3-8 新米猫狩と筆頭犬狩

 そうこうしているうちにエレベターが目的地へ到着した。ドアが開くと、エレベーターの前に人が立っている。最初はエレベーターを待っている人かと思ったがすぐに違うと気づく。


 待っていたのは全員少女。その中に、先程別れた桜子と薫子が混ざっていた。その隣に知らない人が三人。三人とも目立つ髪色をしている。

 一人は金髪に紫のメッシュが入った少女。オシャレに疎い久遠でも分かるほど、しっかりとメイクをし、耳にはピアスをつけている。派手な印象は久遠が苦手とするタイプだ。

 その隣にいるのは緑の髪を三つ編みにし、口元をマスクで覆ったおとなしい雰囲気の少女。緑髪の少女の瞳は黄色で、本で読んだ蛇狩の特徴と一致する。となれば金髪の少女は守人なのだろう。

 真逆な雰囲気を持つ蛇縫の狩人と守人だが、不思議と並んでいることに違和感がない。それに久遠は戸惑った。


「道永さん! 要さん! お久しぶりです!」


 戸惑いを飲み込む時間もあたえず、道長と要に駆け寄ってきたのは茶髪の少女。腰まで届く長い髪が動きに合わせて揺れ、紫のきれいな瞳が目につく。犬追の特徴を持つ少女は犬狩に違いないが、近づいてくるにつれ女性にしては高い身長に驚いた。並んだ道永と要よりも大きい。四郎との身長差を考えると百八十ほどに見える。


「その声はルリちゃんかな?」

「はい! ルリです! 息災のようで安心しました。きれいに成長した私を見ていただけないのは残念ですが、声だけでも私は美人ですので」


 そういいながら自然に道永の手を取り笑う、ルリという少女は自分で言う通り美人だった。大和撫子という言葉が頭に浮かぶ。立ち振舞が美しく、自信が表情に現れている。だからこそ輝いて見えるのだ。

 そして道永の失明を知りつつも、少しも態度に出さない気遣いに大人らしさを感じた。


「たしかに声だけでも美人に成長したのが分かるね。要どう?」

「見違えるくらいキレイになった。元々美少女だったけど、さらに磨きがかかった。どこまで美人になるんだお前」


 要はお世辞というより純粋に驚いているようだった。ルリは要の褒め言葉にはにかむ。照れくささを噛みしめるような笑みは自信に満ち溢れた表情とは違った美しさがあり、人の目を引くには十分だ。


「あんまり煽てて調子に乗らせないでください。最近、ワガママに磨きがかかってるんですから」


 道永と要の反応に四郎が顔をしかめる。その言葉を聞いてルリが形の良い眉を釣り上げた。


「ちょっと、道永さんと要さんの前で適当なこと言わないでくれる?」

「適当じゃなくて事実です」


 きっぱりと言い切る四郎にルリはムッとした。二人の姿は道永と要とは違う気安さが見える。

 守に守人とは主人を崇めるものと説教したわりには雑な対応だが、それが自然に感じた。始めて二人を目にしたのに、ずっと昔からそうだったのだろうと容易に想像できる。


 たしかにこの二人に比べれば自分と守はチグハグに見えるだろう。そう思いながら守に視線を向ければ、守も同じことを考えていたのか、ぎゅっと唇をかみしめている。


「そちらが帰ってきた金色の猫とその守人ね。元気ないみたいだけど、どうかしたの?」


 守の様子に気づいたらしくルリが首を傾げた。守は慌てて顔を上げ、表情を引き締めたがもう遅い。ルリの目は守から離れない。


「四郎くんに、守人の要よりも久遠くんを優先すべきだって怒られたんだよ」

 道永の説明にルリは目を丸くする。続いて呆れた顔で四郎を見つめた。


「あなた、よくそんなこと言えたわね。私の扱い、守人の中でも雑な部類なのに」

「朝陽さんやリリアみたいな対応を俺に求めてるならそうしますけど?」


 表情を変えることなく告げた四郎に顔をしかめたのはルリの方だった。自分の体を抱きしめ、ブルリと体を震わす。


「想像だけでもきもちわる……」

「さすがにショックなんですが」


 気安いやりとりを見て、久遠は羨ましいと思った。猫ノ目で一番信用しているのは守だが、守とこれほど親しいやり取りは出来ない。友達がいなかった久遠にとって、人と仲良くなることは至難の業だ。友達でも難しいのに主従関係となるとさらに難易度があがる。

 大事なものを失わないために頑張ろうと決めたのに、初歩的な部分で躓いている気がする。


「あら、金色の子まで落ち込んじゃった。私悪いこといったかしら?」


 久遠が気落ちしたことに気づいたルリが頬に手を当て首をかしげる。周囲をよく見ている。人の機微にも敏感なタイプらしい。


「えっと……ルリさん? は悪くないです。俺が勝手に落ち込んだだけで。守さんに頼ってばかりで、なにも出来てないなと」

「そんなことはありません! 私が至らないのです。私がしっかりしないといけないのに……」


 落ち込む久遠と守を交互にみたルリは頬に手を当てたまま、目を丸くした。


「こんなにお互い自信がない組、珍しいわね」

「……やっぱり問題ですか?」

「このままなのは問題だけど、それほど思いつめなくてもいいんじゃないかしら。あなた達はついこの間会ったばかりでしょう」


 ルリはそういうと隣りにいる四郎の腕に自分の腕を絡めた。なんの前触れもなく密着してきたルリに四郎は眉を寄せるが動じた様子はない。


「狩人が自分の守人を選ぶのは五、六歳。私は五歳の時に、三歳の四郎を選んだわ」


 ずいぶん幼い年齢に久遠は驚いた。五歳の頃ですら記憶がないのだから、三歳となればやっと物心つく頃だ。重要な選択をできるとは思えない。


「狩人は理屈じゃなく、本能で守人を選ぶの。獣の血が濃いほど、迷わないし間違わないって言われてるわ。四郎はあなたの守人に比べればでかいしかわいげもないけど、私は間違ったとは思わない。あなただって、その子がいいと思ったから選んだんでしょ?」


 他に選択肢はあった。要にも他の人がいいなら紹介すると言われた。それでも久遠は守がいいと思った。守以外は考えられない。そう思った。

 それが本能と言われると自信がない。久遠は人見知りで臆病だから、守以外の人と会いたくなかっただけともいえる。

 それでも久遠は頷いた。


「守さんがいいと思いました」


 守が目を見開く。その顔が泣きそうに歪んだことに気づいたけれど久遠はなにも言わなかった。そんな顔、守は見てほしくないだろうから気づかないふりをする。


「そうハッキリ言えるなら今は十分よ。あなたたちは本来なら十年かけて作る関係をすぐに築かなければいけないから焦るだろうけど、慌てて良い結果なんてついてこないわ」


 そういって優雅に微笑むルリの姿はずいぶん大人に見えた。学校の制服を着ているからまだ学生に違いないのに、周囲を気遣う余裕がある。

 各家の筆頭に選ばれる狩人というのはたしかにカリスマ性を備えているのだと感心した。数年後、自分が同じくらい大人になれているのだろうかと久遠は考えたがうまく想像出来ない。


「さてと、こんなところでいつまでも立ち話もなんだし、会議室に行きましょう。自己紹介もちゃんとしていなかったわね」


 四郎からするりと離れたルリが自分の胸に手を当てて自信満々に微笑む。


「私は犬追ルリ。今代の犬追筆頭を務めてるわ。どうぞよろしく。四郎とは挨拶が終わっているのよね」


 ルリの言葉に四郎が頷く。それを確認したルリは道永と要と話していた蛇狩とその守人に声をかけた。


「美姫とリリアも金色の猫に自己紹介してあげて」


 蛇狩はルリの言葉にこちらを見ると、すぐさま隣にいる守人を見る。困ったように下がった眉やこちらの様子をうかがう姿に、自分と同じく人見知りなのだと察せられて親近感が湧いた。

 夜鳴市に来てからというもの、積極的な人たちばかりに会ってきたので蛇狩の反応に安心する。


「私は蛇縫美姫みき。蛇縫筆頭を任されています」

「私は美姫様の守人を務めさせていただいている、蛇縫リリアです」


 緑髪の蛇狩、美姫に続いて、金髪の守人、リリアが挨拶する。リリアは胸に手を当てながら綺麗に頭を下げてみせ、見た目の派手さと違った礼儀正しい姿に久遠は戸惑った。


「リリアは美姫様が目立たないように派手な見た目にしているだけだから、根は真面目。一言で言うならファッションギャル」

「ファッションギャル……」


 四郎の言葉を呆けた顔で繰り返す。初めて聞く概念に戸惑ったが、美姫の隣に並び立つリリアの姿は貫禄がある。見た目に騙されて油断したら痛い目を見ることは想像できた。


「狩人と守人の関係って色々なんですね……」


 主従というよりは兄弟や親友のような道永と要。扱いが雑と言いつつ息のあったルリと四郎。主人のために見た目すら変える美姫とリリア。そして鏡のように寄り添う桜子と薫子。

 それぞれ関係も信頼の形も違うように見える。それでも隣に並ぶと一枚の絵のようにしっくりくる。


 自分と守は一体どんな関係になるのだろう。そう久遠は考えた。

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