3-11 集う獣と定例会
「いくら鳥狩様といっても無礼です! 久遠様から離れてください!」
守が久遠と生悟の間に割り込んだ。それに久遠は心底ほっとし、守の影に再び隠れる。
シャーシャーと猫のように威嚇する守を見て、生悟は目を丸くしひとまず距離をとった。
「もう守人決まってるんですね。揉めなかったんですか?」
生悟は久遠ではなく道永に問いかけた。未だ威嚇している守を無視するあたり、だいぶ神経が太い。不機嫌そうに腕組みしてこちらを見ているルリのことも無視だ。かなり豪胆な性格らしい。
「金色の瞳を持つ猫狩の意志を無視するなんて愚か者はいないよ」
「それはそうか」
道永の言葉に生悟はあっさり納得した。それからじろじろと守を観察する。居心地の悪い視線に守は眉を寄せ、一層警戒心あらわに生悟を睨みつけた。
「黄色までいかなかったみたいだけど、血が濃いな。いい守人選んだな! 金眼!」
こちらの警戒を無視してにっこり笑った生悟に久遠と守は目を丸くした。顔を見合わせる二人に「息もあってていいねー」と楽しげな声をあげる。
「良い、守人ですか……? 私が?」
「あっさり俺に主人を触らせるあたり、鍛錬は必要だけど素質としては十分だろ」
訝しげな守に対して生悟は楽しげだ。久遠は説明を求めて道永を見た。
「守の目は茶色でしょ。黄色や金色になるには足りないけど、普通の人よりは獣の血が濃いんだ。だから赤ん坊だった久遠くんに一目惚れしたわけだね。獣の血が濃い子は本能が強いから」
「赤ん坊に一目惚れ……」
四郎が引いた目で守を見る。守は「あくまで主君としてだ!!」と声を張り上げた。
「金眼もコイツがいいって思ったんだろ。いいよなーそういうの。羨ましい」
意外な生悟の言葉に久遠は驚いた。話を聞いていた他の人達も意外そうに生悟を凝視している。
「お互いが納得した形で組めるのは血が濃い者同士の特権。だいたいは狩人からの指名で、守人側には拒否権ないからな」
「よその子を強制的に守人にした奴がいうと説得力すごいわね」
ルリの言葉にさらに驚いた。よその子というと鳥喰以外の家の子ということだろうか。
「俺はちゃんと自分の意志で守人になりましたよ」
知らない人の声が思ったよりも近くからきこえて久遠は軽く飛び上がった。気づけば生悟の隣に黒髪の少年が立っている。人の目を惹きつける生悟に比べると落ち着いた印象だが、涼し気な眼差しは同性の久遠から見てもカッコいい。
生悟と並ぶ姿は対称的だ。生悟が太陽なら黒髪の少年は月。それでも他の組と同じく並び立つのが自然に見える。
「キャー! さすが朝陽くん! 俺を喜ばせるのうまーい!」
生悟はそういって朝陽と呼ばれた黒髪の少年に抱きついた。朝陽の方はそれをなんなく受け止める。
四郎のルリも自然と腕を組んだりしていたが、二人よりも距離が近い。
「猫狩様、挨拶が遅れて申し訳ありません。このような形で失礼しますが、鳥喰筆頭守人を務めさせて頂いています。
「高畑……」
生悟をまとわりつかせたままで淡々と挨拶する姿もなかなかのインパクトだが、朝陽が口にした名字に久遠は固まった。
「……五家の人じゃないんですか?」
「はい。五家とは無関係な一般家庭の出です。血筋をさかのぼっていけば五家の方との接点があるかもしれませんが、あいにく詳しく調べていないので」
「ご先祖様がどうあれ、朝陽は朝陽だからなー!」
朝陽に抱きついたまま上機嫌に生悟は笑う。それを見て朝陽も満足げに微笑んだ。なんというか空気が甘ったるい。今までにない距離の近さに久遠は戸惑った。
「相変わらず仲良しだねえ」
「これを仲良しですませるのかお前……」
道永の孫を見守るお祖父ちゃんみたいな発言に要が突っ込んだ。久遠としても要に同意である。仲良しの更に上をいっている気がする。
「五家以外の人も守人に指名できるんですね……」
「特例も特例よ。生悟じゃなかったら流石に難しかったと思うわ」
久遠の呟きにいつの間にか椅子に座り直していたルリが答えた。未だに不服そうな顔をしているのは怒りが発散しきれていないからだろう。しかしながらもう一度生悟に怒ったところでまともに取り合ってもらえないのは久遠にも分かる。ルリが人の機微に敏感なのに対し、生悟は人の機微に鈍感。もしくは人のことなど考えていないように見える。
「生まれつき、霊力量が桁外れの天才様と一般的な狩人じゃ、同じ狩人でも扱いが違うのよ」
皮肉げなルリを見て、狩人の中でもヒエラルキーが存在するのだと気づいた。そして透子が生悟ともめて定例会に参加しなくなった理由も察してしまう。
透子にとって生悟は眩しすぎたのだ。
「全員揃ったことですし、さっさと定例会始めて、さっさと終わらせましょう」
空気を変えるようにパンパンと四郎が手を叩く。四郎の意見は最もだと思ったのか鳥喰二人はさっさと移動する。当たり前のように朝陽が引いた椅子に生悟は座り、隣の守に笑顔で「よろしく!」と声をかけた。守の方は思いっきり顔をしかめたが、まるで気にした様子がない。生悟の隣に座った朝陽も涼しい顔をしているのをみるに、鳥喰筆頭は二人ともマイペースらしい。
「生悟さんたち以外は挨拶済んでいますが、改めまして。今回は猫ノ目期待の新鋭、猫ノ目久遠様とその守人、猫ノ目守もご出席です。拍手〜」
四郎の間延びした挨拶に合わせて、それぞれが拍手する。改めて紹介されるとは思わなかった久遠は椅子の上で小さくなった。
「早速会議に移らせてもらいます。ケガレの発生数と浄化数に関しましては、道永様と久遠様には後でデータをお送りするのでご確認ください」
真面目な四郎の進行に隣の守がソワソワし始める。久遠も初めての定例会に今更ながらドキドキしてきた。
落ち着かない久遠たちと違って、四郎はスマートフォンを見ながら手慣れた様子で会議を進めていく。先程まで久遠を眺めて笑っていた人とは思えない。
「確認されたケガレ発生数は猫ノ目と鳥喰が少なめですが、猫ノ目の場合は猫狩様不足により正確なデータとは言い難いですね。隣接している鳥喰と蛇縫は引き続き警戒お願いします。鳥喰も発生数が減っているようですが、生悟様が狩り尽くした可能性もあるので様子見でお願いします」
「俺のせいみたいに言うなよ」
生悟の不満の声を四郎はあっさり聞き流す。いつものやり取りらしい。
「以上にて、報告は終了です。これにて定例会議は終わりです。お疲れ様でした」
「お疲れ様です」
四郎の締めの挨拶に久遠と守以外の声がそろう。「終わった、終わった」と生悟は目の前にあるお菓子に手を伸ばす。四郎もやりきったという顔をしているし、蛇と狐はこのあとの予定を相談し始めた。
「いや、待ってください!」
「あまりにも早すぎませんか!?」
思わず久遠と守は同時に腰を浮かせて、身を乗り出して叫んだ。息のあった言動に生悟が感心したように口笛を拭き、道永が「息があってきたね」と微笑ましそうな顔をするがそれどころではない。
久遠と守の反応に今回議長を務めた四郎が真顔で答えた。
「残念ながら、わざわざ話し合う議題なんてないんですよ」
「それなー」
生悟が相槌を打つ。他の面々も否定せず、苦笑いを浮かべている。
「えっじゃあ、なんでわざわざ集まったんですか?」
「親睦会みたいなもんだな」
「こうして機会作らないと会うこともないものね」
「学校も住んでる町も違うから」
久遠の問いに生悟、ルリ、美姫の順に答えてくれる。
夜鳴市は狐町、猫町、犬町、蛇町、鳥町の五つの町から成り立っているが、それぞれの町に学校がある。同じ市内といえど生活区域が違うため、機会をもうけなければ会うことはないのだという。
「いざって時に連携取れないと意味ないしな」
「ケガレは領土を移動することもあるし」
「大きくなると一つの家だけでは対処が難しくなることもあるから」
生悟、ルリ、美姫の会話に桜子と薫子が頷く。喋らない守人たちも同意見なようだ。
つまりいつ来るか分からない、協力しなくてはいけない状況のために親しい関係を作り上げているらしい。
「つまり五家は協力した方がいいって考えてるんですよね。それなのに、猫ノ目は助けないんですか? 御神体の件から揉めてるとは聞きましたけど、交流を断ってるというわけでもないみたいですし」
久遠の問いに全員が眉を寄せた。痛いところを突かれたという反応であったり、ただ困った顔であったり、嫌なことを思い出した顔であったりと様々だが、久遠の意見に対して否定的な反応は一つもない。
「五家の方々は上を批判しにくいでしょうから、私が説明しますね」
静かに話を聞いていた朝陽が控えめに手を挙げる。全員異論はない。むしろ任せたという空気が流れた。
「五家の大義はケガレを浄化し、この町を、しいては世界を守ること。それは共通していますが、方法については意見が分かれています。今まで通り、五家で協力して狩りを続けたいという主に狩りに参加している狩り部隊の意見と、五家を一つに統一し、一人の当主の指示の下、協力と発展を目指したいという主に年配者の意見です」
「五家を一つに……」
それぞれの家が独立しているよりも一人の人間の下で管理されていた方が揉めないという意見は理解できる。こうして度々顔を合わせて協力関係を築くよりも楽な方法も見つかるだろう。
しかしだ。
久遠はこの場にいる各家代表といえる狩人と守人を見渡した。それぞれの家について久遠は書物に書かれていたことしか知らないが、集まる面々を見ただけでも個性が強いことがわかる。
狐は平和を愛し、犬は規律を重んじ、蛇は呪符や霊術の研究を好み、鳥は束縛を嫌う。そして猫はそれぞれの家を眺め、時には仲介に入ってきたという。
そんなバラバラな家を一つにするとして、まず当主を誰にするかで揉めるだろう。仮に当主を決められたとしても、足並みをそろえていられる平和な時間はどれほど保つだろう。
「無理じゃないですか」
思わず声に出すと、生悟が笑い、ルリがため息をついた。
「なんで帰ってきたばかりの久遠にわかることが、年寄はわからないのかしら……」
「
ルリの言葉に答えた生悟の意見は大変失礼であったが、久遠もそうとしか思えなかった。
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