4-3 新人主従と歴戦主従
「会議でもいった通り、ジジババは猫ノ目をどっかの家に吸収したい。それが嫌な猫ノ目は必死に抵抗してるわけだけど、猫狩が生まれない以上遅かれ早かれって感じだったわけ」
「そこで帰ってきたのが久遠様です」
生悟の言葉に朝陽が続ける。二人の言葉をかみ砕いて飲み込んで、血の気が引いた。
「ってことは、五家を統一したい側からすると俺って邪魔ですよね……」
「そのとぉーり」
よく分かったなというテンションで生悟が親指を立てた。全く嬉しくない。
「ちょっとまってください。じゃあ、結界石が動かされていたのは……」
「久遠を狙ったのが今のところ有力。混乱に乗じてご神体を盗みだそうとしたのも考えられるけど、うちが関わってるなら微妙。放っといても御神体は二分の一の確率で手に入るし」
質問した守からも血の気が失せる。結界石を動かした犯人が猫ノ目の内部にいる。それに鳥喰家の誰かが協力しているという話は聞いていたが、自分を殺すことが目的だったと言われて冷静でいられるはずもない。
今更になって、あの夜は本当にギリギリだったのだと気づく。久遠がヨルを浄化できなければ、守が来るのが遅ければ、久遠はヨルを浄化できても謎の襲撃者によって殺されていたかもしれない。久遠があの晩死んでも、犯人はヨルに取り憑いたケガレという扱いになっただろう。そうすれば希望が消えた猫ノ目は鳥喰か蛇縫に吸収された。
「領土に関しては交渉の余地が残りますが、ご神体に関しては鳥喰に分があるでしょう。鳥喰には生悟さんがいますから」
淡々と告げる朝陽に生悟は「そうかもな」と相づちをうった。生悟は現役の狩人の中では一番の実力者。ご神体を守る役割としては十分だ。となれば共犯者が鳥喰家の人間である以上、ご神体を狙った説は薄まる。
「よく俺、生き残れたな……」
「久遠様、よくぞ生き残ってくださいました」
恐怖やらショックやらでおもちゃのナイフを握りしめた久遠の体を守が抱きしめる。いつもであれば近いと振り払うところだが、今は守の体温に安心した。あの日、守が連絡先を教えてくれなかったら久遠は一人でパニックに陥って死んでいたかもしれない。
「でも、なんで猫ノ目の人間が鳥喰と協力してるんですか?」
状況を冷静に判断するとそんな疑問が浮かぶ。今まではどこか他人事であり、五家の状況もよく分かっていなかったが、改めて話を聞くと意味の分からない話だ。鳥喰の共犯者には色々と利益があるだろうが、猫ノ目の犯人にはまるで利益がない。
「それが分かったら苦労しない」
生悟が真顔で言い切った。全く頼りにならない発言だがこうも堂々と言い切られると文句をいう気にもならない。
あんまりだと思ったのか朝陽がコホンと咳払いをした。
「要さんが疑っている怪しい人物は猫ノ目十兵衛。猫ノ目家の重鎮の一人です」
その名前に守が反応する。眉を寄せる姿を見るに意外な人物だったらしい。
「気づかれない程度に探りを入れてみましたが、借金を抱えているわけでもありませんでしたし、何者かに脅されている形跡やトラブルなどもありません」
「というわけで、ちまちま探りを入れるよりも動かぬ証拠を押さえて口を割らせた方が早いという結論にいたった」
生悟はそう言いながら手をゴキゴキとならした。笑顔なのが怖い。
「動かぬ証拠……私たちが鳥喰家に向かっているのはそれを押さえるためですか?」
「押さえられたらいいなって感じだな。今のところ一番怪しいのが十兵衛ってだけで、確証はない。鳥喰家の共犯者に関しても鳥狩が怪しい程度だ」
「鳥狩様が共犯!?」
守が素っ頓狂な声をあげる。久遠からすれば納得のいく話ではあったが五家で生まれ育った守からすれば信じられない話なのだろう。
「洗脳の件から考えて、霊力を扱えることは必須。それに加えて他家の重鎮と接点が持てる人間となる鳥狩が第一候補に挙がってしまうわけ」
「……生悟さんたちが共犯じゃない可能性は?」
久遠の問いに生悟は口角を上げた。失礼なことを言った自覚があるがその反応は楽しげだ。むしろよくぞ聞いてくれましたという雰囲気に聞いた久遠の方が困惑した。
「証明しろといわれたら難しいな。強いて言うなら、俺だったらこんな回りくどいことはしない。さっさと猫ノ目に侵入して久遠の命を奪ったうえでご神体も持って帰ってくる」
笑顔でものすごく怖いことを言われた。確認を込めて守を見ると神妙な顔で頷かれる。出来るらしい。
「生悟様が噂通りの実力者なら、難しくはないと思います。今の猫ノ目は人手不足ですから、透子様が狩りに出ている時間を狙えば警備も手薄です」
「逆にいえば、それが出来ないから犯人は共犯者が必要だったといえます」
守の説明に朝陽が淡々と補足する。自分の主が疑われたというのに変わらぬ表情に久遠は少し怖くなる。この人、実はロボットだったりするのではないか。
「失礼なことを聞いてすみません」
「気にすんな。むしろ聞かれなかったらどうしようかと思った。お前らは俺たちと交流がないのに、道永さんと俺が知り合いだからって理由で信用するんなら、そっちの方が問題だ」
「聞かれなかったらこちらから揺さぶりをかけなければいけないところでした」
笑顔を見せる生悟と相変わらずの無表情で話す朝陽。先ほどのように生悟にプレッシャーをかけられるのも怖いが、朝陽に無表情で問い詰められるのも怖そうだ。一応の確認だったのだが、聞いておいてよかったと心底思う。
「とりあえず、俺たちが怪しいなと思った鳥狩と守人は呼んどいたし、道永さんにも伝えといた」
「……呼んどいた?」
道永に伝えるのは理解出来るが、呼んでおいたとはどういうことだろう。久遠が目を瞬かせていると生悟は歯を見せて笑う。
「証拠がないなら、証拠をつかむほかないからな。とりあえず目の前に餌をちらつかせて反応を見ようかと」
「餌って……」
「久遠様のことですね」
「はああぁあ!?」
ついに守がキレた。座席から立ち上がろうとしてシートベルトに止められる。それでもなおシートベルトを引き継ちぎりそうな勢いで生悟と朝陽にかみついた。
「なにを考えているんですか! 狙われている久遠様を共犯かもしれない人の前に出すなんて!」
「だって、それ以外に共犯あぶり出す方法思いつかないし。久遠だって犯人捕まるまで緊張し続けるの嫌だろ。こういうのはサクッと解決した方がいいって」
たしかに犯人が誰かも分からない状況で長期戦になるのは嫌だが、だからといって丸腰で共犯の前に出て行きたくはない。久遠が出て行ったとして、わかりやすい反応を相手がしてくれるとも限らないのだ。
しかし他に有効な手段があるかと言われると久遠には思いつかない。猫ノ目の人間を洗脳した手腕を考えるに、長期戦になればなるほどこちらが不利になるとも考えられる。
「久遠様になにかあったらどうするんですか」
「なにかあるわけないだろ。俺たちがいるし、お前がいるんだから」
生悟は意味ありげに守を見た。朝陽もなにかを訴えかけるように守を見つめている。二人の視線に激高していた守の熱が下がったのを感じた。
「狩人を守ってこその守人だ。いざという時に主を守れない従者なんて必要ない」
生悟は獰猛に牙を見せて笑う。お前は主を命がけで守る覚悟を決めて守人になったんだろと守に訴えかける。そんな顔を向けられて守が黙っていられるはずがなかった。
「守って見せます! 私が久遠様の守人です」
胸に手を置いて守は宣言した。つり上がった瞳には強い意志を感じる。出会ってまだ少し。それでも久遠は確信していた。守は絶対に自分を守ってくれると。
「んじゃ、問題ないな」
「同意も得られたところで、共犯候補の説明を始めますね」
牙を引っ込めた生悟が笑うと朝陽が脇に置いてあった鞄からタブレットを取り出した。プレゼンを始めるビジネスマンのように、「こちらが候補者三名になります」と久遠たちに見えるよう画面を掲げる朝陽に久遠と守は固まった。
上手いこと言質をとられた。
気づいた守が落ち込むのは数秒後のことだった。
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