第6話 ファミレスという戦場

 結局俺はモリシタとリンドウ、そして教室を出る際にモリシタに声をかけられたアイウチの4人で昼食をとることにした。土地勘も碌に無いし、ましてやこれまで友人と外食することなどなかった俺は店舗選びに積極的になれずにいた。


「どこ行きたい?」


 アイウチからの他愛のない問いかけではあるが、この質問に軽々しく答えられるほど俺のレベルは高くない。そしてアイウチ、君は毎回さり気なく俺を追い詰める質問をするね。もしかして俺のこと嫌い?


 だがここで発言をしなければ今後の高校生活において発言権が与えられずに軽んじられ、学級内のカーストが下へ下へと落ちてしまうかもしれない。ここは存在感をアピールしつつ特定の場所を言わない作戦でいこう。


「ファミレスとかでいいんじゃないか?」


 完璧だ。ファミレスという選択肢を挙げつつも具体的な店舗を明言しないことで土地勘のなさをカバー。そして「いいんじゃないか?」と言うことで、他にも案が浮かんでるけど~、みたいな雰囲気を醸し出している。さあ、お前らはどうくる。


「じゃあ駅前のマスト行こうぜ。たしか春のフェアやってるし」

「あたしはドリア食べるって決めてるから」

「あそこのレアチーズケーキが美味しいんだよね」


「あ、うん…」


 なんだろう、要望は通ったけど負けた気がする。


 ひとまず俺たち4人は駅方向へと歩を進めた。頭数が偶数だったので道中は二列になって移動したが。もし奇数ならば余りが生まれ、二人と一人に分かれハブられる危険性がある。一緒に来てくれてありがとうアイウチ。大好き。


 駅前のファミレスを外から眺めると、平日だというのに八割ほどの席が埋まっていた。まあ満席じゃないだけありがたいというものだ。それにしてもこの騒々しさを新鮮に感じているあたり、俺の人生経験の乏しさが如実に表れている。


 アイウチを先頭に入口の扉を潜りぬける。俺はソワソワしながら周囲を見渡しているが、その姿を前方の三人には見られないよう細心の注意を払っていた。


「らっしゃっせー」


 ラーメン屋を彷彿とさせる挨拶が我々へと飛んできた。それはひどくぶっきらぼうだが、どこか聞き覚えのある声だった。


「何名様っすか?」

 

 声の主は先ほどまで教室にいた、ワタベさんだった。


「バイト先ってここだったのか」


 アイウチが指を立てて人数を伝えている後ろで率直な感想がこぼれた。バイトがあるからと食事の誘いを断られたが、結果的に同じ店にいるという一風変わったシチュエーションになっている。 


「奥のボックス席へどうぞー」


 入口すぐのカウンター前から店の角にある座席へと移動を促された。ワタベさんへ「ありがとう」と笑顔を振りまくモリシタの後ろをついていき、特に話すこともないので軽く会釈をしたところ、はっきりと目が合った。


「あ、ヤマダだ」


 彼女が俺の名前を呼んだとき、鼓動が少し早くなるのを感じた。多くの客と顔を合わせている中で、今日出会っただけの自分に気づいてくれた喜びと、名前を憶えてくれていた驚きで俺は少しだけ舞い上がっていた。顔が熱くなってくる。平静を装ってはいるが、彼女には気づかれているだろうか。


「ヤマダ、お前もしかして…」


 彼女がまじまじと見つめてくるので、恥ずかしさがこみ上げてきて思わず目を逸らした。鼓動がさらに早くなる。


 そうだ。俺ははじめて教室で会ったその時から君のことが…。



「クロヒョウじゃないか?」



 鼓動がもの凄く早くなった。熱さは寒気へと変わり、冷や汗すら滲み出ている。あまりに唐突な問いかけだったが俺を戦慄させるには十分だった。


「俺はそんな人知りません!!」


 即座に、明確に否定をしたがこれで彼女が納得してくれるだろうか。それは無かったことにしたい過去、いわゆる黒歴史というものだ。


 『北中のクロヒョウ』


 中学時代の俺の通り名だった。

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