第2話 余は断じて陰キャぼっちなどではない!

 ――魔界。

 魔王城にて、魔王が玉座に座っていた。


「クハハ! ついに、人族どもの領域を制圧したのだな?」


 魔王――ディノス=レアルノートがそう言う。

 彼は絶対的な魔力と身体能力により、魔界全土を支配していた。

 そして、先祖代々の悲願であった人族の領域の制圧にも成功したのである。


 とはいっても、彼が直接的に最前線に赴いたことは少ない。

 人族の最後の砦、最果ての町ノースウェリアの結界を砕いた程度である。

 そして、作戦の立案や指揮などにも直接的に関わったことはほとんどない。


「はっ! 全てはディノス陛下のおかげでございます。これで、この世界にも平和が訪れることでしょう」


 魔王の側近――イリス=ノイシェルがそう答える。

 彼女はまだ若いが、先祖代々魔王の側近を務めているのだ。


 魔王ディノスの役目は、その圧倒的な力により本拠地の守りを盤石にすることである。

 だれがどう小細工しようとも、魔王城が落ちることだけは絶対にない。

 そんな安心感から、前線で戦う兵たちは全力を出すことができるのだ。


 さらには、魔族内に反逆者を出さないことにも繋がっている。

 浅い考えで反逆して魔王に目をつけられれば、まず無事では済まない。


「クハハ! さあ、今日から祝祭だ! 酒と料理を用意せよ。吟遊詩人を呼べ、旅芸人に芸をさせろ! クアーハッハッハ!」


 ディノスがそう指示を出す。


「はっ! 承知致しました」


 イリスがそう返答する。


 その後、四天王や元老院の面々とも協議のもと、祝祭が開かれることになった。

 期間は1年。

 人族の領域を制圧し、もはや魔族に敵対勢力はいなくなった。

 人族との戦闘でもさほどの犠牲は出ていないし、後顧の憂いは少ない。


 魔族たちは1年間の祝祭を大いに楽しんだ。

 そして、いつの間にか制圧された側の人族たちも混じって楽しんでいた。

 制圧はされてしまったものの、過剰に弾圧されたり虐げられたりすることもなかったのである。


 そもそも魔族と人族の戦力差はあまりにも大きかった。

 幸か不幸か、人族はさほどの被害を出さないまま制圧されてしまっていたのだ。


「ひゃっふー!」


「いやっはー!」


 魔族、人族。

 老若男女を問わず、みんなが祝祭を楽しむ。


「魔族のお嬢さん。あなたに一目惚れしました。俺と付き合ってはくれませんか?」


「あらまあ! でも、人族と付き合うなんて、周りにバレたらなんと言われるか……」


「俺たちに立ちふさがる障害は、俺が取り除いてみせます!」


「うふふ。そこまで言われちゃ、仕方ないわね。よろしくねー」


 祝祭の熱気にあてられ、カップルも続々と誕生している。

 あまりの戦力差により被害もほとんどなかったので、怨嗟の感情もさほどないのである。


 みんながこの世の春を謳歌していた。

 ……ただ1人を除いて。


「クハハ! 愚民どもは、幸せを満喫しているようだな。大変結構!」


 魔王ディノスだ。

 彼はこの喧騒に混じってはいなかった。


「ディノス陛下。陛下も、そろそろ跡継ぎをつくられてはいかがでしょうか? 平和を勝ち取った今こそ、その好機かと愚行致しますが」


 側近イリスがそう言う。

 ディノスは、実はまだ15歳。

 魔界の義務教育で言えば、本来はまだ中学三年生である。


 ちなみに、イリスも15歳である。

 先祖代々魔王の側近である家系なので特例として働いているが、彼女も本来は中学三年生として学校に通っている年齢だ。


「クハハ! それも悪くはないな。しかし、余はそういうことに疎くてな……。強さに重きを置いていたせいだろうが」


 ディノスが先代から魔王の座を受け継いだのは、4年前。

 彼が11歳のときだ。

 それから4年間、最も多感な時期を魔王として過ごしてきた。

 彼が色恋沙汰に疎いのも、仕方がないといえるだろう。


「ああ、確かに……。ディノス陛下は、そういう話が一切ありませんもんね。恋人はおろか友人もいらっしゃいませんし。俗に言う、陰キャぼっちというやつでしょうか……」


 イリスがそう言う。

 ディノスは、良く言えば年齢の割に落ち着いている。

 悪く言えば、性格が暗い。


 さらに、彼は多くの時間を1人で過ごす。

 もちろん、彼の魔王という地位や、圧倒的な戦闘能力に起因するものなので、極端に恥ずべきことというわけでもないのだが……。


「な、なにぃ!? 陰キャぼっちだと! 余は断じて陰キャぼっちなどではない! リア充だ!」


 ディノスがそう叫ぶ。

 彼はあまり他者からの評価を気にしないタイプだが、さすがにこうまで言われて黙ってはいられない。


「しかし、現にお相手がいないようですが……」


「ぐぬぬ……。仕方がないだろう。魔王という地位では、出会いがないのだ」


 ディノスがそう言う。

 魔王が日頃接するのは、四天王や六武衆、それに元老院などの重鎮だ。

 重鎮だけあって、壮年の男性が多い。


 若い男性や壮年の女性もそこそこ程度には存在する。

 しかし、若い女性はほんの一握り。

 そんな一握りの女性には、しっかりとお相手がいたりする。

 彼の日常生活では、年頃の女性との出会いは望めない。


「では、不敬ながらもわたしが立候補致しましょうか?」


 イリスがそう言う。

 確かに、イリスとディノスは同年代だ。

 付き合いも長い。

 そういう仲になってもおかしくはない。


「ほう。貴様が俺の相手を?」


 ディノスが超速でイリスに接近する。

 左手でイリスの腰を抱き寄せ、右手でイリスの顎をクイッとする。

 2人の顔が近づいていく。

 イリスがぎゅっと目を閉じる。

 しかし、ディノスは途中で動きを止めた。


「クハハ! いや、貴様はやめておこう」


「な、なぜです? 私は構いませんが」


「体が震えておるぞ。おおかた、余の部下として気を遣ったのであろうが……。そのような気遣いは無用だ」


 ディノスがそう指摘する。

 確かに、イリスの体は震えていた。


 しかし、ディノスは誤解している。

 イリスの震えは、決して嫌がっているのではなく、密かな想い人に迫られてことによる緊張から発生しているものだったのだ。


「で、では、どうするというのです? 元老院たちも、懸念の声を上げていますよ。平和な世になった以上、彼らの声を完全に無視することはできません」


 戦時中であれば、絶対的な力を持つ魔王に意見できる者はいなかった。

 しかし、今は平和な世になりつつある。

 いかに最強の魔王とはいえ、臣下の声を完全に封殺するわけにはいかない。


「知れたこと。余は真の愛を手に入れるため、余の正体を知らぬ者と愛を育むことにする」


「ええっと。つまり……」


「新しく設立された人魔合同高等学園。あそこに来年度の新入生として入学する」


 人魔合同高等学園。

 人族と魔族の融和と平和の象徴として設立された学校である。

 現在は一期生が通っている。

 一年生は新入生、二年生と三年生も編入生を募った。

 ちゃんと三学年の学校として機能している。

 ディノスは、その学校の二期生として入学しようと言っているのだ。


「ディノス陛下が今さら学園に入学ですか? 学ぶことなどないと思うのですが……」


「クハハ! 言っただろう。これは、俺の真の伴侶を探すためのものだ。幸い平和になったことだし、しばらくは魔王の座は空席でも問題なかろう」


「そ、それはそうですが……。…………決心は固いようですね。わかりました。せめて、わたしもいっしょに入学致します!」


 イリスがそう言う。

 側近として魔王をサポートせねばという気持ちと、想い人の心を掴みたいという気持ち。

 それらから、彼女もいっしょに入学するという選択肢を選んだのである。


「ふむ? まあよかろう! 余のリア充計画を手伝わせてやる。余の未来は明るいぞ。クアーハッハッハ!!!」


 魔王城に、魔王ディノスの笑い声が響いた。

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