第3話 奥之院和佳は亡霊を追う
1 こんな冒険は一度きり
世間に対して秘密(物質的なものに限る)を隠すにあたり、最も堅牢で、最も手軽な場所はどこか。
言うまでもなく、それは自室である。
部屋の鍵を閉めれば破り難い金庫となる。誰かを招き入れたとしても、自身が席を外さない限り立会人となることができる。秘密を隠しているポイントXに近付く不届き者がいようものなら、たちまち強制力を発揮できる。それが自室だ。
それでも部外者がその秘密を暴こうとするのであれば、法に利用するか、法に背くかしかない。
公的権力に訴えれば捜索を行うことは可能だろうし、不法に準ずれば鍵を破って侵入することもできるだろう。
……しかしたいていの場合、個人の持つ秘密に対してそのようなリスクを背負うなどということは起こらない。割に合わないからだ。
したがって、一般人が秘密を隠すのに最適な場所は、自室ということになる。
言い換えれば、この世で最も秘密が隠されている場所、それが自室なのだ。
あたしは今、その不可侵であるはずの領域に、足を踏み入れようとしていた。
……そう。そんな頑丈な金庫となり得る部屋も、万能という訳ではない。そうであるならば、誰もが簡単に秘密を隠し通すことができるからだ。
唯一の弱点、それは、同居人の侵入を拒めないということだ。
誰もが、隠していたはずのものが掃除をしに来た家族に見つけられ、机の上に置かれていた、もしくは隠し場所が変わっていたという経験を持っているのではないだろうか。
持っていないのであれば、それは家族に感謝すべきだ。
掃除機をかける。模様替えをする。ゴミが無いか確認する。荷物を置きに来る。頼みごとをされて探し物をする。脱ぎ捨てた衣服が置いていないか見に来る。
これらは例に過ぎないが、このすべてに対して、自室というものは何の抵抗力も持たない。
堅牢に守られていたはずの秘密は、家族にだけはあっさりと露見する。自分が不在の時、彼らが部屋に入ることを拒むものは何もないからだ。
あたしはスマホのライトを点けて、その暗い部屋を探索する。明かりは壁の時計を捉えた。
午前二時。……この家の誰もが寝ている時間だ。
この部屋の主である、あいつ――あのクソ兄貴は、先ほど車を出した。用が済んだので東京に戻るらしい。つまり、主人が不在。邪魔するものは何もない。調べ放題ということだ。
あたしはスマホを動かしながら、目的のものを探す。それが何かわかっていなければ苦労するだろうが、先ほど聞いた情報から大方の形状の予想は付いている。……おそらく、大学ノートだろう。
クソ兄貴の性格上「それ」を誰にも見つからない場所に隠すようなことはないはずだ。物事を隠したり、嘘を吐いたりということが苦手な人間であることは、他ならぬ妹であるあたしがよく知っている。
彼は機会があれば、それを遺族に返すだろう。だから、その時のために取り出しやすい場所に置いているはずなのだ。
机の上に並べられていたノートにスマホの光を当てていく。
表紙には丁寧に、数学―2、数学―3などと内容が記入してある。だから「それ」の表紙が目に入ったとき、あたしは確信した。
表紙に何も書かれていない、使い込まれたボロボロのノート。……腹立たしいことだが、兄貴は覚えようとしたことはすぐ覚えられるため、ノートをボロボロになるまで使い潰すことはないのだ。
……だからこのノートは、兄貴が使っていたものではない。
これこそが、あたしが探していたもの。そして、仮説を裏付けるもの。
中に書いてあることは、おおよそ想像がつく。
パラパラとめくって、中身をクソ兄貴が書いたものではないと結論付けられるのなら、自室に持ち帰って朝まで「その文言」を探し続ける心持ちだった。
しかし――手にしたノートに関して、そうする必要は無かった。
そのノートを開いたあたしの目に入ってきたのは、疑いようもなく、これが目的のノートであるという証。
そして――あたしの仮説を裏付けるかのような、あるいは見せつけるかのような、目的の文字の嵐。
四、二、〇、四、二、〇、四、二、〇、四、二、〇、四、二、〇。
四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇。
四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇、四二〇……。
言うならば、それは……狂気。
あたしが開いたノートは、初めのページから終わりのページまで「四百二十」という数字でびっちりと埋め尽くされていたのだ。
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