最終話 迷子の猫は家を見つける

5-1 対策会議と責任

 寝静まった民家の上を透子と誠は移動していく。異能で翼を生やした慶鷲は透子たちの前をゆっくりと飛んでいた。透子たちが見失わないようにという配慮らしく、翼の羽ばたきはやけに遅い。


「慶鷲さん、気になるものとは一体なんですか?」

「見ていただいた方が早いと思います」


 透子の問いに顔だけ振り返った慶鷲が答える。その返答に透子は仮面の下で眉を寄せた。


 三十間近の慶鷲は透子よりも経験豊富な狩人である。そんな慶鷲が見たこともなく、他家の狩人にわざわざ確認を頼むものとはなんだろう。いくら考えてみても透子には答えが見つからず、進むにつれて不安がます。

 自分の手に負えないものであったらどうしよう。どうにも出来なかったら失望されるのではないか。やはり黄色は使えないと思われるのでは。


 そんな不安と恐怖が後から後から湧き上がってくる。慶鷲に直接そう言われたわけでも、冷たい視線を向けられたわけでもないのに。


 視界がグラグラと揺れる。自分がどこに向かっているのか分からなくなる。限界が近いことはとっくに気づいていた。それでももう一日、もう一日と引き伸ばしていたものが本当にどうにもならなくなってきた。

 それでも他家の狩人がいる状態で無様な姿を見せるわけにはいかないと透子は奥歯を噛みしめる。ギリッと鈍い音がする。噛み締め過ぎて奥歯が痛いが、その痛みがなんとか思考をつなぎとめてくれているような気がした。


 そんなとき、ふと嫌な感覚を覚える。ぼんやりと慶鷲の背中を見ていた透子は目を見開き、慶鷲が進む方向を凝視した。屋根を踏みしめ、一歩飛ぶごとに嫌な感覚が大きくなる。ぞわぞわと体にまとわりつくような悪寒に透子はゾッとし、足に力を込めると慶鷲を追い越した。


「透子様!?」


 驚いた誠の声が聞こえたがそれにも構わずに足に力を込める。霊術で足元に足場を作り、出来るだけ早く、遠くへ飛ぶ。早く、早くと焦る。それが近づくにつれて、気持ちの悪い感覚が大きくなり、額に脂汗が滲んだ。


「なんだこれは!」


 そこにたどり着いたとき、透子は思わず叫んでいた。木々に囲まれ、民家から離れた一画。用がなければ立ち寄らないような場所に大きな穴がある。その穴の中に何十、何百のケガレがひしめき合っていた。

 

 なぜ、こんな数を今まで見逃していたのか。焦りながら周囲を見渡した透子は穴を囲むように石が置かれていることに気づく。ケガレがこの穴から出ないということは結界石なのだろう。その石には見慣れない呪符が貼ってあり、これによりケガレの気配が外にもれないように隠蔽していたと考えられる。


 鳥喰はケガレの探知が苦手だ。だからこそ数の多さでカバーしていることも、鳥狩ごとに領土を分けて巡回していることも知っている。つまり、探知が苦手な鳥狩は自分の管轄外に大量のケガレがいても気づけない。


 気になる。そんなレベルではない。これは誰かが意図的に行ったとしか思えない。それを行えるとしたら……。


 ドンッという衝撃の後、体が浮いた。穴の中、落ちてくる透子に気づいて大きく口を開くケガレの姿が見える。空中で振り返った透子の目に透子を見下ろす慶鷲の姿が映った。その後ろにはこちらに向かって駆け寄る誠の姿。


「透子様!!」


 悲痛な声が聞こえる。逃げなければと思う。足場を作って、飛び上がればギリギリ助かるかもしれない。それなのに、透子の体は鉛のように動かない。

 穴の奥からケガレが呼んでいる。もういいじゃないか。楽になれ。もう苦しまなくて良い。


 黄色なんて最初から誰も求めていないんだから。


「透子ちゃん!!」

 懐かしい呼び声が聞こえたのを最後に透子の意識は闇に飲まれた。



※※※



 五家は緊急に備え、市内にいくつかの拠点を有している。その一つ、ケガレが溢れ出た現場に一番近い廃ビルに久遠と五家の筆頭たちが集結していた。

 普段は使われていないらしく埃っぽいビルの中には夜鳴市をうつしたモニターが配置され、それぞれの家の狩人と追人の位置を示した赤い丸がリアルタイムで移動していた。

 これは狩りのときに所持が義務付けられるスマートフォンのGPSを利用したもので、赤丸はケガレの発生源である鳥喰領土に集まりつつあった。


 現場と思われる鳥喰家の領土には赤い丸が七つ。透子を示す赤丸は大量にケガレが見つかった地点から動かない。


 拠点の中では慌ただしく人が動いている。先ほどから通信機が鳴り止まず、四、五人の追人がひっきりなしに通話し続けている。

 そんな状況下でモニターを見つめて難しい顔をしているのは、今日の筆頭会議で出会った各家の筆頭である。緊急事態として召集された彼らだが道永の姿はない。目の見えない道永が夜中にここまで来るのは難しいうえ、猫ノ目の領土も急に増えたケガレの対応に追われていると聞いた。


 ケガレは仲間の存在を認識すると増殖する。今までは狭い穴の中に押し込められ、外のケガレたちは仲間が居ることに気づいていなかった。それが穴からあふれた今、急速に増殖し始めている。元々は鳥喰家、隣の猫ノ目だけだったが、今や夜鳴市全体でケガレの発生速度が上がっていると悲鳴混じりの報告が届いていた。


「なんで気づかなかったの」


 犬追の狩装束、黒い軍服に身を包んだルリが固い口調で詰問する。それに対して生悟はルリと視線を合わせて告げた。


「俺の責任だ。事態収束後、しかるべき処罰を受ける」

 

 いつもよりも低く抑揚のない声で答える生悟にルリはため息をつく。ここで責任問題を問うてもどうにもならないと分かっているが、一言もの申したかったらしい。


「現場には雀さんと鷹文が急行した。出てきたケガレをなるべく減らそうとしているみたいだが、何しろ数も多いし、増殖スピードも速い。穴に落ちた透子が餌になってるのは間違いない」


 餌という言葉に久遠は手を握りしめた。

 霊力を持つ人間はケガレに対抗出来る存在であると同時にケガレにとって貴重な食料である。普通の人間よりも霊力を持った人間に取り憑いた方がケガレは早く、強く成長出来るのだ。透子が穴に落ちたと思われる時間、結界を破るほどにケガレが増殖したのも透子に取り憑いて急速に力をつけたからだと推測される。


「慶鷲の身柄は確保していると連絡が入った。現場で暴れられても困る。すぐに鳥喰に連れてくるように人をやった。守人のトビ丸は知らなかったと主張しているが、現状は確認する時間も惜しい。二人別々に監禁する」


 監禁という日常において聞くことのない単語に久遠は震えるが、他の筆頭たちは同意というように頷いた。ひりついた空気はここが戦場のまっただ中なのだと久遠に訴えかける。


「狐守にはこれ以上ケガレが他の領土に出ないよう結界を張って貰いたい」

「すでに準備は出来ております」


 生悟の願いに桜子はすぐさま応じる。モニターを見れば赤丸が現場に向かって移動しているのが見えた。


「犬は結界内、蛇は結界外を担当してもらいたい。数が足りないようなら連絡してくれ。人員を割り振る」

 ルリと美姫が頷いた。


「鳥は狩人不足の猫ノ目に三人、結界内に四人、蛇に二人預ける。俺も含めてこき使ってくれ」

「猫ノ目は今指揮をとれる人がいないわよね?」

「道永さんからこっちは別件で手が回らないからお任せしたいと連絡が来た」

「この状況で別件?」

「慶鷲だけで計画を立てたとは思えない」


 生悟の説明は言葉足らずとも言えたがルリは共犯者がいる可能性に至ったらしい。口元が引き結ばれる。


「あんたが猫ノ目と急に仲良くなったのはその調査?」

 生悟は頷いた。


「片付いたら色々と説明して貰うわよ」

 ため息交じりにルリはそういうとモニターへと視線を向ける。視線は一点、ケガレの発生源。


「で、発生源にいる透子はどうする?」


 視線が生悟に集まった。生悟はじっとモニターを見つめている。赤丸は夜鳴市全体に散らばっているが、発生源周辺は特に多い。そこに大量のケガレがいることを示している。

 生悟はモニターを見つめたまま低い声で宣言した。

 

「俺が責任を持って、殺す」

 それは氷のように冷たい声だった。

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