第2話 ヤマダという男
時刻は午前六時。格好つけるためだけに哲学書を購入し、いつもはしない早起きをして教室でスタンバイする予定だったが、教室で天ぷらを頬張る美少女と出会ってしまった。これではプランは台無しだ。どうなるヤマダ!どうするヤマダ!
などと思考を飛ばしていると教室の対極にいる彼女と目が合った。合ってしまった。これまで部活ばかりで女子生徒と碌に話をしたことがなかったために、このような時にどうすればいいのかと頭の中が高速回転している。
高校ではモテモテになると意気込んではいたものの、実際のところは会話すらままならないのが現実だ。緊張と不安で、彼女の黒く澄んだ目に吸い込まれそうになる。頭の中では思考の宇宙が広がり続けているが、いまだに解決策は見いだせていない。
そんな中で、彼女は山菜の天ぷらを手元に隠しながら口を開いた。
「あげないよ」
固まった俺の視線が、物欲しそうに天ぷらを眺めているように見えたのだろう。勿論そんな卑しい気持ちはなかったがこれはチャンスだ。会話の糸口を向こうから差し出してきたのだからこれに乗るほかに手はない。早く返答しなければ。
「揚げ物なのに?」
世界が停止したように風が止んだ。
失敗した失敗した失敗した!何を言っているんだ俺は!咄嗟に口から言葉が飛び出してしまった。このままでは良くない。貴重な会話が止まってしまいそうだ。何とか警察の逆探知のように会話を引き延ばさなければ。
「どうして天ぷらを食べてるんだ?」
「春だから」
「そ、そっか」
逆探知には失敗した。この後犯人からの連絡はなかった。
その後の俺は、自分の座席でニーチェの言葉を眺めたが、やっぱりわからなかったので、本を枕にして始業時間まで眠った。隣からはサクサクという音と、香ばしい香りが漂っていた。
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