4-13 黄色の猫と派遣された鳥

 日付が変わる少し前、夜鳴市の人間であれば寝静まる時間に透子は本邸の庭に立っていた。猫狩を示す狩装束を身にまとい、顔には猫の面をつけている。隣に控える誠は守人と追人用の真っ黒な狩装束を着ており、ケガレを直接見ないためにつける白い布だけが浮いて見えた。その布には「猫守」という字が書かれている。


 追人たちは「追」の字が書かれた布をつけ、巡回の準備のために集まっている。最近のケガレの動向を確認し、巡回ルートを決めるのだ。他家はルートや管轄する地域が決まっているらしいが人手不足の猫ノ目は効率的に動かなければ巡回漏れが発生する。いくら効率を重視したところで人数不足はどうにもならず、手が回っていない場所は少しずつ増えているが、だからといってやめるわけにはいかない。


 少しでも透子の負担を減らすため年配の追人たちが話し合っているのを聞きながら透子は奥歯を噛みしめた。

 こういうとき思う。自分が影見を使いこなせれば、追人たちにも負担をかけずに済み、ケガレを見逃す事など無いのにと。


 影見は遠くに居るケガレを発見し、効率的に狩りを行うために生み出された霊術だ。影見の使い手は本邸に座ったまま、追人たちを指示し狩りを行ったと記録されている。猫狩や追人の数が他の家よりも少なかったとしても、透子が影見さえ使いこなせれば問題ないのだ。

 それなのに、透子はいくら練習しても影見を使いこなすことが出来なかった。


 怯えたようにこちらを見上げる金色の瞳がちらつく。

 久遠であれば出来るのだろうか。金の瞳をもって生まれた本物の猫狩なら、透子には出来ない影見を使いこなして、猫ノ目の窮地を救うことが出来るのだろうか。もしそうなったら自分は……。


「透子様」


 暗い感情に飲み込まれそうになった時、誠の声が聞こえた。ハッとして顔を上げると誠がこちらをじっと見つめていた。顔を覆った布があっても誠が自分を心配していることは伝わってくる。表情までありありと想像出来て透子は気まずさに視線をそらした。


「なんだ」

「鳥喰から鳥狩様がお見えです」


 舌打ちをなんとか飲み込んだ。定例会から帰ってきた道永から話は聞いていた。久遠を鳥喰に派遣する代わりに鳥狩が猫ノ目に応援に来ると。

 透子が休めるようにという配慮だということは分かっている。それでも透子の心の奥にいる子供が嫌だ、嫌だと泣き叫ぶ。きっと自分の居場所をとるつもりなんだ。猫ノ目を奪い取るつもりなんだと子供が喚く。

 それを無理矢理押し込めて、透子は平静を装った。誠には気づかれているだろうが、他の追人、そしてやってくる鳥狩に気づかれるわけにはいかない。


「誰だ」

慶鷲けいじゅ様です」


 透子は顔をしかめる。慶鷲の人柄は嫌いじゃない。透子の私情をいえば生悟が来るよりずっと良いが、猫ノ目としては舐められたものだと思う。

 猫ノ目は金眼を派遣している。久遠が初陣もまだの見習いだとしてもただ一人の正当な猫狩だ。その代わりとなれば生悟、もしくは筆頭補佐についている鷹文たかふみを派遣するのが対等。実力や人柄が評価されているとはいえ、役職を持たない慶鷲を送り込んできた時点で猫ノ目が舐められていることが分かる。


 生悟はもちろん、鷹文のことも透子は苦手だ。自分の一つ下でありながら、実力主義の鳥喰で筆頭補佐を務めている本物。まがい物の自分とは違うのだと劣等感が刺激されるため会いたい相手ではない。

 安堵する気持ちとバカにされたという気持ちが同時にわく。今度こそ舌打ちが抑えきれずに眉間に皺を寄せると、要に案内されて慶鷲が現れた。


 透子と同じく狩装束を身につけているため特徴的な赤い瞳は見えない。それでも金の髪が月の光を反射してキラキラと輝く。生悟に比べると色味は鈍いが鳥狩としては十分だ。

 他家の狩人の登場に追人たちの背筋が伸びる。透子はプレッシャーを押し殺して慶鷲の前に進み出た。


「ご足労ありがとうございます」

「こちらこそ、大事な金眼をお貸しいただき感謝しています」


 面をつけていても穏やかな表情を浮かべているのは声で分かった。お互いに本音ではないことも。慶鷲は猫ノ目には来たくなかっただろうし、透子に興味もないだろう。そう思うと苛立って仕方ないが今晩の段取りを決めなければいけない。

 そこで慶鷲の隣に誰もいないことに気がついた。


「……守人は?」

「急な話だったので引き継ぎが間に合わず、遅れては申し訳ないので私だけ先にお伺いしました。すぐに到着すると思います」

「そうですか」


 慶鷲の守人はまさに守人といった主張は薄く、三歩後を着いてくるような真面目な人物だったと記憶している。たしか名前はトビ丸。


「トビ丸を待つついでに、透子さんに少しお願いがあるのですが」

 申し訳ないという空気をにじみ出して慶鷲はそう口にした。鳥狩にお願いをされるとは思っていなかった透子は驚きで目を見張るが、慌てて平静を装った。


「お願いとは?」

「私が担当している領土で少々気になることがありまして。近々本格的に調べようと思っていたのですが、鳥喰は見抜くことが苦手なので」


 慶鷲が苦笑する気配がする。透子は慶鷲の言葉に納得した。

 猫ノ目がケガレを見つけることに特化した一方、鳥喰はケガレを滅することに特化した。魂を救い浄化する狐守とは違い、鳥喰の力は暴力的だ。それ故に、見る力は他の家よりも衰えている。


「蛇縫には?」

「頼むつもりではありましたが、猫ノ目に来る機会がありましたのでちょうど良いかと。私の領土は猫ノ目と隣接してますし」


 慶鷲の顔をじっと見つめても面で隠れて表情はうかがえない。口調は穏やかなものであったが、内心を察せられるほど透子は慶鷲という人間を知らなかった。しかしながらその人柄の良さは他家である猫ノ目にも伝わってくるほどだったので、裏はないだろうと判断する。


「どの道、依頼がくるのであれば早いに超したことはないですね。そちらの守人と合流する傍ら、確認しましょう」


 蛇縫は呪術に特化している。逆に言えばそれ以外は苦手だ。慶鷲のいう気になるものが神聖なものであった場合は蛇縫よりも狐守の担当であるし、よそから持ち込まれたものであれば犬追の出番となる。

 どの家が担当すべき案件か振り分けするのは元々猫ノ目の仕事であった。猫狩が減る前であれば真っ先に猫ノ目に報告された案件である。それだけに透子はなんとしてでも慶鷲がいう「気になるもの」を見抜いてやろうという気持ちになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る