3-12 五家の問題と新米猫狩の試練

「久遠様がお察しの通り、五家統一には様々な問題があります。各家の当主様方も否定的ですが、統一を主張しているのがそれぞれの家の重鎮のため、無視もできない状況です」

「いろいろ面倒なんですね……」


 朝陽の淡々とした説明に久遠は眉を寄せた。生悟はテーブルの上に両肘をついで手を組み、そのうえに顎を乗せるとため息をつく。

 

「狩りに必要なお金出してくれて、目撃情報もみ消してくれるのは嬉しいけど、余計な口出しはやめてほしいよな」

狩装束かりしょうぞく破損数、一般人に目撃された数、共にナンバーワンが言えたことじゃないでしょ」


 ルリは呆れた顔で生悟を見つめた。要が「相変わらずだなあ」と苦笑いしている。


「生悟さんは小さなところに収まる器ではないので」

「よくいった朝陽!」

「狩装束には大人しく収まってくれないとただの露出狂です。目撃情報だって、もみ消すの面倒なのでやめてください。この間も検証サイトに写真載ってました。しかもケガレとツーショット。見える人には見えるんですから気をつけてくださいよ」


 反省の色が見えない生悟と朝陽に四郎が文句をいう。その言葉で久遠は本邸の部屋に引きこもっていた頃、ネットで見つけた五家検証サイトの存在を思い出す。たしか掲示板に鳥狩の写真が載っていた。あの時は生悟の存在も知らず、五家のことも今より無知だった。少し前のことなのにずいぶん昔のような気がする。


「ケガレを狩るのが俺たちの仕事なのに、なんで真面目に仕事してる俺が怒られるんだ……。生悟くんショック。朝陽、慰めて」

「生悟さんはよくやってるのに、みんな意地悪ですねえ」


 わざとらしく泣き真似をして朝陽にくっついた生悟を朝陽が無表情で撫でている。向かいのルリが眉を釣り上げた。美人のキレ顔は怖い。


「そんなわけで仲良くしようにも出来ない状況なんだよ。例えばここで猫ノ目が隣の鳥喰と蛇縫に応援を要請すると、鳥喰と蛇縫にいる統一派の人たちが猫ノ目をどちらかに吸収、もしくは分割しようって話に持っていくわけ」


 ふざけ始めた鳥喰に変わって道永が説明してくれる。久遠の隣で守が青い顔をしていた。そんな崖っぷちの状況にいるとは知らなかったようだ。きっと現状を正確に理解しているのは猫ノ目でもごく一部。その一部に透子も含まれているのだろう。


「鳥喰に一部の領土を一時的に貸している件だって、生悟くんの口添えがなければ持っていかれていただろうね」


 朝陽にくっついている生悟をみれば目が合う。とたんに親しげな笑みを浮かべる生悟に久遠は守の影に隠れた。距離感が近い人は苦手だ。


「どうやって納得させたんですか。統一派の人たちからしたら願ってもないチャンスだったんじゃ……」


 守の疑問は久遠も感じたことだ。説明を求めて道永を見れば答えてくれたのはルリだった。

 

「五家の使命はケガレを狩り、浄化すること。そこは揺るがない。資金面でいくら貢献しようと狩りに参加できない奴らは現役狩人で一番の討伐数を誇る生悟の意見を無視できないのよ」

「力こそ正義なり!」


 ルリの言葉を聞いた生悟がVサインを作る。隣で朝陽がパチパチと手を叩いていた。おかげで真面目な話をしているはずなのに緊張感がない。


「成果を出してる俺がいったのもあるけど、その時はちゃあーんと真面目に話したからな。どちらかに吸収するにしてもどっちにするかで揉めるし、分割だってどう分けるのかで揉める。それによって狩りに影響が出たらどうするのか。ただでさえ生まれにくい猫狩が土地を分割することで全く生まれなくなった場合、お前らは責任取れるのか。って聞いたら黙った」

「真顔の生悟さん怖いですからね……」


 顔を引きつらせる四郎に一同が頷いた。久遠も今はにこにこ笑っている生悟の真顔を想像して顔を引きつらせる。笑みを絶やさない人間の真顔は迫力がある。笑顔を浮かべていても生悟は独特の圧があるのだから、真顔になったら迫力は増すに違いない。出来ることならそんな生悟とは対面したくないなと久遠は思った。


「土地と猫狩の出生率は関係あるんですか?」

 おずおずと質問する守に生悟は美姫に声をかける。


「そこら辺は美姫の方が詳しいよな」


 いきなり話題を振られた美姫は驚いた顔をしたが、すぐに表情を引き締め守に向きあった。人見知り同士、仲間だと思ったが、筆頭を務めているだけあって久遠よりも人前で話すことに慣れているようだ。


「霊力は血筋や土地に宿ると言われているの。そして霊力と一言でいっても同じものではない。だから五家でも生まれた家によって霊術の得意、不得意がある」


 ケガレに対抗するべく生み出された霊術は各家に一つずつ伝わっているという。猫ノ目に伝わるのは影見かげみ。遠視の術だと本には書かれていた。

 狐守はケガレを寄せ付けず、時に閉じ込める結界。犬追は影を操り、ケガレを追う影追かげおい。蛇縫は影を伸ばし、ケガレを捕らえる影縫かげぬい。鳥喰は影を足元に作り、宙を移動する影飛かげとびを得意とする。


 他家の霊術を習得することも才能と鍛錬によっては出来るらしいが、血筋にあったものを習得する方が遥かに早いと聞いた。

 

「猫ノ目は夜鳴市ができる前から今の土地に住んでいる。だから霊力は猫ノ目邸を中心に猫町に多く蓄えられているの。その霊力に一番恩恵を受ける一族は猫ノ目。ただでさえ生まれにくくなっている猫ノ目の人間を他の土地に移したり、他家の波長が違う霊力を持った術者が土地の霊力を塗り替えれば、さらに猫狩は生まれにくくなる可能性がある」


 美姫の説明に久遠と守は息を呑んだ。生悟が止めてくれなければ、本当に猫ノ目はついえていたかもしれない。


「統一派をなんとかできても、他の家から狩人を借りるのは無理ってことですか」

「何千年も前から猫ノ目は今の土地に住んでる。今更、よその術者がちょっとお邪魔したくらいで土地の霊力が塗り替えられることはない」

「けど、そのくらい言わないとジジババが黙ってないから大げさに言っただけよ。心配しなくていいわ」


 生悟とルリに否定されて久遠はホッとした。


「けれど、猫狩が生まれにくいのは事実だから、出来る限り刺激はしない方がいいと思う」

 美姫の補足に久遠と守以外の全員が頷いた。それだけ猫ノ目の状況がまずいということだ。


「といっても、猫狩が生まれないなら、遅かれ早かれ対策は取らなければいけないのよね。猫ノ目にとって重要なのは他家といかに対等な立場を築けるか」

「現状のままじゃ対等は無理だろ」


 ハッキリいう生悟に道永と要が苦笑いを浮かべた。たしかに現状の猫ノ目は他家に頭を下げて狩人を借りなければままならない。


「唯一の突破口といえば、金眼が早く強くなることだな。かつて夜鳴市全てを見通したという影見の使い手。それにお前がなれば他家も黙らせられる」


 生悟が赤い瞳で久遠を見つめた。口元は笑みの形を作っているが目は笑っていない。獲物を見定める獣の目だ。弱ければ息の根を止めるぞと脅されているようで久遠は息を呑む。守が前に出て、生悟から久遠を隠してくれた。


「生悟、あんまり久遠を威圧するな。霊術の存在だって、ここに来てから知ったばかりなんだから」

「そうはいいますけど、のんびりしてられないでしょ。透子だっていつまで持つか。精神的にも肉体的にもギリギリでしょう」


 生悟の言葉に要が黙り込む。


「早く久遠様を狩りに参加させるために、生悟さんに稽古つけてもらうことにしたんじゃないんですか?」

「生悟に……稽古……!?」


 事前に稽古の話を聞いていた四郎の問いにルリが驚愕をあらわにした。他の面々も嘘でしょという顔で道永と要を見つめ、それから確認の意味をこめて生悟へ視線を動かす。


「稽古っていうか実践だな。今日は俺と一緒に狩りに参加してもらう予定」

「えっ」


 あっさり答えた生悟に久遠も驚いた。稽古をつけて貰うとは聞いていたが、いきなり実践とは聞いていない。嘘でしょという顔で道永を見ると道永も驚いた様子だった。


「生悟くん、いくらなんでもそれは……」

「霊力量は十分なんですよね?」


 道永の困惑を無視して生悟は笑う。その笑顔と声には圧があった。年上だからと口調は丁寧だが、黙って答えろという要求が透けて見える。


「……十分だね。私より才能がある」

「なら、習うよりも慣れろですよ。ただでさえ時間がないんですから。影見は感覚勝負。いくら練習しようと出来ない奴は出来ない。出来ることにかけて場数を踏ませた方が今後のためです」

「久遠はまだ体力も足りないし、体作りもしてない」

「安心してください。俺と朝陽がずっとついてますから」


 慌てる要に対して生悟は笑みを崩さない。その笑みは優しいものではなく、久遠の逃げ道をどんどん塞いでいくものだ。


「もちろん体力だって、体作りだって重要です。けれど霊術を使う上で必要なのは感覚。霊力を手足みたいに使いこなす技術です。その技術さえあれば体力なんて必要ないし、体作りだって後回しにして問題ない。元々猫狩は後方支援型。優秀な追人がそろっている猫ノ目であれば久遠の体力がなくとも十分サポートできます。久遠に」

 そこで言葉を句切った生悟は目をギラつかせて久遠を射貫く。


「猫狩としての才能があるなら」


 今日の狩りでそれを見定めるつもりなのだと言葉にしなくても伝わってきた。もし才能が無いと分かったら、生悟は自分をどうするつもりなのだろう。そう考えて、久遠の背筋に冷たいものが走る。


「久遠様、ご安心ください。仮に霊術の才能が無かったとしても、生悟さんはあなた様を見捨てることはございません」


 立ち上がった朝陽が生悟の足下に跪く。久遠を見上げ、静かな声で語る朝陽の言葉には説得力があった。それは朝陽が生悟という狩人を心の底から信頼していると伝わってくるからだ。


「……才能がなくても、なんとかなるんですか」

「なりますよ。五家の血を引かない私が、筆頭狩人の守人という地位を得ているのですから」


 朝陽はそういって微笑んだ。迷いない言葉に久遠は少し勇気づけられる。自分でも努力すればなんとかなるのではないか。そんな希望がわいてきた。


「それに、霊術の才能がないなら他で補えばいいのです」


 しかし、続いた朝陽の言葉に久遠は不穏なものを感じる。久遠と朝陽の会話を黙って見守っていた周囲もかすかにざわつきだした。


「霊力がないなら体術を磨けばよいのです。体術が下手でも体力があれば対応できます。死ぬ気で鍛錬すればいくら才能がなくても体は動きます。人間には死にたくないという本能がありますから」

「そ……それは、つまり……」

「人間死ぬ気でやればなんとかなるってことだな」


 今日一番の輝く笑顔を浮かべた生悟が言い切った。朝陽も「その通りです」と穏やかな笑みを浮かべている。二人の表情は爽やかだが、要するに才能がなかったら使い物になるまで死ぬほど追い詰めるという死刑宣告である。

 久遠は助けを求めて道永と要を見たが、二人はそっと目をそらした。周囲の人間も久遠からそれとなく目をそらしている。

 久遠が頼れるのはもはや一人だけだと泣きそうになりながら隣に座った守に助けをもとめた。


「……久遠様、いざという時は俺が身代わりになりますので、その間に逃げてください」


 死地に赴く兵士みたいな顔をした守を見て、久遠は覚悟を決めなければいけないのだと悟った。




 

「第三話 集う獣」終

 

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