第4話 アイウチという先頭打者

 入学式が終わるとこの日の授業などはなく即時解散。などという淡い期待は裏切られ、教室内で軽いガイダンスと自己紹介の時間となった。名簿は五十音順で男子生徒が一巡すると女子生徒にバトンタッチするようだ。


「名簿番号1番、アイウチです。自分より名簿が早い人は見たことがありません」


 トップバッターを任された快活で短髪の男は物怖じせずに自己紹介を始めた。確かにその苗字ならば先頭を譲ることは難しいだろう。加えて先陣を切る経験値が高いのか妙に手馴れている。特につまずくことなく趣味や中学時代の部活などの情報を端的にまとめ上げた。学級委員長はこいつにしよう。


 その後の生徒達は右に倣えで同じような内容を語っていた。優秀なテンプレートがあるのだからあえて崩す必要もない。ただ没個性な自己紹介が続いたことで俺の集中力は激減し、3人目以降はほとんど記憶に残らなかった。


 さあ、ひとつ前のモリシタが終わって俺の出番。男子では名簿の最後だが、続いて女子の自己紹介もあるということで特にオチのようなものを期待されるでもない。ここはヌルっと終わらせてしまおう。


「名簿20番のヤマダです。趣味は散歩で、中学時代は野球部でした。よろしくお願いします。」


  無難オブ無難。これ以上ないほど簡潔した自己紹介だと自負している。しかしこの無駄のない自己紹介を是としない者が一人だけいた。


「ポジションはどこでしたか!?」


 名簿番号1番アイウチだ。こいつは覚えた。そういえばこいつも野球部と言っていたな。ただ非常に嫌な質問をしてくる。何気ない興味から出てくるよくある問いが俺の心にはチクリと突き刺さるのだ。


「ポジションは、代走でした…」

「あっ、ごめん」

「……」

「……」


 何とも言えない空気が流れたところで、担任が女子生徒へと自己紹介を促し、何とか俺は釈放された。ヤマダが「ドンマイ」と小さく声をかけてきたが、励ましの言葉すら空しさに変わるのだった。


 小学生の時は周りがやっていたからという理由だけで野球部に所属した。中学では惰性で入部したわけだが、当時の監督が楽しむことを念頭に置いた方針だったため部活も嫌いではなかった。

 

 しかし中学二年の春のことだ。部活の顧問が定年退職という理由で変わり、地区優勝を目指して厳しい練習を課す方針になった。その結果、朝練から居残り錬、休日の練習試合や遠征など、拘束時間が膨れ上がり、青春時代などというものは溶けて消えてしまったのだ。


 なぜか野球に真面目に取り組んでいないような、厳つい風貌の部員には彼女ができていたのだが、これは何かの間違いだろう。


 ところで野球の実力の方だが、自己分析では走攻守、三拍子揃った素晴らしい選手だったと思っている。ただ一つ誤算だったのは、俺の足が速すぎた点である。監督がどうしても代走で使いたいと思ってしまい、メインポジションが代走になったのだ。もはや陸上部と言っても過言ではなかった。


 ただ大事な場面でいくら活躍しても、代走はモテなかったのだ。

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