに、今の俺に置かれてる状況は不明な点や不足してる情報が多すぎて、下手に出ると危ないことにもなりそうなので、慎重に立ち回った方に越したことはないだろう。

なので、伏せさせてもらうぞ、本当のことを。


「実は......」


それから、俺はまたも『嘘』をつき、度重なる不誠実な発言の多用に僅かな罪悪感を覚えながらもきっぱりとこの方針を続けることにする。

その長い会話の後、俺は宿屋でお世話になっている自室に戻り、床に就いたのだった。


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