第5話 リンドウという淑女

「40番ワタベです。趣味はバイトで特技は浪費、好きなアイスはパピコです」


「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」のリズムで紡がれた自己紹介は、隣の席の優等生ワタベさんのものである。それにしても浪費は特技に入るのだろうか甚だ疑問ではあるが、パピコが好きということは覚えておこう。


 全40人の自己紹介も終わったことで本日はめでたく解散になるのだが、このまま一人で帰るのも味気ない。高校生たるもの友人と帰りにファミレスで駄弁るものだと偉い人が言っていた気がする。これまでそういう機会が無かったから、ひとまず試しにモリシタでも誘ってみるか。


「なあ、モリシタ。帰りに飯…」

「よっしゃ行こうぜ!」


 言い切る前に返事をされると練習にならない気がするが、話が早いのは良いことだ。難易度イージーはクリア。次は難易度を少し上げてワタベさんを誘ってみよう。これまでに会話をしたのは早朝のやり取りだけ。分が悪い気もするがチャレンジしないことには始まらない。


「ワタベさん、この後どっかで昼…」

「自分バイトなんで」


 言い切る前に断られてしまうとダメージが多い気がするが、話が早くて助かる。難易度はベリーハードといったところか。もっとレベルを上げてチャレンジしよう。ワタベさんは荷物をまとめ早々に教室を後にした。仕方ないので男二人でむさ苦しく昼食をとることにしよう。もうラーメンでいいや。


「ちょっと!あたしは誘わないわけ!?」


 斜め前方からの僅かな怒気を含んだ甲高い声が俺の鼓膜を震わせた。予想だにしてなかった所から呼びかけられ、慌てて視線を向けるとそこにはポニーテールの少女が仁王立ちしていた。


「リンドウ、お前高校ではおしとやかにするって言ってなかったか?」


 モリシタは呆れた様子でリンドウと呼ばれるおよそ高校生には見えない小柄な彼女に言い放った。その素振りは以前から知り合いであったことを物語っている。


「今日一日ずーっと淑女に徹してたのに、誰からも声をかけられないのはおかしいわ!高校からは大人の女性になってモテモテになる予定だったのにどういうことなのモリシタ!」


 ああ、この子を見ていると俺の浅はかさが具現化したかのようでむず痒くなってくる。高校デビューからのモテモテ生活を夢見ていたのは俺だけじゃないんだという安心感と、周りから見ればこんな様子なんだなという何とも言えない恥ずかしさが湧き出してくる。いたたまれないとはこの事か。


「アンタもあたしに何か言うことがあるでしょ!」


 考察をしている最中にいきなり指をさされ、驚きのあまり困惑の声を漏らしてしまったが、彼女はジト目をこちらに向けて誘いの言葉を求め続けていた。


「こ、このあとお食事でも如何ですか…?」


 思わず敬語になってしまったが、彼女は気にする素振りもなく満足げな表情で、


「誘ってくれるなんて嬉しいな。一緒に行きましょ!」


と答えた。事前にこう答えようと決めていたのだろう。明らかにさっきまでの素の態度とは異なるキャラだった。


「だから言っただろ。高校デビューなんてしても中身は変わんないんだからいきなりモテモテとかは無理だって。考えが幼稚なんだよ」


 モリシタからリンドウへの鋭い指摘が、彼女を貫いた勢いそのままに俺への流れ弾となり、急所へ深々と突き刺さった。今日一日の行動一つ一つが走馬灯のように駆け巡る。結局はっきりと言われるのが一番ダメージを受けるようだ。


「な、ヤマダ」


 共感を求めるモリシタの言葉は、弾の入った拳銃を渡すようで、俺はそれを自身のこめかみに押し当てた。


「全くもってその通りだ…」



 

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