第3話 入学式前 ビンタ二つ

 余の名前はディノス=レアルノート。

 魔王として絶対なる力と権限を行使し、世界を征服した。

 そして、世界は平和になった。


 それはいいのだが、平和な世では余の影響力は薄れる。

 元老院のジジイどもが、世継ぎをつくれとうるさい。

 かつての余であれば力で黙らせることもできたが、今の情勢ではそのようなことをすれば臣下に不満が溜まってしまう。


 それに、やつらが言っていることも的外れというわけでもない。

 魔王たる余は、今後の治世を安定化させるために、後継を作っておかねばならぬのだ。


「ふむ……。ここが人魔合同高等学園”ミリオン”か」


「ええ。ディノス陛下が承認してくださったおかげで、設立できた高校です。平和の象徴ですね」


 余の付き人――イリス=ノイシェルがそう言う。

 余は魔王として、様々な施策を承認してきた。

 しかしもちろん、個々の事情をすべて把握しているわけではない。

 実際にここを訪れるのは初めてのことだ。


 配下の者たちの思いが詰まった学園である。

 感慨深い。

 余はしばし、校門前で佇む。


 そして――

 ドーン!!!

 何かが余にぶつかった。


 ここが戦場であれば、もちろんこんな無様は晒さない。

 常時魔力を展開して、周囲を警戒しているからな。


「うっ。いたた……」


 俺の頭上から声が聞こえる。

 声色からして、少女か。

 しかし――


「何奴だ。前が見えぬ」


 ふにゅっ。

 何やら、余の顔面に柔らかい感触がある。

 その柔らかい物体に余の視界は塞がれており、状況を把握できない。


 これが戦場であれば、すぐさま魔法を使用して状況の把握に努めるところだが。

 ここは平和なはずの学園だ。

 日常生活における魔法の使用は最低限にとどめ、のどかな学園生活を送るつもりである。


 余は眼前の物体を手で押しのけようとする。

 ふにゅっ、ふにゅっ。

 柔らかい感触だ。

 どこか、ずっと揉んでいたい感覚のような気もする。


 余はそのまま力を入れ、物体を押し込む。

 ようやく、視界が開けた。

 目の前には、顔を真っ赤にした少女がいる。

 髪も赤い。


「なっ。ななな……」


 少女が声を震わせてそうこぼす。


「ふむ。これは貴様の胸であったか。失礼した」


 俺は素直にそう謝罪する。

 年頃の少女の体に触れるのは、あまりよくないことだ。

 王たる者、己の過ちは認めるものである。

 それに、今の余は一介の学生であるしな。

 なおのこと、過ちは認めるべきであろう。


「失礼した、じゃないわよっ! それで済ますつもり!?」


 少女が真っ赤な顔でそう叫ぶ。


「これ以上何をせよと言うのだ。減るものでもなし、謝罪をすれば十分であろう」


 己の過ちを認めることに異はない。

 しかし、過剰な謝罪や補償要求に応じるつもりはない。


「なっ! ふざけんな! バカーー!!!」


 バチーン!

 盛大な音とともに、余は右頬に若干の痛みを感じた。

 少女からビンタをされたのだ。


「せっかく平和な世になったというのに、暴力だと? それは看過できぬな……」


「1人で言ってろ! 私はもう知らないっ!」


 少女は肩を怒らせて去っていった。


「いったい何だと言うのだ……」


「今のは陛下が悪いと思いますが……」


 イリスがそう口を挟む。

 彼女さえも相手の肩を持つのか。

 年頃の女の感情は理解し難いな。


 余がそんなことを考えているとき――

 ドーン!!!

 何かが余にぶつかった。

 またか。


「くっ。僕としたことが……」


 倒れた余の足の方から声が聞こえる。

 中性的な声だ。

 少年か、少女か。

 顔を見れば判別できるやもしれぬが――


「何事だ。前が見えぬ」


 何やら、余の顔面に不思議な感触がある。

 少し柔らかいが、先ほどの胸ほどではない。


「すー、はー。何やら独特な香りがするが……」


「ひゃんっ! くすぐったい!」


 余の足の方から、また声が聞こえた。

 そして、そこで俺の視界はようやく開けた。

 どうやら、少年とぶつかって転倒してしまっていたようだ。

 先ほどまで余の視界を塞いでいたのは、少年のズボンだ。


「ううっ。僕の大切なところの匂いを嗅がれた!」


 少年が顔を赤くしてそう言う。


「ふむ。申し訳無いが、余に男色の趣味はない」


「なっ!? 僕はおんn……」


「せめて、もっとモノを大きくしておかないと、オスとしての威厳に関わるぞ。そんな、あるのかないのかわからないモノではな」


 ポンッ。

 余は少年の股間部をそっと小突く。

 先ほどまで余の眼前に少年のモノがあったはずなのだが、まったく存在を感じなかった。

 これでは、女と番をつくることすらおぼつくまい。


「ひっ! お、覚えてろーー!!!」


 バチーン!

 盛大な音とともに、余は左頬に若干の痛みを感じた。

 少年からビンタをされたのだ。

 そして、彼は足早に去っていった。


「何だと言うのだ……。先が思いやられるな……」


 これで、少女と少年からそれぞれ右頬と左頬をビンタされてしまったことになる。


「今のも、陛下が悪いと思いますが……」


「ふん。まあいい。下々の者の蛮行など、多少な見逃してやろうではないか。余のリア充への道は、この程度では揺らがぬ! クアーハッハッハ!!!」


 気分が高揚してきた。

 入学式が楽しみなところだ。

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