4-5 鳥狩たちと子猫

 鍛錬場は予想よりも開放感のある空間だった。床は板張りで柱や壁はなく、塔の天辺まで続く吹き抜けになっている。大きな梁が剥き出しになっており、高さごとに様々な形に組まれたそれは障害物のようだ。

 落下防止らしいネットが至るところに張られていることに気づいて納得する。まさしくここは鍛錬場で、梁は久遠が想像したように障害物として使われるようだ。

 

「おーい久遠、変なところで止まってないでこっち来い!」


 中央に人が集まっている。その前で生悟が久遠を手招していた。

 久遠は後ろを振り返り、守と朝陽が入ってきたことを確認すると小走りで生悟に近づく。生悟と距離が近くなるにつれ、集まっていた人たちの顔がハッキリ見えた。車の中で朝陽が説明してくれた鳥狩とその守人の六人。ある者は興味深げに、ある者は不満げに、ある者は値踏みするように久遠を見つめている。

 視線に耐えきれなくなった久遠は生悟の背に隠れた。生悟が驚いた顔で久遠を見下ろすがすぐに歯を見せて笑い、久遠の頭を乱暴に撫でる。


「こいつは久遠。外でいろいろあったらしくて、目をみられるのが苦手なんだと。まだ中学生だから可愛がってやって」

「中学生ってことは同世代? 何歳?」


 肩ほどの金髪の髪をハーフアップにした少年が興味深げに久遠の顔をのぞきこんだ。たしか名前は鷹文。


「十四……」

「同い年だ。ってことは一応同期?」


 鷹文は腕をくんで首をかしげた。

 年齢だけみればたしかに同期だが、狩人見習いの久遠と筆頭補佐を務める鷹文たかふみでは大きな差がある。


 筆頭補佐は次期筆頭とも言い換えられる。筆頭のそばについて仕事や技を学び、筆頭が引退するときに問題なく引き継げるように準備する役職だ。

 今回集められた狩人の中では最年少だが、立場的には一番上。五家は古臭い仕来りが多いわりに、年功序列ではなく実力主義で狩人の階級が決まる。朝陽によればケガレによる犠牲者を少しでも減らそうとした結果だそうだ。


「狩りに出たことがない子猫だぞ。お前と同列なわけがないだろう」


 久遠を不満げに見下ろしながらそういったのは金髪ロングヘアの女性。すずめという名で、道永と要と同い年の二十五歳。道永とは馬が合わないらしく、一方的にケンカを売る様子がよく目撃されているらしい。猫ノ目に対してももっとしっかりしろと度々文句を言っていると聞いた。

 久遠への態度も高圧的で肌を刺すような怒気を感じる。言葉にせずとも「お前ごときがなぜここにいる」と訴えかけてくる剣呑な瞳に久遠は思わず生悟の服のはしを掴んだ。


「久遠くんは帰ってきたばかりなんだから」


 そういって久遠と雀の間に入ったのは鳥狩の中では最年長の慶鷲けいじゅ。この中で一番年上だけあって落ち着いた雰囲気の好青年だ。

 実力主義といっても年上を敬うという概念はあるらしく、慶鷲に諌められた雀は片眉を釣り上げて黙り込んだ。それでも久遠への不満は消えていないらしく、フンッと鼻を鳴らす。


「それで、生悟さんはなんで僕らをここに呼び出したんですか? 初陣もまだな金眼がここにいるのも謎ですし。指導するとは聞いてましたけど、まさか鳥喰で?」


 鷹文の矢継ぎ早の質問に生悟はにっこり笑って答えた。


「今日、久遠の初陣を済ませつつ指導するから、サポート頼もうと思って」


 生悟の言葉に三人は目を見開いた。後ろで黙って話を聞いていた守人たちも動揺した様子で顔を見合わせている。

 この反応を見るに、いきなり実践はやはりおかしいらしい。


「初陣しつつ指導って……生悟さん、そこの金眼に恨みでも?」

「むしろめっちゃ期待してるけど? 期待してるから道永さんに頼んで連れてきてもらったわけだし」


 きょとんとする生悟に対して他の者達の反応は悪い。久遠に対して敵意を隠さなかった雀ですら同情の視線を向けてくるほどだ。


「久遠様、ご安心ください。私と生悟様が側についているんですから、間違いなどありえません」


 いつの間にか追いついてきた朝陽が隣で静かに語る。それを聞いた周囲から同情の視線が強まった。その反応から朝陽も生悟と同族、安易に騙されては行けない相手なのだと察してしまう。


「守人は、金眼の守人は止めなかったのか?」


 鷹文の言葉に朝陽の後ろからよろよろと守が顔をだした。その顔は未だ渋面で背中を押さえている。他家の狩人と守人が集まる場で無様な姿は見せたくないという意地を感じるが、それ以上に生悟から受けたダメージが大きいらしい。


「こいつは久遠の守人の守。緊張してるみたいだったからほぐしてやろうと気合い入れたら、予想以上に力入ったみたい」


 説明しつつ「ごめんなー」と守に両手を合わせる生悟と渋面のまま「問題ナイデス」と答える守を見て、周囲は守にも同情の視線を向けた。

 この状況では守は周囲に疑いの視線を向ける余裕はないし、守がどれだけ険しい顔をしても背中が痛いからだと周囲は思ってくれる。  

 生悟なりのフォローなのだと気づいたが、荒業すぎる。


「生悟さんを初陣前の見習いが止められるはずないか……」


 鷹文の言葉に雀と慶鷲が納得した様子でうなずいた。とりあえず久遠と守が鳥喰にいる理由は受け入れてもらえたらしい。


「だが、サポートとは? 私は子猫のお守りなどごめんだぞ」

 険しい顔でそういったのは雀だった。


「いったろ。久遠は俺と朝陽が見るって。雀さんと鷹文には猫ノ目の応援にいってもらいたいんだ。慶鷲さんは俺の代わりに今日の狩りを仕切ってもらいたい」


 生悟の発言に雀と鷹文は目を見開く。慶鷲は意外そうな顔で生悟を見た。


「私でいいのかな? 補佐は鷹文くんだろ?」

「そうですよ! なんで僕が猫ノ目!? 生悟さんの代わりなら僕でしょ!」


 困った顔をする慶鷲に対して鷹文は拳を握りしめる。最年少で補佐まで上り詰めるだけあってプライドが高いようだ。


「そもそもなんで猫ノ目に我々がいかなければいけないんだ」


 雀も生悟に詰め寄って文句をいう。右手に雀、左手に鷹文に詰め寄られた生悟だがまるで気にした様子はなかった。


「なんでって、大事な金眼借りてるんだからこっちもそれなりのお返ししなきゃいけないだろ」


 生悟の言葉に二人とも納得のいかない顔だった。それはそうだ。今の久遠は戦力と数えられていない。久遠一人が抜けたところで猫ノ目は今までと変わらない。それどころか鳥喰筆頭である生悟に稽古をつけてもらうのだから、猫ノ目の方が貸しを作っていると言える。


「……なにか言えない事情があるってことですか」


 なにかを感じ取ったのか鷹文が眉をひそめる。雀も様子をうかがっていた慶鷲も真剣な顔で生悟を見つめた。後ろに控えている守人たちにも緊張した空気が流れるが、生悟は笑みを絶やさない。


「今のところは言えないなー。言ったら俺が怒られるから」


 場違いに笑っている生悟に鷹文は眉を吊り上げたが、すぐに諦めた様子で大きく息をはいた。追求したところで生悟が答えてくれないと思ったようだ。


「はいはい、わかりました。どうせまた大人がごちゃごちゃやってるんでしょ。僕はいい子なので大人しく従います」


 鷹文の言葉に雀は不満げな顔をしたが、最年少が受け入れているのに大人が文句をいうのも大人げないと思ったのか言葉を飲み込んだ様子だった。慶鷲は眉を下げ、困った顔で生悟を見つめている。


「後で説明してくれるんだよね? 生悟くん」

「説明してもいいって許可が出たらしますよ。俺だって慶鷲さんと雀さんとケンカしたくないし」

「僕はいいんですか」

「鷹文はいつも俺にギャンギャン噛み付いてくるだろ」


 生悟の返答に鷹文はむっとした顔をする。それを慶鷲が諫め、雀はもはやこの場に用はないとばかりに歩き出し、その後ろに守人が続く。生悟が止めないところをみるに、必要なことはいったということだろう。

 久遠の隣を通り過ぎるとき雀は久遠を睨みつけた。その鋭い目に久遠の体は固まる。


「ほんっと雀さん、猫ノ目嫌いですね」

「猫ノ目っていうか道永くんが嫌いなんだよ」

「二人になにがあったんですか?」

「私は知らないなあ」


 慶鷲と鷹文はそんな会話をしながら久遠の隣を通り過ぎていく。鷹文はちらりと久遠を見たがそれだけだった。後ろに続く守人たちは久遠に頭を下げたが形式的なもの。久遠に対する尊敬の念は感じない。


 狩りに出ている者と出ていない者。その差を見せつけられたような気がして胸がヒヤリとした。鳥狩の三人は久遠を同じ狩人だとは思っていない。ただの金色の瞳を持つだけの一般人だと思っている。


 自分に特別な力はない。求められても困ると思っていたのに、いざお前にはなにも期待していないと突きつけられると崖際に追い詰められたような気持ちになる。五家で求められないのであれば、自分は一体何なのだろうという不安が湧き上がる。


 重圧を押し付けられるのは嫌なのに、期待されないのも嫌だという我儘な自分に気づいて久遠は首から下げたおもちゃのナイフを握りしめた。

 強くなる。その道のりの遠さに自然とため息がもれた。

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