第3話 モリシタという友人
入学の日というのは心躍るものではあるが、入学式という格式ばった催しは高校生になったばかりの若造には退屈なものである。とはいえ概ね初対面の人間で構成された学級の列において、横にいる人間と雑談をするというのは難易度があまりにも高い。
もし自分が軽薄で社交的な人間であれば、この機を逃さず話しかけ、交友関係を広げることができるだろう。当然俺にはそんな度胸があるわけがない。それに加えて気軽に話しかけた相手が町一番のワルだったらとか、だれもが恐れる変態だったらとか、余計な心配が先に立ち俺の行動を妨げるのだ。
実際のところ、この学校の入学試験は比較的難しいため、あからさまな不良生徒が入学するということは無いだろう。俺自身も知り合いのいない高校に入学するために分不相応な場所を選んでおり、まわりの大人からは志望校の変更を幾度となく勧められた。それでも猛勉強の末に何とかギリギリ合格に至ったのだから、人間やればできるということだ。
さて、暇を持て余してきたころに新入生代表の挨拶が始まった。壇上には見覚えのある人影。先刻の天ぷら少女だ。そこで俺の頭の中にあった疑問が点と点で繋がった。
おそらく彼女は入学式の新入生代表として壇上で挨拶をするために、事前に教員と打ち合わせを行うべく早朝に登校していたのだ。それにしても早いとは思うが、格好つけるためだけに急いで登校した俺と比べれば天と地ほどの差はあるだろう。
さらに付け加えるならば、 代表挨拶に選ばれる人間は入試の成績優秀者であるため、彼女の教養の高さが伺える。血反吐を吐いて最底辺で入学した俺との差は歴然だ。きっと教室で天ぷらを食ってたのも俺には想像もつかないほどの理由があるのだろう。
そうして自虐的な気分に浸っていると、前列の男子生徒が振り向きざまに話しかけてきた。見るからに軽薄そうな男だった。
「おいヤマダ、ワタベさんが挨拶してるぞ!才色兼備かよ!?」
彼女はワタベというらしい。そして日常会話で重要情報を提供してくる、ギャルゲーの親友ポジションのこの男はモリシタ。教室で机に突っ伏している人間に容赦なく話しかけてくる暴力的なまでのコミュ力を持っている。
「おーい、本をめくらない学者かー?」
時は遡り始業前。これが寝たふりをしている俺への第一声だったわけで、察するにニーチェの言葉を引用しているんだろうが、3ページの読了が限界だった俺にはこの男の発言を理解することができなかった。
視線を上げるとにこやかな笑顔をこちらに向けるチャラさ溢れるイケメンがいた。絶対こいつはサッカー部かバスケ部だ。マネージャーと付き合ってお揃いのアクセサリーとか付けてるタイプ。100パーセント偏見だが。
「どこ住んでんの?」「部活は?」「バイトは?」
「イヌ派?ネコ派?」「好きな子いる?」「誕生日は?」
「ボクサー派?トランクス派?」「目玉焼きには?」「酢豚にパインは?」
その後はモリシタのペースに飲みこまれたまま、あれよあれよという間に話が弾み、栄えある友人第一号となったのだ。話してみると意外とまじめなイイ奴で、高校では部活動はせずにアルバイトに取り組むらしい。
「バイト代で妹に服を買ってあげるんだ」
「いい兄貴だな」
「世界で一番かわいいウチの妹にメイド服を着せてたくさん写真を撮りたい」
前言撤回、だれもが恐れる変態だった。友人第一号の称号を剥奪。
そして今に至る。
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