5-4 狩人の枷と希望

「私たちが好き好んで戦っていると思っているのか? 好き好んでプレッシャーに耐えていると? 見たこともない他人の為に戦う博愛精神の持ち主だとでも思っているのか? そんなわけがないだろう。私たちは獣の血を引いていようと人間だ! 死の恐怖に使命へのプレッシャーに押しつぶされて何が悪い! 逃げ出したいと思って何が悪いんだ!」


 慶鷲が叫ぶ。もはや誠に言っているのか分からない。溜め込んだものをただ吐き出すその姿と言葉を鷹文は否定できなかった。鷹文だけじゃない。誠だって隼だって、結界の外で戦っている雀と小鳥だって同じだろう。

 皆が思っている。なんで自分たちが戦わなければいけないのかと。それでも自分たちしかいないと知っているから歯を食いしばって戦っている。それは義務感であり自主的な感情とは言い難い。


「お前ら守人は私たちを支える従者じゃない。枷だ! 私たちが逃げないように、私たちが使命を忘れないように、側でずっと監視して現実を見せつける! 私たちを救ってはくれないというのに!」


 慶鷲は誠を睨み付けた。誠は一歩後ずさり、その手からクナイがこぼれ落ちる。誠には慶鷲の顔が透子と重なって見えたのかもしれない。

 隼の顔をみれば蒼白だった。自分が言われたわけでもないのに怯えた顔で震えている。その姿を見て鷹文はため息をついた。ただでさえ臆病で自信がない我が守人にこれ以上いらぬプレシャーをかけないでくれと思いながら。


「そういうわりには慶鷲さん、トビ丸さんを庇ってるじゃないですか。今回の件、トビ丸さんには一切伝えてないんでしょ」


 鷹文の根拠もない発言に慶鷲は動揺して見せた。

 慶鷲の守人であるトビ丸は腹芸が得意なタイプではない。慶鷲は穏やかに笑いながら腹の底では色々と考えているタイプだが、トビ丸は思ったことはすぐに口に出してしまうタイプだ。考えすぎる傾向がある慶鷲とは真逆といえる。

 

 そういう狩人と守人は多い。鷹文だって自分とは真逆の自信がなくて気弱で、小さな事ですぐにウジウジ悩む面倒くさい守人を選んでいる。

 これは本能。自分にないものを、自分に必要だと思うものを持つ相手を選ぶ。考えすぎる慶鷲は考えないトビ丸を、自信家故に足下をすくわれがちな鷹文は自信がないから慎重派の隼を選んだ。

 

 枷と言われればそうなのだろう。鷹文だってこんな家出て行ってやると思ったことがある。そんな時、真っ先に浮かぶのは隼の姿。臆病者が飛び出した自分についてこられるのか。置いていけるのか。そんなことを考えたが最後、鷹文は五家にとどまることを選んでしまう。

 けれどそれは枷というにはあまりにも弱く、もろい。なぜなら本気であれば振り切ることも一緒に飛び出すことも出来るのだ。

 

「年下苛めるなんて大人げないですよ。ちゃっかり自分の守人は護ってるくせに、よその守人に文句いうなんて。慶鷲さんならトビ丸さんの裏をかいて逃げるくらい簡単だったでしょ。今回だってトビ丸さんに全くバレずに実行したわけですし」


 肩をすくめる鷹文に慶鷲はなにも言い返さない。先ほどまでの激高が嘘みたいに瞳は揺れていた。


 鷹文にはトビ丸が今回の件に関わっていないという確信がある。慶鷲ならともかくトビ丸がこんな大がかりな作戦を隠し通せるはずがない。そして今日、トビ丸は慶鷲を探していた。用事があるから自室で少し待っていて欲しいと慶鷲に言われていたのだという。というのにいつまでたっても慶鷲が現れず、連絡も取れないために雀に電話してきたのだ。

 

 慶鷲がわざわざトビ丸を自室にいるようにいったのはこの件に巻き込まないためだろう。共犯ではないと示すためであり、ケガレの猛攻から護るためである。トビ丸は現状、夜鳴市において一番安全な本邸で捕らえられているはずだ。


「守人は枷だといいながらトビ丸さんは護るし、トビ丸さんを安全な場所に置いておきながらケガレは大量発生させるし。切羽詰まったにしても行動が支離滅裂すぎませんか」


 鷹文はそう言いながらため息をついた。慶鷲はもっと賢い大人だと思っていたのでがっかりだ。能力はあるが破天荒な生悟や道永が絡むとおかしくなる雀と違い、落ち着いた常識人だと思っていた。蓋を開けてみれば自分と同じく優等生の仮面を被ったガキだったらしい。


「事態が落ち着いたらとことん追求されるでしょうから、優しい僕はこれくらいにしてあげます。あっでも、むかつくので一発殴らせてくださいね」


 大人に好かれるために作り上げた笑顔を浮かべるが、慶鷲は鷹文を見ていなかった。それにまたイラついて、鷹文は慶鷲に背を向ける。向けようとした。


「本当に落ち着くと思うのか。この状況から」


 ぼそりと呟かれた言葉は疲れ切っていた。その瞳には絶望が見える。それは捕まったことに対してではなく、狩人として戦ってきたからこそ分かる、現状を収めることへの困難さに対するものだ。そう同じ狩人である鷹文には分かってしまった。


「なんとかなるでしょ。生悟さんがいるし。日頃天才、天才ってちやほやされてるんだから、今日こそ天才として大活躍してもらわないと」

「生悟くんならやるだろうな。彼はそういう風に育てられたから。情を捨て透子を殺すだろう」


 黙り込んでいた誠が息をのむ気配がした。けれど鷹文は誠の顔をみることが出来なかった。誠から視線をそらすように隼を見れば、泣きそうな顔で下を向いていた。透子とは同い年。狩人と守人という違いはあれど、ケガレを浄化するという使命を背負った同期である。


「それで今日は収まる。けれど、明日は? ただでさえ少ない猫狩を失って、緊急事態とはいえ鳥狩が猫狩を殺して、今までのように五家の関係が成り立つと思うかい?」


 教師のように問いかけつつも慶鷲の声には覇気がない。力ない笑みは人生に疲れ切った年寄りのようで、一気に老け込んだように見える。


「五家の関係はすでに崩れかけている。協力して今日を乗り切れるかも分からない。乗り切ったとしても明日以降、協力出来るかも分からない。すべて終わりだ」


 ハハと乾いた声を上げて慶鷲が笑った。五家を終わらせることが慶鷲の望みだったとすれば見事に目標は達成したというのに、その笑みはどこまでも空虚だ。悪役をするなら悪役らしく笑ってくれれば良いのにと、ここまで来ても人の良さを捨てきれない慶鷲の姿に怒りがわく。ここまで慶鷲が追い詰められていることに気づかなかった自分にも。


『五家筆頭から告ぐ』


 そのとき、耳につけた通信機から生悟の声が響いた。誠も隼も同時に通信に意識を向ける。慶鷲の通信機はすでに没収しているが、慶鷲も三人の反応から何らかの動きがあったと悟ったようだ。じっとこちらを見る慶鷲の顔はこちらの様子をうかがうものの他人事で、それに苛立った鷹文は通信機を耳から外すとスマートフォンを取り出し、音量を最大にした。


『これより透子救出作戦を決行する』

「は?」


 慶鷲が信じられないという顔をする。正直にいえば鷹文も同じ気持ちだ。この絶望的な状況で透子を救おうとするなんて、生悟までとち狂ったのかと鷹文は舌打ちしそうになる。


『本日の主役は金眼の猫、久遠! 弱点が見える異能を使って、透子からケガレを引き離す。一か八かの一発勝負。めちゃくちゃ分の悪い賭けだが、人生賭けなきゃいけないときもあるよな』


 音声だけだが生悟が見慣れた笑顔を浮かべたのが分かった。


『というわけで、総員サポートよろしく! 結界外はとにかく狩りまくれ。結界内は久遠が透子の元まで行く道を作れ。後は俺がなんとかする。五家の今後がかかったスペシャルミッションだ。全員死ぬ気でやれよ! でもうっかり死ぬなよ。死体回収面倒だから』

「うわぁ、無茶ぶりにもほどがある……」


 結界の外でケガレと戦っていた雀の「生悟あとでぶん殴る!」という声が響いた。鷹文も全く同じ気持ちなので、ミッション成功の暁には一緒に殴りに行こうと思う。

 

 誠に視線を向ければ今にも泣き出しそうな顔をしていた。主人が生きていると健気に信じていたが、絶望的なことも、こうなった以上今後の被害を広げないために殺されることも誠は分かっていたのだ。震える小さな声が「久遠様、感謝いたします」と呟いた。


「彼は、久遠は今日が初陣だろ……生悟は何を考えているんだ」

 慶鷲が呆然と呟いた。その姿に鷹文は少しだけ胸がすっとする。


「慶鷲さん忘れたんですか? 我らが筆頭様は情のない鬼野郎ですよ」

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