4-4 新人コンビと鳥喰家
鳥喰家は猫ノ目と同じく高給旅館みたいに大きな日本家屋だった。違いがあるとすれば住宅街の一角にある猫ノ目と違い、鳥喰家は街から外れた竹林の中に存在すること。猫ノ目は一階建ての平屋が屋根付きの廊下で繋がっているが、鳥喰は塔のように高い建物が多いことがあげられる。
朝陽いわく、鳥喰の人間は高いところを好む。鳥の姿をした霊獣の影響だそうだ。
そうした性質に合わせて、鳥喰家は住居を高くしたのだという。竹林に囲まれているのは活発ですぐに高いところに登りたがる鳥狩が一般人に目撃されるリスクを減らすためだと聞いた。
猫ノ目は猫狩が過ごしやすいように日当たりや風通しを意識した造りになっている。とにかく立派で広いと気後れしていたが、住みにくいとは感じなかったのは猫の性質によるものだと聞いて不思議な気持ちになった。
蛇縫は寒さに弱いため防寒対策がされており、犬追は大柄な人間が多いために扉は大きく、天井は高い造りになっていると朝陽が教えてくれた。狐守はお祓いや浄化を請け負うため民家というよりは神社のような造りになっているらしい。
各家の成り立ちや違いを聞くのは面白かった。最初はロボットのように淡々と話していた朝陽も真剣に話を聞く久遠と守に好感を覚えたのか、目的地につく頃には対応が柔らかくなっていた。
鳥喰家の中で特に高い建物。社会の教科書で見たような塔が立ち並ぶ空間で前を歩いていた生悟は足を止めた。塔の入り口には第一鍛錬場と達筆な文字で書かれた看板がかけられている。左右に並ぶ同じ形の塔にも同じような看板がかけられているため、第二、第三鍛錬場らしい。
「大きいですね……」
「鳥喰が得意とする霊術は影飛。空中を移動するための霊術なので、鍛錬場には高さが必要なんです」
塔を見上げる久遠の呟きに朝陽が答えてくれた。疑問を口にしなくても察して答えてくれる。かといって主張することもなく、生悟の隣にたつ姿は良い意味で目立たない。
そんな朝陽を守は悔しげに見つめていた。四郎は守に守人の立ち振舞を苦言したが、朝陽は何も言わずとも守人とはこうあるべきだと示しているようだ。本人は新米に教えるつもりはなく、ただ自然に過ごしているだけだと分かるからこそ自分の至らなさが見えて悔しいのだろう。
そんな朝陽に仕えられている生悟は自然体。朝陽が自分を敬うことは当たり前だと思っているし、本人も敬われるだけの自信と実績がある。
これが現役で一番の組かと久遠は眩しく思う。周囲が今後の久遠に期待するのはこの二人と同等、もしくはそれ以上である。それを思うと道のりの遠さに目眩を覚えた。
「おいおい、大丈夫か。本番はこれからなのに死にそうな顔してるけど」
うつむく久遠の顔を生悟が覗き込む。至近距離で輝く赤色に久遠の肩がはねた。
間近でみた薫子の青い瞳は綺麗だった。それに比べて生悟の赤い瞳は恐ろしい。本人の気質なのか、鳥喰の特徴なのか分からず久遠は少し後ずさる。
「だ、大丈夫です。うまく出来るかなって自信がないだけで」
「候補者に関してはこちらで探りを入れますので、久遠様は生悟様の隣から離れずにいただければ問題ありません」
声が小さくなる久遠に対して朝陽は機械のように一定のトーンで話す。一切揺るがない声を聞いていると本当に問題がない気がしてくるから不思議なものだ。
「気になることがあったら教えてほしいけど、久遠と対面したぐらいで尻尾だすほど向こうもバカじゃないだろうし、気楽にしてくれ」
生悟はそこで言葉を区切ると神妙な顔をして守を指さした。
「お前はもうちょっとリラックス。疑ってますって顔すると向こうにも警戒されるからな」
「り、リラックス……?」
守が初めて聞いた単語のような反応をして自分の顔をペタペタ触った。頬を無理やり上にあげて笑顔にしようとしているがハッキリいって不自然だ。どうにかしようと悪戦苦闘している間に眉間のシワが深くなり渋面になっていく。
そのさまを見ていた生悟と朝陽はそろって呆れた顔をした。
「ダメだなこれは」
「守くんは俺の後ろにいて」
「面目ないです……」
肩を落とす守の肩をポンポンと叩く。守が器用に演技できるとは思えないので久遠からすれば驚くことでもない。久遠も演技が出来る自信はないが、守ほど顔にでないのでなんとかなるだろう。
「フォローしてもらってもいいですか?」
生悟と朝陽を見上げる。生悟は笑顔で朝陽は変わらぬ無表情で頷いた。
「囮役引き受けてくれたんだからフォローくらい俺たちがやるよ」
「二人とも、初めての鳥喰家に緊張しているという設定で行きましょう」
緊張しているのは事実だったので本心に近い設定にほっとする。問題の守はというと「私は緊張している」と繰り返し呟いているので非常に不安だ。生悟を見れば駄目だこれはという様子で肩をすくめていた。朝陽は「なんとかなりますよ」と言っているがどこかなげやりにもきこえる。
「これ以上待たせると鷹文と雀さんがうるさそうだから行くぞ。気合い入れろ」
生悟が守の背後に回って背中を叩く。バンっと大きな音がして、ブツブツ呟いていた守はギャッと悲鳴を上げ、背中を押さえて震え始めた。涙目である。
久遠はちょっと生悟から距離を取った。自分まで気合い入れで痛い思いはしたくない。
「久遠は折れそうだから叩かない」
久遠の思考を察したらしい生悟はそういって、守を叩いた右手をふると鍛錬場の入り口へと向かう。気づけば生悟の前に移動していた朝陽が引き戸を開け、生悟は悠々と中に入る。
久遠もあとに続くべきなのかもしれないが、背中を押さえたまま動かない守が気にかかる。振り返れば未だ涙目だった。
「……守くん、大丈夫?」
「だ、大丈夫……です」
まったく大丈夫じゃなさそうな震えた声で守がいい、よろよろと久遠に近づいてきた。
一撃でここまで守にダメージを与える生悟の力に戦慄する。守には悪いが、自分はか弱そうに見えてよかったと久遠は思った。
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