4-8 女子会と不審な追跡
女性をターゲット層にしたカフェは他とは違ったざわめきに包まれている。男性よりも一段高い話し声に、SNSにあげる用らしい写真を撮るシャッター音が混ざる。
男一人で入るには敷居の高いかわいらしい内装や、映えを意識されたスイーツたち。居心地の悪さを感じるには十分な環境だが、小さい頃から虫除けの役目を果たしている四郎にとっては慣れた環境である。
周囲からチラチラと向けられる視線を受け流し、見た目だけでも甘ったるいスイーツの猛攻から逃げるべくブラックコーヒーを口に含む。甘いものが嫌いというわけではないが、ルリたちと同じ量は食べられる気がしない。
甘いものは別腹というが、女性は本当に甘いもの用の胃袋を持っているのではないかと四郎は勘ぐっている。
「話題になってただけあって美味しいわね」
生クリームと艶のあるフルーツがふんだんにのせられたパンケーキ。それを口に運んだルリが頬に手を当て満足げな吐息をこぼす。隣に座った桜子と薫子も蜂蜜がふんだんにかかったパンケーキを口に含んだと同時に目を輝かせ、目を合わせると満足げに頷き合う。
美姫とリリアは大きめのものを頼んで二人で分けあって食べていた。小食でたくさんは食べられない美姫にリリアが気を遣ったのだろう。
仲睦まじく笑い合う彼女たちは周囲からの視線に気づいていない。いや、気づいても受け流すことに慣れている。視線に敏感な美姫は他の客が見えない、一番目立たない席に座っているため平和な空気が流れていた。
護衛役も務めている四郎がスマートフォンのカメラを向けられるたびに睨みをきかせていることも大いに影響している。
いくら珍しい存在とはいえ、無遠慮にカメラを向けるなと四郎は思う。甘味を楽しんでいる狩人たちは特殊な血が流れているとはいえ、心は普通の人間なのだ。動物園のパンダよろしく眺められて嬉しいはずがない。
「それにしても、久遠くんいい子そうで良かったね」
甘味に伸びる手が一旦止まったところで美姫が全体に向けて笑みを浮かべた。人見知りの美姫は帰ってきた金眼がどんな人間なのか気になっていたのだろう。
猫ノ目で唯一の金眼。今後接点が増えることは間違いない。
五家の狩人とその守人は幼い頃から交流を持つ。そうなると他家の人間でも幼馴染、もしくは親戚の人くらいのポジションに収まる。
そんな中に現れた全く知らない人間だ。仲良くできるだろうかと美姫が気をもんでいたことはリリアから聞いていた。
四郎も久遠のことを思い出し、いい子なのはたしかだなと思った。むしろ気弱ないい子すぎて心配だ。
現在の久遠の立場は微妙で、なにも知らないことを良いことに大人に都合のよい方向に誘導されかねない。それを危惧して道永が早めに保護したのだろうが、その道永も筆頭から下ろした方がいいのではという意見が出始めていると聞く。
難しい顔をして黙り込んでいると美姫が慌てだした。自分はなにかまずいことを言っただろうかと不安な顔でリリアと顔を合わせる。リリアは大丈夫ですというように美姫の背をなでてから、四郎たちに向き直った。
「四郎は見た目にそぐわぬ良い奴だから久遠様の心配をしているのは分かるけど、ルリ様と桜子様、薫子はどうしたの」
リリアの怪訝な反応に四郎は周囲を見渡す。リリアが言うとおり狐守の姉妹は微妙な反応をしているし、ルリも珍しく渋面を作っている。桜子、薫子に関しては久遠との出会いからして色々あったからだろうと予想がつくが、己の主君に関してはいまいち分からない。
じっと見つめていると考えがまとまったのかルリが話し出した。
「久遠と両親を見つけたのはうちなんだけど」
「そりゃ、夜鳴市の外に出るのは犬追だけですからね」
なにを当たり前のことをと四郎が言えばルリがにらみつけてきた。強気な行動に対して覇気の無い様子に四郎は勘づく。
「久遠様のご両親が亡くなったことに負い目を感じていらっしゃるんですか。ルリ様には関係ないでしょう」
四郎の言葉にルリは形の良い眉をつり上げた。年下が集まる筆頭会議では必要以上に年上ぶろうとするのに、珍しく頬を膨らまし子供みたいな顔をする。
「関係ないとはいえないでしょう。私は犬追筆頭よ。関わっていなかったとしても犬追家の代表として謝罪する立場にあるわ」
「うわー生真面目……」
「真面目でなにが悪いのよ!」
「二人ともじゃれ合いはそのくらいで。美姫様が慌ててます」
リリアの一声で四郎とルリは黙り込んだ。たしかに美姫が困った顔をしている。自分が話の発端だと気にしているのかもしれない。
そんな美姫にルリは困ったような顔を向けた。そういう表情を見せるのも珍しく美姫が心配そうにルリを見つめ返す。
「久遠の両親が犬追の追跡中に事故で亡くなったことは皆知ってるでしょう」
ルリの言葉に全員が黙り込んだ。先ほどまでの和やかな空気が消え失せる。双子は不安そうに顔を見合わせ、美姫は落ち着き無く手を動かしていた。姿勢を正しルリの次の言葉を待っているリリアはなんらかの衝撃を耐えようと身構えているように見える。
「あれ、不審な点がいくつかあるのよね」
「不審とは?」
黙っていた桜子が口を挟む。下げられた眉は不安そうだったが、聞かなければいけないという本能につき動かれているように見えた。
「犬追が外に逃げた狩人を追う役目をしているのは知っているでしょう」
五家で唯一外部との接点を持つのが犬追だ。その使命はルリの言った通り逃げ出した狩人の追跡。今回の久遠は猫ノ目で久しく生まれていなかった金眼ということもあり、どうにか連れ戻そうと猫ノ目が犬追に頼んだという背景もあるが、夜鳴市から逃げた狩人は等しく追跡対象になる。
というのも、夜鳴市に発生するケガレは五家の狩人を追って移動する習性がある。理由に関しては不明。封印された鬼の妄執という人もいるが、無防備になった栄養満点な餌を捕食するためという説もある。
ケガレに対抗する霊能力者や霊術を使う術者はケガレを滅する存在であると同時に餌でもある。普通の人間を捕食するよりも霊力がある人間を捕食する方が成長速度が速いため、ケガレは霊力のある人間を優先的に狙うのだ。
追人が複数人、狩人が守人と必ず二人で行動するように義務づけられているのはケガレに捕食されないためである。強い狩人であればあるほど、それを捕食して大きく育ったケガレの被害は大きくなる。五家でも手に余るものが、対応できる者が少ない外で発生した場合、その被害は想像もしたくない。
そういった理由から犬追は五家の務めから逃げ出した狩人を追いかける。多くは生け捕りにして連れ帰るが、歴史上ではやむなく殺めたという記録も残っている。
四郎が生まれるずっと昔、今よりも世の中が物騒だった頃の話のため、昔ならそんなこともあるかと気楽に捉えていた。現代であれば死者まででないだろうと。そんな中、久遠の両親は亡くなった。それは犬追にとっても衝撃的な出来事だったといえる。
「猫ノ目からの依頼は久遠を見つけ、両親と共に連れ帰って欲しいだった。居場所が分かったら教えてくれれば当主自ら説得にいくとも言われていたのよ」
ルリは眉を寄せる。四郎もその話は聞いていた。待望の金眼なうえ、久遠の母親は引退を惜しまれるほど優秀な追人だった。久遠を連れて逃げた責任を追及するよりも逃げた理由が知りたいと猫ノ目当主が考えるのは当然といえた。
「けど、追跡に当たった班は久遠の居場所を見つけても
聞いていなかった話に四郎は目を見開いた。周りも驚きで固まっている。
「……それって、他の家にいっていいことですか?」
「ダメに決まってるでしょ」
ルリはあっさりそういうと頼んでいたジュースをストローで一口。喉を潤すことで自分の気持ちを落ち着かせたかったのかもしれない。
「
「それなのに私たちに話しちゃったんですか」
美姫が青い顔をした。他のメンバーも神妙な顔つきをしている。
「あなたたちだからよ。どこの家もきな臭い中で私が心の底から信用出来るのは小さい頃から一緒に修行したあなたたちだけだわ」
どこか誇らしげに言い切ったルリに美姫たちは表情を明るくした。筆頭としても先輩で、プライベートでは姉として慕っているルリにそこまで言われて嬉しくないはずがない。
だから重要情報を知っているという責任をさらっと押しつけられていることには気づいていないようだ。生悟といい妙にカリスマ性がある人間はたちが悪いと四郎は内心顔をしかめた。
「つまり報告せずに勝手に久遠様のご両親を追い、挙げ句の果てに亡くなる原因をつくったってことですか」
久遠の両親の死因は自動車事故だ。スピードを出しすぎた結果カーブを曲がりきれずガードレールを突き破って車ごと崖に落下した。慌てて車で追跡していた追跡班が救助に向かったが、すでに遅かったらしい。
事故になるほど追い回した追跡班に責任がないとはいえないが、不幸な事故である。追跡班だって久遠の両親を殺すつもりはなかったはずだ。
「原因どころか、わざと殺した可能性があるのよ」
四郎の考えはルリの言葉で塗り替えられた。先ほど以上の衝撃に目を見開いて固まる。それは四郎だけではなく、その場にいる全員が食い入るようにルリを見つめた。
ルリはジュースに刺さったストローを無意味にかき混ぜる。食べ物で遊んだりしないルリらしからぬ行動だが、それだけ動揺しているのだと四郎には分かった。カラン、カランと氷がのんきな音を立てる。ルリは気持ちを落ち着かせるように一呼吸すると話を続けた。
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