第11話 ナカノという先輩
「……」
「……」
気まずい。
家庭科準備室は静寂に包まれていた。目の前には初対面のナカノ先輩がいるが、その口は堅く閉ざされていた。かれこれ出会ってから10分は経っているだろうが、これまでに発した言葉はナカノの三文字だけである。
放課後になってすぐにワタベさんに連れられてここに来たが、その時はまだ誰もおらず、二人で座って待っていた。しばらくしてワタベさんが「花でも摘んでくるか」と言い残して出て行ったところすれ違いで入ってきたのが先輩だ。
俺はまだ散歩部というものの存在も活動内容もがわからない。そんな状態でこの寡黙な先輩と対面し、何を話せばよいか戸惑っていた。体験入部に来たということで自己紹介だけはしてみたが全く興味が無さそうだった。
椅子に腰かけ読書を嗜むその姿は、優雅さを感じられる。ここからでは黒く長い髪とブックカバーに包まれた本でその表情は読み取れないが、黒縁のメガネが知的な印象を深めている。前世はおそらく図書委員だろう。
しばらく彼女を観察していると家庭科室側の入り口から二つの人影が姿を現した。
「ちょっとあたしをどこに連れてくのよ!」
「ヤマダ、花摘んできたぞ」
そこにはいつもと変わらぬ飄々とした態度でいるワタベさんと、彼女に無理矢理に腕を組まされているリンドウがいた。二人がどのくらいの親密度なのかは知らないが、なんだかんだ文句を言いながらもリンドウがここに来ているのを見て、少なからず打ち解けているのがわかる。
二人は俺の両脇にそれぞれ座り、中の先輩と対面する形になった。
「両手に花だなヤマダ」
ワタベさんが花を摘んでくると言っていたのは、トイレに行くという隠語ではなく、美人を連れてくるという意味だったのか。何とも紛らわしい。
「それでこれから何が始まんのよ」
何の説明も受けていないリンドウはあたりを見渡しながら疑問を投げかける。
「ようこそ散歩部へ。私が部長の中野です」
ナカノ先輩は読んでいた本をテーブルに置き、口をパクパクさせている。その後ろへ移動したワタベさんが代わりに話す、眠りの小五郎システムが導入されていた。
「君たちにはこれから、散歩をしてもらう」
先輩はそのセリフの後にうんうんと頷いているが、それだと会話になっちゃうからちゃんと腹話術の人形役やってもらいたい。
「我々の活動は散歩をして、その時の出来事を三行にまとめるというものだ」
先輩が驚いた顔して振り返ってるけど本当にその説明であってるの?
「最悪一行でも良い」
先輩ほっとしてるじゃないか。もうどっちが部長なんだよ。
「ところでこの部活は全部で何人なのよ」
リンドウが質問しているがもうすでに入部するつもりなのか。
「現在は一人だ。恥ずかしがり屋で他の人に声をかけれないから部員が増やせずに廃部の危機に瀕している」
ワタベさんが自信満々に答えると、先輩はあからさまにうなだれた。この人喋らないけど意外と感情がわかりやすいな。
「五人にならないと部活として認められないから是非とも入部してほしい」
先輩は縋るような目つきで俺たちを見つめた。断るに断れない雰囲気もあるし、断る理由もとくには無いため入部するのは構わないが……。
「五人だとあと一人足りなくない?」
「モリシタでいいでしょ。どうせあいつ暇だから」
リンドウはそっけなく答えた。モリシタの扱い雑過ぎない?
兼部も可能ということなので問題は無さそうだが、普通の高校にも少人数の変な部活があるんだな。軽音部とかいますごい多いのに。
「部員増えると先輩がビビッて来なくなるから存在は秘密にしろよ」
ワタベさんからの注意に先輩は首をブンブンと縦に振った。今までどうやって生活してきたんだよナカノ先輩……。
この上なく自由なカノジョを見ていたいだけ くらんく @okclank
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