恵令奈

恵令奈 -01


「そんな……っ!あんな機動、パイロットの身体がもつわけ……ないっ」


 普通のFAV乗り・・・・・・・なら開始から15分ずっとあんな無茶な機動していたら、内臓が音を上げて戦速が落ちる。普通の人間が乗っているなら、だけど。対戦相手の情報は収集できていたはずだった。速度にものを言わせて、死角から急接近する機動をしてくる、ということは研究して解っていた。その研究で見ていた動画はこれほどの長時間戦っていなかった。10分程度で決着をつけていた紅刃こうじん……尊史の対戦相手は、15分以上トップスピードを保ったまま試合している。

 FAVは操縦したことはないけれど、それでも戦闘用のAVは何度か乗っている。だからわかる。

 

 あんな速度で機動力を維持することは人間の範疇を超えている。

 

 トップランカーとの境目にある尊史と、尊史が休養していた期間にランキングを登り詰めてきたリュートという今回の対戦者。おそらく、尊史も同じ結論に至っていると思う。あのパイロット、おそらく強化手術の被験者だ。何かの理由で被験者となり、耐G体質を獲得したのだろう。そんな私の焦りをよそに、試合はさらに展開していく。

 

『おーっ!ここで紅刃がバズーカを射込む!が、シュラーゲヴェルクは難なくかわ……せず被弾!』


 尊史が打ち込んだ3発のバズーカ弾のうち、一発が空中で回避機動を取っていたシュラーゲヴェルクの左前腕を吹き飛ばす。尊史がここまで今の機体でこれたのは、彼が持つ偏差射撃スキルの高さが一つの要因だ。弾数は限られるものの、一撃当てることが出来れば中装甲クラスの前腕部を吹き飛ばすくらいの威力が出る。また、バズーカを使っている理由は高威力なだけでは無い。今回搭載している弾頭は、被弾すればその場所で爆風が起こるタイプだった。つまり、その爆風によって被弾した部位以外にも少なくないダメージが入る。

 ライブモニターに映し出される対戦している2機のステータス。シュラーゲヴェルクの状況を見ると、目視できた左前腕部の大破と、その余波を喰らったのだろう背部武器の動作不良が認められる。また、左側のメインブースターも中破という状況をモニターに表示していた。


『シュラーゲヴェルク、手痛い被弾で形勢がひっくり返るか!怯んだように見えるシュラーゲヴェルクに紅刃は畳みかけていかず、中堅クラスらしい慎重な試合運びだぁ!』


 紅刃はそのまま真っ向から吶喊するような動きはしない。尊史はこういう時、選択肢はいくらでもあるが、不用意に近づく真似だけはしない。また、相手の手の内は完全に出し切ってないと感じたのかもしれない。相手が手札を全部出せないよう、封じ込めて潰す。それが彼の、そして私たちのやり方だ。

 だからこそ、対戦相手の情報は丁寧に収集する。今回は収集した動画が試合時間が短く終わっているモノしか存在しなかった。だからこそ、15分以上の時間をかけてでも試合運びを展開したかったのだ。強化手術を受けている相手と対戦するのは今回が初めてではないが、どのような強化をされているかが判らない以上、拙速に終わらせることも選択できない。

 

 シュラーゲヴェルクは残った武装で紅刃を攻撃するが、突然落ちた自機の戦速に惑わされ、撃った弾丸はことごとく躱されていく。機体のアラートなどがあるのだろう、時間を追うごとに動きから焦りを見せ始めた。

 

『おーっとここでシュラーゲヴェルクが強攻策に出る!なんと中量二足の機体でありながら、背部キャノンを空中で構え始めてぇーーーーっ撃ったああああああああああっ!こ、これはっやはり強化人間だったのかー!』

『まあ、あの戦速を開幕から続けてましたからね。パイロット側の強化が無いと無理でしょ』


 しらじらしくアナウンスが入る。そして、これで相手が強化人間だと確定した。空中で砲撃出来ることが強化人間である証左にはならないらしいが、共通規格として中量級よりも軽い2足歩行系の脚部の場合、射撃体勢を取らせる仕組みがすべてのFAVコントロールユニットに搭載されている。そこには開発に携わる人間でなければ操作できないようなプロテクトがかかっているらしい。どういう手術を施すかは知らないけど、文字通り自分の手足のようにFAVを操れるように、コントロールユニットと同じことを脳にさせることが出来るようになる。その結果、接地した射撃体勢が必要であるはずの背部キャノン武装を発砲できるようになるらしい。


『紅刃は慌てて回避機動を取ったが、オブジェクトに着弾したグレネードの破片は容赦なく紅い機体に降り注いでダメージを負わせるぅ!』

『重装ですので軽微ですけど、当たり所良かったんですね。ピンピンしてます』


 実況と解説が野暮ったい感じに試合展開をアナウンスしていく。紅刃の被弾は軽微。どこにも以上は今のところない。半ば自棄になったのかシュラーゲヴェルクは紅刃がいる近辺を砲撃してくるが、正確に相手の機体をとらえきれていない。対する紅刃は、オブジェクトの陰を移動しつつ爆風からのダメージを最小限に抑え、中空にいる敵を睨んで隙を窺っていた。

 

『さあシュラーゲヴェルクは一旦着地、ここから巻き返しを図りたいところだが、今のが少々無茶だったのか、何やら挙動がおかしいぞっ』

『全周囲から射線が通る位置から動きませんねぇ。』

『おーーっと!!紅刃が銃口を下げているーっ!様子をうかがっているにしても油断が過ぎるぞーっ!』


 シュラーゲヴェルクの挙動が確かにおかしくなっており、今回の試合フィールドの中でも開けた場所に着地してから大きく動かなかった。まるで反復横跳びのような挙動を見せながら、頭部が左右にせわしなく動いている。何やら痛みを訴えているようにも見える。どうなるかが見えないその機体を注視し始めたところに、突然、シュラーゲヴェルクのブースターが火を噴く。

 本来なら自動的に姿勢制御が働き、上体は常に進行方向正面に向けられるはずだが、この時、シュラーゲヴェルクはきりもみしながら斜め上方へブーストジャンプを繰り出す。何も居ないはずの方向へ飛び出したのだ。先ほど中破したため、左右で噴射されるガスの様子が違って見える。これが原因できりもみしているのかもしれない。

 

『ここでシュラーゲヴェルクが回転しながらブーストぉっ!』

『あの回転はちょっと普通じゃないですねえ。暴走でしょうか』


 紅刃はというと、シュラーゲヴェルクとは違い何らかの感情の機微も見せてはいないながら、その場で方向転換し、敵の姿を追う。あの紅い機体にはレーダーが搭載されているので、振り向かずとも問題ないはずだけど、尊史は敵機体が飛んで行った方向に向き直った。


『ん?おーっと!シュラーゲヴェルクのブーストが消えている!きりもみ回転はそのままだぞっあっ』

『ぶつかりますね。対応できない……あー、これは大破ですねえ。パイロットのバイタルは確認できるみたいですが、試合終了です』


 相手の自滅による試合終了。

 なんとも微妙な空気を漂わせ、事前調査に大きなミスを犯した試合は終わった。


 そして、ここから私と尊史は思いもよらない事件に巻き込まれることになる。

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