幕間3 おぼろげな物語
1 夢見たことを語るということ
夢で見たことを、誰かに伝えようと思ったことはあるだろうか。
少なくとも、俺にはなかった。……たった一度、ジジイに話そうとしたことを除いて。
他にも、幼いころにはあったかもしれないが、大きくなってから意図的にそのようなことをしようと考えたことは、記憶にある限りはない。
なぜなら、夢というものはどこかふんわりとしていて、つかみどころが無く、支離滅裂なものだからである。そんなものを説明しようとするのは非常に難しいし、聞き手が理解しようとするのは時間の無駄だ。
話題の種として振るくらいのことはするかもしれない。しかし、生真面目にその内容を分析し、相手と議論をしようなどとのたまう人間は多くはないだろう。それこそ、夢占いの専門家でもない限りは。
もちろん俺はそんな専門家ではないし、今後そうなろうという気もない。……第一、夢の内容をしっかりと語れるほど、俺は寝覚めが良くない。
しかし今は、あえてその夢を語ろうと思う。
なぜならば、これは夢とするにはあまりにも具体的で、現実とするにはあまりにもおぼろげな出来事だからだ。
夢とも現実とも取れない記憶が、俺の頭にこびりついて、どれだけ磨いてこすっても落ちてはくれない。脳に洗剤でも使えれば多少はスッキリするのだろうが、そんな機能が人体に実装されるのは、まだまだ未来の話だろう。
実現していない未来技術を元に話すのは、それこそ夢を語るよりもよっぽど娯楽的だ。……しかし、俺が求めているのは娯楽ではない。
こうして芽生えてしまった、記憶のしこりとでも言うべきものを、俺はどうにかして切除するか、自分の過去として取り込みたいのだ。そうして、スッキリしたいのだ。
それができなければ、ここ数日の寝覚めの悪さがしばらく続くのだろうと思うと、まったく嫌な気分になる。
夢ならば夢。現実ならば現実。
そういうジャッジがどこかで下されると期待して、俺はこの話をしよう思っている。
……さて。
何か物事を語り出すとき、一番に行うべきことは何だろうか。「むかしむかし、あるところに」というのは童話でお決まりの切り出し方だ。あれは良くできている。細かいことはさておき、こんな話があるんだよ、ということを端的に伝えられる。子どもたちにとって、細かな舞台背景や時代設定など些末なことだ。大切なのは、誰がいて、何が起こるかということ。
そうだな、ここは先人に倣って、童話的に話し始めることにしよう。
むかしむかし、あるところに。
次は何だったかな。……登場人物の描写か。
今回の話の場合、登場人物は二人。一人称の語り手、すなわち……「俺」あるいは「僕」と、もう一人の……何者か。二人は、じりじりと焼けつくような陽の下にいた。世界はぐるぐると目まぐるしく回っていて、心臓が弾けんばかりに大きく鳴っている。
……そう、ここから語るのはきっと、俺が体験したはずの物語。
夢と現実の狭間にある、おぼろげな物語。
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