第20話 転移(ルリオス)

 フレアが嗅いだ媚薬の効果を抜くため、余が手づから治療行為を実行してやった。


「無事にフレアさんの媚薬は抜けたみたいですね」


「うむ。仕方のないやつよ。余が協力してやれねば、今頃は自分の欲に押し潰されていたであろうな」


 あれから1時間……

 フレアの媚薬の効果はすっかり抜けきっていた。


「…………ふんっ」


 フレアは、不機嫌そうな表情を浮かべている。

 先日の一件で、完全にプライドを踏みにじられたと思っているのだろう。


「フレアよ。あれは治療行為だ。特に気にする必要はないぞ」


「気にするわよ!」


 フレアが叫ぶ。


「なんで、あんなに激しいのよ!」


「余としては、優しくしたつもりだったのだが」


「どこがよ!」


「そうか? 気持ちよかっただろう?」


「ぜんっぜん、違うわよ! 乱暴だし、痛いし、気持ちよくなんてなかったんだから!」


「そうか。それはすまないことをしたな」


「……」


 フレアが、何か言いかけたとき……


「陛下」


 イリスが余を呼んだ。


「どうした?」


「フレアさんは素直じゃないだけなので、気にする必要はないかと思います。あれほど悦んでいておいて、気持ちよくないなんてことはありえません」


「そうだな。こやつの言葉など信用できぬ。イリスの言葉を信じよう」


 余はそう言う。


「……あなたたち、覚えてなさいよね」


 フレアが恨めしそうに言う。

 だが、その頬が赤く染まっていることに余たちは気づいていた。


「さて。フレアが無様にも罠に掛かったため手こずったな。本題に入ろう」


「そうですね。フレアさんがみっともない真似をしたので、時間がかかりました」


「うう……」


 フレアが気まずそうにうつむく。

 宝箱の罠に気づかずに空けたという失態が1つ。

 さらには、媚薬の効果によりみっともなく果てまくったという失態が1つだ。

 後者は治療行為なので気にする必要はないのだが、フレアはなぜか気にしている様子である。


「見よ。無事に罠を無効化して、宝箱が開いておるぞ」


 フレアの捨て身の特攻が実った結果である。


「ご苦労であったな、フレア」


「まったくです。フレアさんでも役に立つことがあるんですね」


「くうぅ~」


 フレアは、悔しそうにしている。


「さあ、中を確かめようではないか」


 余は、期待を込めて言った。


「はい」


「……ええ」


 2人は同意し、余は宝箱の中身を見る。


「おおっ!」


 そこには、宝石で飾られた豪華な指輪が入っていた。

 これは、間違いなく魔道具の類いだ。

 余は鑑定眼を発動する。


「ほう……。これは、【転移の指輪】だな」


「それって確か、とても貴重な物ですよね」


「うむ。3階層で手に入る魔道具としては、破格の性能だな」


 まあ、魔王軍の四天王や六武衆は、もっとよい魔道具を持っているがな。

 もちろん、魔王である余や側近であるイリスもいくつか魔道具は持っている。


「悪くないな。一度行ったことがある場所なら、どこでも好きな場所に行けるようだ」


 余の言葉を聞いて、2人が驚いている。


「へー。それは便利ですね」


「知らなかったわ」


「せっかくだ。これで帰還するとしようか」


「そうしましょう。3階層に到達し、魔道具も手に入れたのです。試験の評価は限りなく高いものになるでしょうし」


「ふむ。そうだな」


 この迷宮での目的は果たしたのだ。

 これ以上、ここにいても得るものはない。


「イリス。ちこうよれ。転移の範囲は術者のすぐ近くのみだ」


「……はい。陛下……」


 イリスが余にそっと身を寄せる。

 これで転移の準備は整った。


「……ちょっと待ちなさいよ!」


 フレアが、余たちを制止した。


「なんだ? 早く帰りたいのだが」


「私も連れていきなさいよ! まさか、1人で残していくつもり?」


「仕方なかろう。この転移魔法は2人乗りなんだ」


「あんなことまでしておいて、置いていくなんてひどいじゃないのよ!」


 フレアは必死に訴えかける。

 3階層に1人で置いていかれては非常に困るだろう。

 必死にもなるか。


「……仕方がないな」


 ここで問答をする時間も惜しい。

 余とイリスは、フレアを連れて行くことにした。


「2人用というのは嘘だ。しかし、3人で転移するには相当に接触する必要があるぞ。ちこうよれ」


「わ、わかったわ……」


 フレアは、恐る恐るという感じで近づいてくる。

 そして、余のすぐそばに立った。


「まだ足りぬ。もっとちこうよれ。イリスもだ」


「は、はい……」


 今度は、イリスが近寄ってくる。


「ちょっ! さすがに近くない? そんなに近づく必要ないでしょ!」


 フレアが文句を言う。


「うるさい。黙れ」


 余は、少し強引にフレアを抱き寄せた。


「きゃあっ!?」


 フレアの柔らかい身体の感触を全身で感じる。


「行くぞ」


 余は、魔力を練り上げる。


「転移(ルリオス)」


 次の瞬間、余たちは迷宮の入り口へと移動していた。


「ふう。戻ってこれたか」


 無事に地上に戻れた余は安堵する。

 密着状態であったイリスとフレアを抱き寄せている手を放す。


「こほん……」


 フレアたちがわざとらしく咳払いをした。


「どうかしたのか?」


「べ、別になんでもないわ」


「そうか。ならば、いいが」


(私にあんなことをしておいて全然気にしていないのね)


 フレアは、自分の痴態を思い出して赤面しているようだ。

 媚薬の効果で前後不覚に陥っていたとはいえ、あの行為は恥ずかしすぎたのかもな。

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