4-2 新人猫狩と強くなる理由

 車が進むのに合わせて窓に映る景色も流れていく。活気ある町並みが遠ざかるにつれて置いていかれるような気持ちになるのは、久遠が今乗っている車が猫ノ目のものではないからだろう。

 

 隣に座っている守はせわしなく手を動かしている。チラチラと視線をあげては怖気づいたように視線をさげる。そんな守の姿を視界のはしにとらえながら、それも仕方ないと久遠は思った。

 なにしろ久遠の状態は守よりもひどい。緊張で膝の上にのせた手を動かすことすらできないのだから。


 恐る恐る視線をあげると赤色の瞳と目があった。腕を組み車のシートに身をあずけている生悟はじっと久遠を見つめている。その隣では朝陽が要と電話していた。耳にはマイク付きのイヤホン、片手に手帳を持って要の言葉をメモしている。その姿はずいぶん大人に見え、それだけに声をかけることが出来ないのが歯がゆい。

 

 生悟よりは朝陽の方がまだ会話が成立するように見える。とりあえず獲物を値踏みするような目でじろじろと久遠を見続けることはしないだろう。朝陽が電話をやめれば生悟の意識は朝陽に向くはずである。


 なんでこんなことになったのだろうと久遠は考える。久遠は道永のオマケで、定例会が終わればすぐに猫ノ目に帰れると思っていた。それなのに鳥喰の送迎車で鳥喰家に向かっている。

 

 理由は一度猫ノ目に戻るより鳥喰家で準備を整え、そのまま狩りに参加した方が無駄がないから。理屈だけ聞けば納得がいくが、心情的には全く納得がいかない。

 

 生悟と朝陽とは今日会ったばかりだし、久遠から見て生悟は苦手な人種だ。教室の隅が定位置でいじめられっ子として生きてきた久遠からすれば、教室の中心に君臨する、どちらかといえば久遠を苛める側の人種と一緒にいて落ち着くはずがない。生悟がそんなことをする理由はないと分かっていても、長年染みついた苦手意識というものは簡単には拭えない。


 道永と要も同行してくれたらと思うが、二人は久遠の狩装束を用意したり、猫ノ目当主に事の次第を連絡したりと忙しいらしい。

 去り際に「生悟くんは圧がすごいだけで良い子だから」と言われてしまえば嫌だということもできず、久遠は泣く泣く二人を見送った。


「生悟さん、久遠様を見すぎです。怯えてらっしゃいますよ」


 要との電話を終えた朝陽がチラリと久遠を見て生悟に告げる。久遠には朝陽が救世主に見えた。


「ただ見てるだけなのに?」

「俺はいくら見られてもいいですが、久遠様は居心地が悪いでしょう。人に目を見られるのは苦手だと要さんに聞きました」

「あっそうなの。ごめんなー」


 朝陽の言葉に生悟は両手を合わせて久遠に謝った。謝られると思っていなかった久遠は驚いて、それから慌てて首を左右にふる。


「だ、大丈夫です」


 事実、目を見られているという恐怖心はなかった。生悟から感じる圧が強すぎて、それどころではなかったのである。


「俺も髪とか目とかじろじろ見られるの嫌いだし、久遠もそうだよな」

「えっ、生悟さんもですか?」


 意外な言葉に久遠は驚いた。どちらかといえば注目されることが好きなタイプに見える。そんな久遠の思考が伝わったのか、生悟は眉を寄せた。


「たしかに注目されるの好きだよ。でも、誰でもどこでもいいわけじゃなくて、俺が注目されたいタイミングで注目されたい人に見てもらいたいわけ。知らないおっさんに登校途中で握手求められたり拝まれるのはだるい」

「握手? 拝まれる……?」


 戸惑う久遠に生悟は首を傾げる。しばし久遠をじっと見つめてからなにかに気づいた様子で声をあげた。


「そういえばお前、引きこもってたんだっけ。ってことは猫ノ目から出たのは今日が初か」


 一人納得した様子で生悟は頷いた。引きこもっていた事実が伝わっていて居心地が悪くなる。道永と要はどこまで久遠のことを話したのだろう。


「夜鳴市で狩人は特別だし、俺たちはどうしたって目立つからなあ」


 そういいながら生悟は自分の髪を一房取って眺める。

 綺麗な金髪は太陽光を遮った車の中でも光って見える。染めた金髪を観察したことはないが人工物とは違う輝きがあった。金髪に目を引かれ、赤い瞳に気がつけば鳥狩だというのはすぐに分かる。

 猫ノ目の金眼よりもよほど目立つ色合い。きっと久遠よりも注目されて生きてきたのだろう。


「隠したりしないんですか?」

「目立ちたくないときは隠すけど、基本このままだな」

「……なんでそんなに、堂々としていられるんですか」


 家は違えど狩人という立場は同じ。それなのに生悟は自分とはまるで違う人間に思えた。今日あった各家の筆頭たちだってそうだ。美姫には親近感を抱いたが、その美姫だって皆の前で堂々と自分の意見を述べていた。


 なんで自分が金眼に生まれてしまったのだろう。透子や道永が金色の瞳を持って生まれたら、もっとうまくできたのではないか。

 そんな考えが浮かんで怖くなる。特別だと言われたこの瞳は久遠に不相応なのではないか。


「逆になんでお前は堂々とできないの?」


 生悟の言葉に肩が震える。燃えてるみたいな赤色なのに生悟の瞳に温度がない。浮かべていた笑顔が消え去り、無表情で久遠を見つめる姿は息が詰まるほど恐ろしかった。


「ただ一人の金眼でプレッシャーを感じてる? それとも自信がない? まさか五家の務めなんてどうでもいいと思ってるとか?」


 最後の言葉は刺すようだった。肯定したら許さないという圧に喉が渇く。答えなければいけないと思うのに声が出ない。


「久遠様がそのようなこと思っているわけないでしょう!」

「お前に聞いてない。金眼に聞いてる」


 守の言葉を目も合わせずに生悟ははねのけた。生悟の隣に座っている朝陽は静かに成り行きを見守っている。助け舟は出してくれそうにない。ならば自分が答えるしかないのだと久遠はつばを飲み込む。


「……五家の務めが大事なことはわかります」


 あの夜、久遠がケガレを浄化できなければヨルは死んでいた。久遠が死んだ場合は久遠の霊力を吸収したヨルがさらに凶暴化して、怪我人、死者が出た可能性もあったと道永に聞いた。自分が死ぬだけではすまなかった。そう聞いたとき、久遠はゾッとした。


「でも、自信はありません」


 五家の務めは大事だ。被害を出さないために、人知れず活動し続けなければいけないことは理解した。けれど、自分にそれが出来るのかと言われたら自信がない。

 たまたま金色の瞳を持って生まれた無力な子供。それが自分に対する久遠の評価だ。


「お前がやらなきゃいけないことだってのは分かってんだよな?」


 生悟が久遠を見下ろす。それだけで上から押さえつけられているようなプレッシャーを感じた。


「猫ノ目に伝わる影見は生まれ持っての才能が大きい。道永さんや透子がどれだけ努力しようとお前には絶対に勝てない。それが黄色と金眼の違い。自信がないとか言ってる段階じゃない。お前がやらなきゃ猫ノ目は滅ぶ。いや……」


 生悟はそこで言葉を区切ると言葉が浸透したのを確認して口を開いた。


「強くならなきゃお前は殺される」

「えっ……」


 予想外の言葉に乾いた声が漏れた。隣に座った守が目を見開いている。けれど生悟も朝陽もどうじた様子がない。真剣な表情からいって冗談をいっている様子ではなかった。


「殺される?」

「猫狩が一番死にやすい。戦闘向きじゃないうえに弱点を見る異能からケガレに襲われやすい。夜鳴市の外でもケガレに襲われたことあるだろ」


 記憶を探る。たしかに夜鳴市の外でもケガレを何度も見た。ケガレはみんな久遠に向かって近寄ってきた。自分が見えるからだと思っていたが今にして思えばケガレは分かっていたのかもしれない。久遠が自分たちを殺す存在だと。


「そのうえ今は五家内も不安定。ケガレに対処しなきゃいけないっていうのに人間同士で揉めてる状況だ。そんな状況において、形勢逆転のチャンスを握っているのがお前」


 生悟はそういいながら久遠を指さした。


「お前が影見を覚えただけで猫ノ目の地位は回復する。影見にはそれだけの価値がある」

「遠視の力ですよね。攻撃力があるわけじゃないのに、なんでそんなに」

「ちゃんと勉強してるんだな」


 生悟の空気が少し緩む。怖いほどの無表情から年相応の表情に戻る。それに内心ほっとした。


「道永さんに聞かなかったか? 全盛期の猫狩は夜鳴市全土を見渡せた。市内に存在するケガレの数、位置、それを一人で全部把握することができたんだ。当時は通信機なんて便利なものがなかったから、伝令係がいたり合図を決めて指揮したらしい」

「ってことは通信機がある今なら」

「そ。当時よりも猫狩の力は有用だ。お前がケガレの位置を把握してくれれば俺たちは戦闘だけに集中できる。要さんが……」


 生悟はそこで目をふせた。


「……要さんが怪我して道永さんが失明することもなかった」


 その言葉は重かった。ただ貴重でありがたい存在なのだと言われたときよりもずっと。

 服越しにおもちゃのナイフを握りしめる。


「影見、使えるようになりたいです。今までは正直、周りに言われたから覚えなきゃいけないんだと思ってましたけど、今は本気で覚えたいです」


 道永と要の目はもう戻ってこない。けれど、他の誰かは救えるかもしれない。二人にこれ以上悲しい顔をさせなくてすむかもしれない。

 赤い瞳を見つめ返す。まだ体は震えるけれど、目をそらしてはいけない。守るためには、失わないためには強くならなければいけない。


「いい目だな」


 生悟が満足そうに微笑んだ。先程まであれほど恐ろしかった赤い瞳が優しげに見える。その変化に久遠は戸惑った。


「よっし! 久遠はやる気十分みたいだし、俺も頑張って教えるぞ!」

「ほどほどにしてくださいよ。今晩が初陣なんですから」


 拳を握りしめる生悟に朝陽が呆れた顔をした。守はほっとした様子で息をつき、久遠と目があうとゆっくり頷いた。言葉ながなくても自分に付いてきてくれるのだと分かって心強く思う。


「あっその前に、現状について説明しないと。久遠、ケガレの他にも人間にも狙われてるから」

「えっ」


 まとまりかけた空気を壊す生悟に久遠と守は同時に間の抜けた声をあげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る