第7話 クロヒョウという犯人

「いい加減認めたらどうだ」

「……」


「ほら、カツ丼でも食え」

「……」


「安心しろ。これは奢りだ」

「……あの、ワタベさん?」


「やっとしゃべる気になったか」

「明太子パスタまだですか…?」

「まだ自供しないか」


 駅前のファミレス。午後一時を過ぎてランチに訪れた客もチラホラと席を後にするころ、店内の入り口から最も奥の角の席では高校生による取り調べが続いていた。


 被疑者である俺、ヤマダが「北中のクロヒョウ」と同一人物ではないかという嫌疑がかけられており、本人はそれを否認。ワタベ氏からの尋問に真っ向から対立する構図となっております。現場からは以上です。


「バイトで野球の大会運営の補助に行った時、球場を賑わせてたクロヒョウってやつにそっくりだ。お前がクロヒョウだろ。さっさと吐いて楽になれ。」


 そんなの推測に過ぎない、証拠を出せ。という言葉が口元まで出てきたが、これを口にするのはたいてい犯人なので堪えてそのまま飲み込んだ。このまま黙秘を貫いても埒が明かない。誰か助け船を出してくれ!アイウチ!


「僕も野球部だったからクロヒョウの噂は聞いてたよ。実際のところどうなの?気になるなー!」


 お前も興味を持ってどうする!助けてくれ、リンドウ!


「デザートはクレープにしようかな~!それともチーズケーキ?悩む~!」


 ちょっとはコッチに興味持って!もうお前しかいない、モリシタ!


「妹が近くまで来てるんだけど呼んでもいいかな?いいよね!」


 妹にしか興味ないのか!


 もうダメだ。こいつらは役に立たん。俺は目の前に出されたカツ丼を渋々口に運んだ。注文時点では明太子パスタの口になっていたが、ワタベさんが「お前が自供するまで注文は受けない」と言うもんだからオーダーできずに空腹が続いていたのだ。


「故郷のお袋さんが泣いてるぞ」


 まだ続いてたのか。確かに俺は中学時代に「北中のクロヒョウ」と恐れられていた。野球部で代走として足の速さを見せつけ、牽制での帰塁やヘッドスライディングでユニフォームを黒く汚す様からつけられた異名だ。


 当時はかっこいいと思って周囲に喧伝していたが、思い返すと恥ずかしい。他人に言われる分にはまだ良いけど自分で名乗っていたのが本当に恥ずかしい。すぐにでも忘れ去りたい。


「刑事さん、俺はそんな奴知らないって言ってるでしょ!」


 しらばっくれることにした。ワタベさんの記憶にあるだけで物的証拠は見つかってない。ならばこれが最善手。


「クロヒョウって聞いてなぜすぐに人名だと分かった?犯人だから知ってたんだろ!」


 ワタベさんは俺の胸倉を両手でつかみ、体を揺らしながら問い詰めている。学校ではクールだったワタベさんのふざけている姿を見て、「ファミレス来て良かった」と思う一方で、痛いところをつかれ、バレるんじゃないかという緊張感が漂っている。


「ワタベ君、私に任せなさい」

「あなたは…オトシのリンドウさん!?」

「君は少し下がっていなさい…」


 渋い声を出し、ベテラン刑事感を演出するリンドウは、ポケットに両手を入れたまま腰を曲げ、体を前に突き出して俺の耳元で囁いた。


「パフェ奢ってくれたらあんたの無罪を後押しするわ」


 賄賂。


 リンドウが提示したのは、自分への報酬と引き換えに俺の無実を証明するというものだった。警察もついにここまで堕ちたか。己の利益を追求し真実を捻じ曲げる。正義の味方が聞いて呆れるこの所業。俺はその場で立ち上がり声をあげた。


「すみません、いちごパフェ1つお願いします」

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