3-10 怒る犬狩と遅れてきた鳥狩

 ルリのあとに続いて犬追が経営する警備会社の中に入る。働く大人たちはデスクトップに向き合っていたり、電話をかけたりと忙しそうだ。

 警備会社といえば監視カメラの映像を眺めているイメージがあったが、ここは人材派遣が主なのかもしれない。一般的なデスクが小さく見えるガタイのいい従業員を見て久遠は一人納得した。こんな人たちに挟まれたら久遠なら気絶してしまいそうだ。


「大きい人が多いですね……」

「犬追は背が高い人が生まれやすい家系なんですよ」


 思わずつぶやくと守が小声で教えてくれた。たしか道永もそんなことをいっていた。


 フロアの中を進んでいくルリに気づいた大人たちは姿勢を正し頭を下げる。「お疲れ様です」と声を張る姿を見ているとガタイの良さが相まって、普通の会社というよりかはヤクザの事務所のようである。それに対して優雅に微笑むルリの姿は妙に様になっていた。お嬢なんて呼ばれた日には様になりすぎて勘違いされそうだ。


 ルリに続いて久遠も挨拶される。初めてここに訪れた事もあり興味深げな視線は多い。とっさに守の後ろに隠れそうになる体をとどめ、ルリと同じく「お疲れ様です」と声をかける。

 これでいいのだろうかと四郎を見れば親指を立てられた。四郎の腕を掴んで引きずるように歩いているルリも微笑んでいる。二人の反応に久遠は少し恥ずかしくなった。


 働く人たちの邪魔にならないように素早く奥に進むと、会議スペースにたどり着く。他のフロアは壁や柱が少なく開放的な印象だったが、会議室はしっかりと区切られていた。ドアのところに「五家定例会議中」というプレートがかかっているのをみるに、会議で使うことを考えての造りなのかもしれない。


 ルリがノックすると中から「どうぞ」と返事が返ってくる。のんびりした声音から考えて道永だ。

 ルリがドアを開けて中に入る。続いて四郎が入るかと思えば、四郎は脇に避けて久遠をうながした。その行動で狩人が先で守人は後なのだと理解したが、そこまで気にしなければいけなのかと面倒に思う。思考が顔に出ていたのか四郎が笑った。

 

 恐る恐るルリの後に続く。すぐに四郎と守が入ってくる気配がした。

 部屋の中央には大きなテーブルが置いてある。入ってすぐ横にあるテーブルの上には通学用鞄がまとめておいてあった。成人している道永と要、久遠以外は制服を着ていることを考えるにみんな学校帰りらしい。

 自分だけが学校に行っていないのだと気づいて後ろめたくなる。


「久遠くん、隣においで。お菓子もあるよ」


 椅子に座った道永が手招きした。道永が言う通りテーブルの上には菓子鉢が置かれ、中には様々なお菓子が入っている。せんべいや和菓子が多いのが五家らしい。


 道永の隣に座ろうとしたところで守が近づいてきて椅子を引いてくれた。そこまでするのかとうんざりした気持ちで四郎を見たが四郎はニヤニヤ笑っていた。そんな四郎にも気づかず、守はやり遂げたという顔をしている。そんな守を見ていると文句をいう気にもならず久遠は大人しく腰掛けた。

 久遠の隣には守が座る。向かいにはルリと四郎が腰掛けた。その隣に美姫、リリア、桜子、薫子と並んでいる。定期的に開催しているらしいので定位置が決まっているのかもしれない。

 

「せっかく道永さんが来てくれたっていうのに、生悟はどこにいるんだか」


 一息ついたところでルリが頬に手をあて呟いた。言われて見れば、鳥喰以外の家は揃っている。何時に始まる予定なのかも久遠は知らないが、のんびりした空気を見るに遅刻ではないのだろう。


「道永さんも来るなら事前に行ってくれれば、迎えを送りましたのに」


 ルリの言葉に目の前のお菓子に手を伸ばそうとしていた四郎が固まる。隣でいつの間にか用意していたお茶を飲んでいた要も固まった。

 守がコーヒーショップで買ったコーヒーを久遠の前に置いてくれる。それを横目に久遠は道永を見た。少し前に同じ言葉を四郎から聞いた気がする。


「四郎くんにもいったけど、生悟くんには伝えていたよ。というか、生悟くんに招待されたよ」


 のんびりとした口調でそう告げてから、道永は要に包装を開けてもらった饅頭を口に運んだ。自分の言葉で会議室が静まり返ったことに気づいているのか、いないのか。「これ美味しいね」とマイペースに呟く横顔を見つめてから、久遠はルリへと視線を動かした。


 ルリは唖然と道永を見つめている。隣で雑談していた美姫や桜子たちも会話を止め、ルリを凝視していた。ルリと接点のない守と道永以外の緊張した様子を見て久遠は悟る。この話題はルリが怒るものだ。


「……私、聞いてないんですけど?」


 顔の筋肉をすべて使って無理やり口角を上げたような、不自然な笑顔をルリは浮かべた。隣の四郎が天井を仰いでいる。


「朝陽くんも隣にいたみたいだから、生悟くんがわざと伝えなかったんじゃないかな。そういうドッキリ好きだよねえ」


 道永ののんびりした言葉にルリの額に青筋が浮かんだように見えた。顔は笑っているが隠しきれない怒気を感じる。守が小さく悲鳴を上げたがそれも当然だ。両隣に座っていた四郎と美姫はそっとルリから距離をとっていたし、桜子と薫子は気配を消している。久遠は怖すぎて泣きそうになった。この状況でのほほんとしている道永が信じられない。


「あんの、アホ鳥。丸焼きにして食ってやろうか」


 女性にしてはハスキーなルリの声が一層低くなる。もはや男性のようだ。久遠は思わず守の服を掴み、守はゴクリとつばを飲み込んだ。


 この空気、誰でもいいからどうにかしてくれという久遠の願いが聞こえたかのように豪快にドアが開く。


「こんちはー! って、皆もう来てる! あっ道永さん、お久しぶりでーす! お元気そうでなにより! 包帯カッコいいですね~!」


 入ってくるなりハイテンションでそこまで言い切ったのは金髪の少年だった。見るからに陽キャである。久遠とは真逆に位置する、クラス内ヒエラルキーの頂点に君臨する、友達百人軽くできるタイプである。

 室内でも輝く金髪に負けて劣らぬ輝く笑顔に真っ赤な瞳。全体的に眩しくて久遠は守を盾にした。


「生悟!! あんた道永さんが来るって何で教えなかったのよ!!」


 ルリが荒々しく立ち上がると同時に怒鳴る。四郎は自分で、美姫はリリアに耳をふさがれていた。思いの外響いた声に耳を通り越して頭が痛む。


「なんでって、教えない方が面白いかなって」


 ルリの怒鳴り声に金髪の少年、生悟はあっさり答えた。なにを言っているんだコイツ。みたいな顔をしているが、どう考えても生悟が悪い。


「面白いかどうかの問題じゃないでしょ! あんたが連絡してこないせいで、道永さんに不自由させたじゃない! 視力失ってんのあんただって知ってるでしょ!」

「知ってるけどさー、過保護にすればいいってもんじゃないだろ。道永さんも気を使うだろうし」

「あんまり怪我人扱いされるのも気が進まないねえ」

「でしょー」


 道永の言葉にルリは一旦怒りを収めたようだ。しかし、それは道永の意志を尊重したのであって生悟を許したわけではない。紫の瞳は怒りでメラメラ燃えている。それを感じ取った久遠は一層小さくなって守の影に隠れた。


「っていうか、金眼は? 道永さん連れてきたんでしょ?」


 部屋の中をぐるりと見渡して生悟はいった。話題が自分に移ったことに久遠は内心悲鳴を上げた。出来れば自分のことには触れずにいてほしい。自分と真逆なタイプと仲良くできる気がしない。


「私の隣に座ってるよ」


 だが、無情にも道永は久遠の居場所を教えてしまった。狭い部屋の中、すぐにバレるのはわかっているがもう少しだけ覚悟を決める時間が欲しかった。

 焦る久遠などお構いなく、生悟はあっという間に距離を詰めてきて、無遠慮に久遠の頬を両手で掴んで顔を持ち上げた。ついでに目を隠すように伸ばした前髪まで払い除けられる。


 至近距離からこちらを覗き込む赤い瞳に久遠は冷や汗を流した。薫子に同じように覗き込まれたときとは違う心臓の高鳴りを感じる。

 薫子のときは耐性のない異性への戸惑いだったが、今は牙をむき出しにした肉食動物に狙われている気分だ。


 狩人は獣の血を引いていると言っても人間。そう久遠は思っていた。けれど目の前の生悟は違う。これは人の姿をした獣である。


 人に受け入れられなければ狩人は異端な化物。そういった四郎の言葉を久遠は本当の意味で理解した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る