第7話 瞬間着脱(イレイド)

 入学式から1週間ほどが経過した。

 余は、順調な学園生活を送っている。

 ……と言いたいところだが……


 ガラッ。

 余は教室のトビラを開け、中に入る。


「みんな、おはよう。今日も絶好の戦闘日和だな!」


「……っ! あ、ああ。おはよう、ディノス君」


 クラスメイトの男がそう返す。

 何やら、恐る恐るといった雰囲気だ。

 俺が初日の自己紹介でぶちかました皆殺し宣言を本気に捉えられてしまっている可能性がある。


 普通であれば、ただのハッタリや冗談だと思われるところだろうが。

 余は、入学式でフレアとシンカのケンカを収めたからな。

 実際に、皆殺しにできるだけの実力があるとバレているのかもしれない。


「…………」


 ジロジロ。

 シンカが余を観察するような目で見ている。

 そしてフレアが、こちらに近づいてきた。

 彼女が口を開く。


「ふんっ! 入学式では遅れを取ったけど、あんなのはただのまぐれよ! 次は覚悟していなさい!」


「そうか。期待しておこう」


 魔王である余を超える人材ともなれば、世界にとってこの上ない宝となるだろう。

 さすがにそこまでは無理だったとしても、向上心があるのはいいことだ。

 今のフレアを余がボコボコにするのは簡単だが、せっかく芽生えたいい意味での対抗心を詰んでやる必要はない。


「陛下。そろそろ朝礼が始まります」


「うむ。わかったぞ、イリアよ」


 余はイリアの言葉を受け、着席する。

 ちなみに、イリアはずっと余のことを”陛下”と呼んでいる。

 周りにバレるかと思ったが、これが意外にバレない。

 まさか、魔王がクラスメイトだとは想像もしていないのだろう。


 そもそも、魔王としての余の個人情報は公表していない。

 名前、年齢、素顔。

 すべてが謎に包まれていることになっている。

 確かなのは、高い戦闘能力を持ち、人族に対して寛容な姿勢を見せていることだけである。


 余がそんなことを考えているとき……

 ガラッ。

 教室のトビラが開いた。

 このクラスの担任であるリーズが入ってくる。


「では、1限目の授業を始めるのじゃ。さっそくじゃが、諸君の実力を測るためにテストを行わせてもらうぞ」


 リーズの言葉を受けて、クラスがざわつく。

 いきなりのテストに尻込みする者、自身の実力を見せる機会を得て喜ぶ者、無関心な者。

 様々だ。


 この人魔合同高等学園”ミリオン”は、今後の世界の平和を担う人材を募っている学園だ。

 当然、レベルは相当に高い。

 人族と魔族がともに学ぶことになるので、一部の保守派や臆病な者は入学を避けているだろうが、基本的には世界でも最高峰の人材が集まっていると言っても過言ではない。


 この学園の中でさらに上位の成績をキープできれば、その者の未来は明るい。

 たかがテストとやらに尻込みしているようでは、先が思いやられるぞ?


「ふん。いいわね! 身の程知らずの人族と、入学式で横槍を入れたその男に思い知らせてやるわ!」


 フレアがそう意気込む。

 やはり、彼女は精神力もなかなかのものだ。

 この状況下で、まったく気後れしていない。


「それはこっちのセリフだね。今回こそ、人族の底力を見せてあげよう」


 シンカが負けじと言い返す。

 こちらもこちらで、かなりの闘志だ。


「ふむ。それで、テストとやらは何をするのだ? 筆記テストか?」


 余はそう問う。

 すると、リーズが得意げに笑みを浮かべた。


「いや、今回は魔法のテストじゃ。各自戦闘着に着替えて、校庭に来るように」


 彼女はそう言って、さっさと教室を出ていってしまった。

 説明不足だと思うのだが。


「やれやれ。では、余も行くとするか」


「陛下。お召し物はこちらでございます。更衣室にて、着替えることに致しましょう」


 イリアがそう言って、俺の戦闘着を差し出してくる。


「更衣室だと? そんなものは必要ない」


「えっと、それはどういう……?」


 イリアが首をかしげる。

 そう言えば、彼女には見せたことがなかったか。


「瞬間着脱(イレイド)」


 俺は魔法を発動する。

 一瞬の間に、服を着替える魔法だ。

 高速で手足を動かしているのではなく、転移魔法の一種である。


 今着ている服を異空間に収納し、その直後に異空間もしくは自身が認識した座標にある服を自身の体に着せるような形で転移させるのだ。

 つまり、一瞬とはいえ余はパンツ一丁になったことになる。


「す、すげえ……。いつの間に着替えたんだ?」


「早着替えの達人……。やっぱり、この”ミリオン”に来るような者は一味違うわね……!」


 周囲のクラスメイトたちが驚愕の表情を浮かべる。

 驚くところはそこか?

 あまりの早さに、魔法だと気づかれなかったようだ。


「さすがは陛下。転移魔法の一種ですか。そのような魔法がありましたとは……。ですが、乱用はお控えください。わたしの他、あの者たちも転移を捉えていたようです」


 イリスが顔を赤らめつつ、そう言う。

 彼女の視線は、フレアとシンカに向けられている。


「い、一瞬しか見えなかったけど……。すごく筋肉質な体だったわ……。私の憧れの”あの人”みたいに……」


 フレアが顔を赤くしてそう言う。

 余の転移魔法の速度に目が追いついたのか。

 さすが、首席入学者なだけはある。


「へえ……。やるね。僕も、一度お手合わせ願おうかな……」


 シンカが顔を赤らめてそう言う。

 なぜお前が顔を赤くする。

 俺に男色趣味はないぞ。


「それでは、わたしは更衣室で着替えてきますので……」


「まあ待て。余の配下に、そのような無駄な時間は取らせぬ。そこでジッとしていろ」


「え? ええっと……?」


「瞬間着脱(イレイド)」


 イリアが着ている服が異空間に収納され、刹那の後に戦闘着が転移してイリアに着せられる。

 彼女も一瞬とはいえ教室内で下着姿になったわけだが、問題あるまい。

 これを認識できたのは、余、フレア、シンカの3人ぐらいなものだろう。

 下着姿程度減るものでもなし。


「なっ。ななな……」


 イリアが顔を真っ赤にして、わなわな震えている。

 ははーん。

 さては、魔王たる余の直々の魔法の恩恵を受けて、感動しているわけか。

 可愛いところもあるではないか。


「イリアよ。かしこまる必要はないぞ。配下の世話を見てやるのも上位者の務め……」


「そ、そういうことではありません! 陛下のバカーー!!!」


 ドゴーン!

 イリアが、余の顎に強烈なアッパーを叩き込んできた。

 なかなか鋭い一撃だ。

 余が身体強化系の魔法を切っているとはいえ、余に一撃を入れるとはな。


「もう知りません!」


 ずんずん。

 イリアは肩を怒らせて校庭へ先に向かっていった。

 良かれと思ってやってやったのに、なぜだ。

 配下の心を掌握するのも、難しいものだ。

 肩をすくめる余を、フレアとシンカが何とも言えない表情で見ていた。

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