第56話 【世界各地の様子】魔族の街のとある病院にて
-----魔族の街のとある病院にて-----
「ああ……。儂は幸せじゃった……」
1人の老人がベッドの上で呟く。
彼の体は病に蝕まれている。
長くはない。
だが、彼は満足そうに微笑んでいた。
「まさか、あの世に行く前に、もう一度孫の顔を見れるとはのう。これも全て、魔王様が世界を平定してくださったおかげじゃ」
彼は、息子夫婦や孫たちとは離れた街で暮らしていた。
魔族と人族の戦時中は、行き来が制限されている区画があり、息子夫婦たちと会うことができなかったのだ。
戦争が終わった後は、お互いに歩み寄りが進み、制限がなくなってきているという。
今は、孫たちが見舞いに来てくれるようになったのだ。
「おじいちゃん! 早く元気になってねっ!」
「また遊ぼうっ!」
孫たちが無邪気にそう声を掛ける。
だが、その願いが叶うことはない。
この老人の病は、既に末期なのだ。
医者の話によると、あと数日の命らしい。
場合によっては、今日にも命が尽きてもおかしくないという。
それでも、残された時間を精一杯楽しむつもりだった。
「おお、そういえば、この間買ってもらったおもちゃがあったのぉ。あれで一緒に遊ぶかのぅ」
「うん、いいね!」
「僕も遊べる?」
「もちろんじゃ。楽しみに待っておれ……」
老人が気丈にも笑顔を見せる。
息子夫婦は、それを複雑な心境で見ていた。
…………。
そして、その日の夕方。
「ぐふ……ごほっ……」
老人が苦しみだした。
おそらく、最期の時が来たのだろう。
……しかし、それは想定内のことだ。
孫との約束を守れないのは心残りではあるが、命あるものいつかは死ぬ。
受け入れなければならない。
「おじいちゃあん! 死んじゃダメだよ!」
「そうだよぉ……」
孫たちが涙声でそう言う。
「泣くでない……泣いてはならぬ……」
老人は必死に、震える手で孫の頭を撫でようとするが、力が入らない。
「すまんのぉ……。せっかく来てくれたと言うのに」
「「うわあぁん!!」」
「よしよし、良い子だから泣き止んでおくれ……」
老人がしわがれた声でそう言う。
息子夫婦も、老人の最期を前に言葉を失っている。
それでも、実の息子である男性が一歩前に出る。
「父さん……。俺、父さんの息子であることを誇りに思うよ」
男性は涙を流しつつ、嗚咽をこらえるように言った。
そして、老人の手を取り、強く握る。
「儂もじゃ……。お前が立派に育って良かったわい……」
「妻や息子たちは、俺が守っていく。父さんも、空から見守っていてくれ……」
「任せろ……。ああ……。婆さんが迎えに来てくれたわい……」
老人は最期に目を細めてそう呟き、意識を失った。
ご臨終である。
男性と孫たちは、悲しみを押し殺すように、静かに涙を流した。
と、そのとき……。
ザーッ!
突如空から、大粒の雨が振ってきたのだった。
それはしばらく病室の屋根と窓を強く打ち付けた後、何事もなかったかのように降り止んだ。
にわか雨のようだった。
「父さんの旅立ちに、神様も涙してくれているのだろうか……。きっとそうだ……」
男性がそんなことを言いながら、窓の外を見る。
そして室内に視線を戻すと、そこには信じられない光景が広がっていたのだった。
なんと、先ほど永遠の眠りについたはずの父親が、ベッドの上で起き上がっているではないか!
「え? え? え?」
男性は目を白黒させる。
「おじいちゃん!? 生き返ったの!?」
「すごい!! 奇跡だっ!」
孫たちも、老人の復活に驚いていた。
それもそのはず。
死んだ人間が蘇るなど、普通ならありえないことであるからだ。
だが、これは紛れもない現実であった。
「おお……」
当の本人も戸惑っている様子だったが、すぐに自分が生きていることに気づき始めたようだ。
目を大きく見開きながら自分の体を見ている。
やがて立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。
「なにが起こったのかよくわからんが……。儂はもう大丈夫な気がする……」
「本当か?」
「本当にだいじょうぶ?」
老人の息子や孫が、口々に心配の言葉を掛ける。
先ほどのにわか雨……魔王ディノスと黒竜イリスの愛の結晶は、芳醇な魔力を含んでいた。
それに起因して、人々や自然に数多の奇跡を起こしていった。
老人の復活も、その1つである。
さすがに完全な死者の復活は魔王ディノスたちといえども容易ではないが、この老人の場合は死後まもない状態であったため蘇生が成し遂げられたのである。
もちろん、恩恵を受けたのはこの老人だけではない。
病院内……いや、この街この国の人々の健康状態は、ひと回り改善されている。
老化までは改善されていないが、持病による急逝の心配はなくなったと言っていいだろう。
それを知らない息子夫婦はまだ不安げな様子であったが、当の老人は気楽なものだ。
自分の体調が明確に改善していることを把握していた。
「おお、そうじゃ。あのおもちゃで遊ばねば」
老人が立ち上がってそう言う。
「あ、僕もやりたい!」
「僕も!」
「よしよし、順番じゃぞ」
先ほどまでのしんみりした空気が嘘のように、随分賑やかになった病室の中。
老人は久方ぶりに楽しい時間を過ごすことができた。
また、他の病室でも同様の光景が見られていた。
そして明日以降、続々と退院者が出始めることになる。
病院にとっては商売上がったりではあるのだが、もとより国からの補助金も出ている事業だ。
それに、最近は多忙気味の医療関係者が多かった。
これ幸いと臨時の休暇を取る職員たちは、しばらくの間羽根を伸ばした。
そうして、この地域はしばらく笑顔であふれるようになったのであった。
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