第9話 パフェという代償

「いい加減吐いたらどうだ」

「オラ、吐けオラ!」

「……」


 ついさっきも見たような光景である。違いと言えば取り調べを担当しているのがワタベさんではなくオトシのリンドウになっている点。


「なんでアンタがカナタの胸を揉んでるわけ!?」

「そうだそうだ!俺のカナタに手を出すな!」


 もう一つ違うのは俺がクロヒョウかどうかではなく、俺がモリシタの妹「カナタ」の胸を揉んだかどうかが事件の中心だという点だ。あとモリシタうるさい。


「揉んだんじゃありません!触った……いや、当たったんです!事故です!」


「そんな言い訳があたしに通用すると思ってるの?証言を頼むよカナタ」


 そう言われると、ドリンクバーでコップに入れたばかりのジンジャエールをストローで一息に飲み干したカナタは、その小さい口で語り始めた。


「最初は先輩が私のところに盗みに来たんすよ。それで触られたのは事故なんすけど、なかなか離してくれないし、まわりの人もアウトって言ってたっす」


 物は言いようである。


 盗塁したときにぶつかって、判定を待ってからアウトのコールが出た。それだけのことではあるが、まわりの熱量が大変なことになっている。


 リンドウは逮捕だ逮捕だと騒ぎ、モリシタは死刑だ死刑だと湧いている。カナタは困っている俺を見てニヤニヤと楽しげだ。そこで俺はワタベさんが小さく手を挙げているのに気付いた。ワタベさんは近づいてきて耳元で囁く。


「バナナパフェで弁護士になりますぜ」


 それはそれはゲスい声で話しかけてきたので、これは信用ならないなと思い、最後の頼みの綱であるアイウチに声をかけた。


「ヘルプミーアイウチー」


「結局ヤマダ君はクロヒョウだったの?」


 それ今もうどうでもいいだろアイウチ。


「はい。先輩がクロヒョウっすよ」


 あ、それ言っちゃうんだ。俺の黒歴史。


「ヤマダは『クロ』ね。そうだと思ったわ」


 そっちは『シロ』だよ。勘弁してくれ。


「ヤマダ、コロスベシ」


「すいません、バナナパフェ一つお願いします!」


「まいどありー」


 その後10分ほど膠着状態が続いた。原因は弁護士役を名乗り出たワタベさんである。報酬を受け取ってからでないと仕事をしないという流儀の弁護士らしい。そんなところにこだわるな。


 よくよく考えたらバイト中にワタベさんは何をやっているんだとは思ったが、本人曰く、他人の倍働いているから他人の倍休んでも良いらしい。なんか自由だな。俺もここで働こうか。


 テーブルの中央のバナナパフェを挟み、ヤマダ・ワタベ・アイウチの被告側席と、リンドウ・モリシタ・カナタの原告側席に分かれた。たぶん裁判官はアイウチだろう。話聞いてるか不安だけど。


 長い静寂を破ったのはバナナパフェを食べ終わったワタベさんだった。


「被告は全面的に罪を認め、反省の弁を述べているので情状酌量の余地があるとして減刑を求めます」


 お前バナナパフェ返せ。


「しょうがないんでジャンボパフェで勘弁してやるっすよ」


 いや、一日に3パフェ奢りは破産するって……。


「うーん、良かった。これにて閉廷!」






 俺の長い一日は、マイナス4840円だった。


「やっぱ人の金で食べるパフェが一番うまいっすね」


 

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